エセ文学少年と機械仕掛けの乙女
@yoguru2
00. 椅子取りゲーム
俺たちは
あるいは奪われないよう必死に守っている。
連休明けで
教室全体に
学校という箱庭では各人のポテンシャルに応じて座れる椅子が変わってくる。顔が良かったり運動ができたりはたまたコミュ力と称されるような対人スキルがあったり。能力があるものは何も意識しなくても座りたい椅子に座れる。いや、
クラスの人気者、運動部のエース、顔が広くどこにでも馴染める友人、あまり目立たないけど底が知れなくて一定の尊敬や期待を集める存在。そういうキャラクター性を認められ、そのポジションに座れた人間は多くが元々持ち合わせていたポテンシャルに物を言わせているから
一方で余った椅子にしがみつくしかない人間は意識して、今自分が座れそうな椅子を必死に探して死守するしかないのだ。
可もなく不可もなくクラスの空気を壊さない人間、面倒ごとを率先して引き受けて周りに楽をさせてあげる人間、主張が弱く流れを遮らない人間。こういう人間は己を大なり小なり殺して身を縮めながら椅子に座っている。許されるスペースに収まってはみ出さないように椅子にしがみついているに過ぎない。もし彼らが声を大にして自己を主張し始めれば今認められている彼らの存在はたちまち否定されるだろう。
例えば、教室の隅で
それは
そこそこ勉強ができようが、目に見えた不良がいなかろうが人が集まれば大抵の場合はそういうふうになる。行き着く先はいじめ、そこまで酷くはなくても
だから俺も自分が座っている椅子から転げ落ちないように、あるいはこの椅子を狙う誰かに足元を
物静かな文学少年としての
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俺は教室の一番奥の最前列にある
それこそが俺の勝ち取った椅子だ。
鞄をそっと机に置くと中から文庫本を取り出す。ブックカバーはボロボロでページには折り目がいくつもついている。入学してから一年弱、この本は俺のキャラクターを印象付けるのに欠かせないお
ただ、教室の
教室では
だから、これが一番楽でいい。
5月のひだまりは隔絶されたこの席を暖めてくれる。お尻も背もたれも
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「なあ、赤嶺くん」
普段なら
俺は集団に
「あ、おはよう。中村くん」
「読書の邪魔しちゃったかな? ごめんね」
「いや……どうしたの?」
本当に一体どうしたというのか。クラスメイトではあるが友人ではない。中村と教室で会話を交わすのはこれが多分2度目だ。
「あー、特に用があったわけじゃないけど、この前のクラス会来れなかったじゃん? また来月やろうぜってみんなで話してたからどうかなって」
「この前はごめんね。連休中は親戚の家に家族で行ってて。来月はいつ頃かって決まってるの?」
俺は4月に断った時に
クラス会に俺が出席することはキャラクターを
面倒とリスクしかないそんな場所に
「いや、そこんとこも含めて前回来れなかった人中心で来やすい日付にしようかって」
中村は
なぜみんながみんなクラス会なんてものに行きたい
こんなものは企画したい人間が企画して、参加したいやつだけ参加すればいいのだ。わざわざクラス会なんて名前をつけるからクラス全員に声をかけるなんて義務が生じてしまう。
「それはありがたいけど、6月はちょっとまた実家に帰る予定とかもあるから色々決まりきってなくて……申し訳ないんだけど決まった日程を教えてくれたら調整できるか確認するよ」
「そっか、赤嶺くん下宿暮らしだっけ? じゃあ日程決まったら教えるから」
中村は残念そうな、あるいはほっとしたような表情で俺の元を後にした。
それから中村と入れ違うように彼女はやってきた。俺の隣でもう一つ、隔絶された空間を守っていた主人だ。
その表情は固く
中村は俺の時とは一変して覚悟を決めた表情で甲斐の元へ向かった。中村が言うところの“みんな”がそれを面白がるように声援を送る。
しかし彼もまた求められる役割を演じているに過ぎない。
甲斐や俺を通して彼らはそれぞれが演じるべき役割を全うしている姿を確認しあっている。
くだらなくてたまらない。
けれど、そんなくだらない空間で必死に生きていくために、読みたくもない本を読んで自分を殺している自分はもっとくだらなく思える。
俺は読みもしない本に再び目を落とすと、規則的にページをめくって時間が過ぎるのを待った。
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