01. 憧れの人
一週間ぶりの授業はいつも以上に長く感じて、退屈な学校生活に
委員長の号令に合わせてまばらな挨拶を終えると、俺は席につくことなく教室を出ることにした。
彼女はこれからどこに向かうのだろうか。ふと頭に浮かんだ疑問はよくよく考えれば俺にとって何の価値もない情報で、だからその疑問に対する興味はすぐに消え失せた。
部活の準備をしたり寄り道の相談をしたり、教室の
そしてこの学校において
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その場所は
それから一階分だけ階段を降りると見慣れた先輩が壁にもたれかかっていた。
「
「やっ! 待ってたよ」
先輩は軽く右手を上げると俺の方にゆっくり近づいてきた。
彼女、
甲斐が2年の顔なら椎菜先輩はこの学校の顔と言えるだろう。成績は良いし運動神経も
頭にぴょこんと生えたツインテールや誰も理解できないような持論を展開するところは
「こんなところでどうしたんですか? 部室行きましょうよ」
「いいや、ここは通せないね」
椎菜先輩は俺の前に立ち
「私は今日、塾があって部活に行けないんだよ」
「そうなんですね。じゃあ勉強頑張ってください」
俺が目の前の椎菜先輩を追い抜こうとすると椎菜先輩は俺の左手首をぎゅっと
「えっ、ちょっ、なんですか!」
俺の反応に満足したのか椎菜先輩は
「ずいぶんつれないじゃないか。5日ぶりの私に積もる話もあるんじゃないのかな?」
「5日程度で何かが起こるほど
「私は君と話がしたいよ。散歩がてら校門まで私を送っていってよ」
「いや、まあ、はい。いいですけど」
「そうそう。私の前では素直でいるのが1番だよ」
椎菜先輩が俺から手を離す。離れてから気づいたが、彼女の手はとても冷たかった。
「それで、話ってなんですか?」
階段を並んで降りる。
「君は好きなものを最初に食べるタイプなのかな?」
「最後にとっておくタイプですね」
「あれれ? おかしいな」
「先輩の話したいことが俺にとって好きな食べ物とは限らないですよ」
「なるほど。じゃあ
「ひどい言われようですね。先輩の話す内容が気になったから聞いただけなのに」
「おや、もっとムキになって反論するかと思ったのに」
「素直が1番って先輩の教えですよ?」
「そういうひねくれたところは相変わらずだなぁ」
椎菜先輩は唯一、文学少年を
一方で、今の俺のあり方に強く影響を与えた人でもある。だから失望されないように余計に考えて話さなきゃならないのが難しい。
「先輩って塾
「連休中の短期講座を受けてたんだよ。塾側の都合で1日延びちゃったから今日も
「学年1位の先輩なら塾なんかいらないんじゃないですか?」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないの。でも私だって今年は受験だよ?
「とても
「卑下しているつもりはないからね」
俺たちは顔を見合わせると笑い合った。
「それにしても、これまで塾に行ってなかったのに入学からずっと学年トップなんて本当にすごいですよね」
「君の学年の
「あー、確かにそんな
「健二くんも乙女ちゃんに勉強を教えてもらえばいいのに」
「だったら椎菜先輩に聞きますよ。クラスだと俺のキャラもありますし、甲斐に聞いて教えてもらえるとはとても思えないです」
「それは話してみなきゃわからないじゃない。意外と彼女も機械かぶってるだけかもよ」
「機械かぶってるって何言ってるんですか?」
「猫かぶってるっていうでしょ? それの機械版。案外
「想像つかないですね……」
「文学少年かぶって1人でいる君がそれを言うかな?」
言われてみればその通りかもしれない。彼女も望んで
「だとすれば、俺が勉強を聞いたところで断られそうですけどね」
「確かにそうだね」
椎菜先輩はケラケラ笑いながら
俺がついて行って見送ろうとすると、椎菜先輩は俺の学年の下駄箱を指さした。
「メインディッシュはこれからだよ」
「はいはい。わかりましたよ」
先輩と話すのは楽しい。俺は素直に自分の靴を取ってすぐに椎菜先輩のもとへ向かった。
「それでメインディッシュはどんな話なんですか?」
「よくぞ聞いてくれました! それはズバリ、今日の部活についてです!」
ピンとこない俺をよそに椎菜先輩は続ける。
「
何を言っているのかわからなかった。
「これまでだって3年生の授業終わりが遅いとかで2人の時間はありましたけど、特に何もなかったですよ」
「それが問題なんだよ! 私が遅れて入った時に空気が重いな……と何度思ったことか。千尋ちゃんは我が部唯一の新入部員! 良好な人間関係を育んでいかなくちゃならないんだよ。それなのに健二くんときたら……今まで千尋ちゃんとしっかり会話したことある? 来年は私いないんだよ? 2人で部を盛り上げなきゃなんだよ?」
椎菜先輩は身振り手振りを
「でも、財津に話しかけても迷惑じゃないですかね?」
俺が思ったままの感想を伝えると、椎菜先輩はじっとりと俺を
「健二くん、本なんてどこでだって読めるんだよ。なのに千尋ちゃんはわざわざ文芸部に入ってくれた。この意味を考えたことある?」
「いや……」
言われてみればその通りだ。
「部活が強制じゃないこの学校で文芸部に所属するということは、何かしらの
「……椎菜先輩のいうことはわかりました。まあ、やるだけやってみます」
俺の
「よくぞ言った! それでこそ私が目にかけている後輩だ。期待しているよ」
椎菜先輩は俺の方をポンと叩くと俺の前に立ち塞がるように振り返った。
「ここまででいいよ。ありがとう。君の活躍に期待している! それじゃあ、また明日部活でね!」
俺は走り去る椎菜先輩の影が曲がり角に消えていくまで見送った。
ああ言った手前、今日の部活で財津と何かしらのコミュニケーションを取らなくてはならない。
俺はゆっくり、時間をかけて部室へ向かうことにした。
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