第7話 辻川と坂下


 令和X年四月四日、政府内に「特殊事態対策本部」が設立された。

 とはいえ、事務局長の市ノ瀬と本部長である横川がきまっただけである。

 対策本部を構成するメンバーはこれからだった。

 そうした中で市ノ瀬はある人物を呼びたいと横川へ申し出た。

 「総務大臣をやっていた時に見たよ。出来る奴だが遠慮が無い。メンバーにするとなると悩むな」

 横川は市ノ瀬が求める人物を知っていた。

 総務省の官僚であったその人物は知識は豊富で確かであったが、相手が上司でも遠慮が無く、時には周囲への配慮を投げ捨てる性格だった。

 それ故に荒れる事は何度もあり、煙たがられていた。

 横川はそれを知っているだけに、緊急も要する場を荒らすのではと危惧する。

 「海の向こうが我々の常識が通用しない今は、常識を平気で破る人間が必要です。どうかお願いします」

 市ノ瀬は横川へ頼み込む。

 「君がそこまで言うのなら招こう」

 横川は折れたが、「ただし、議事運営に支障が出るようならすぐに出て貰うからな」と釘を刺す。

 市ノ瀬はそれでも「ありがとうございます」と感謝した。


 千葉県某所にある総務省の研修施設

 ここに市ノ瀬が公用車でやって来たのは夕方であった。

 施設の正門では背広姿の男が正門を閉じようとしている所だった。

 「何の御用ですか?ここの営業時間は終わりですがね」

 中年の男は不機嫌そうに公用車の運転手へ話しかける。

 「先輩、市ノ瀬です」

 「これはこれは、総理補佐官殿が来るとは」

 こういうわざと仰々しい言い方や仕草をする。それは大学生だった頃から市ノ瀬は知っている。

 「込み入った話をします。中で話しませんか?家まで送りますし、寄りたい場所へもお送りしますよ」

 市ノ瀬は車の中へ招く。

 「良かろう、町まで送ってくれ。居酒屋秋風までな」

 その男は市ノ瀬が乗る公用車の後部座席へ乗り込む。

 「ところで我が後輩、込み入った話とは何だ?」

 「先輩、いえ辻川雅紀さん。貴方に<特殊事態対策本部>へ来て頂きたい」

 市ノ瀬は頭を下げる。

 辻川は「ふむ」とまず言った。

 「対策本部で俺は何をするんだ?」

 「最近の異常事態についての分析や提言です」

 「なんと大雑把な。肩書きは?」

 「事務局長補佐、課長級の役職になります」

 「権限は?」

 「ありません。何かをする時は私に言ってください」

 「つまり、あんたが俺の上司か」

 「そうです」

 また辻川はまた「ふむ」と言う。

 「なあ市ノ瀬、俺がどんな奴か知っているだろう?」

 「はい。その上でお招きしたいのです」

 「俺は会議で総理や与党の古株にも遠慮無く言うぞ?」

 「むしろ、そういう事を望んでいます」

 「ふむ」

 辻川は興味ありな笑みを見せる。

 「ただし、官房長官からは議事運営に支障があれば、追い出すと釘を刺されています」

 「横川さんだったな、あの人なら俺を知っている。そう言うよな」

 苦笑いを辻川はした。

 「引き受けてくれますか?」

 市ノ瀬は尋ねる。

 「ああ、引き受けてやる。ただし、今夜は先輩と後輩として飲みだ。つき合え」

 「もちろんです」

 こうして辻川が痛飲を経て対策本部の一員となった。


  四月五日、市ノ瀬が二日酔いで少しゲンナリしながらも対策本部に登庁する。

 見るや朝からスーツ姿の官僚達が集まっている。

 秘書が「各省庁からの出向組ですよ」と教えてくれた。

 一応はこれで対策本部としての体裁は取れる。

 「外務省の坂下です。宜しくお願いします」

 外務省からの出向組を束ねる坂下、彼は外務省の総合外交政策局から来たと言う。

 「未知の国家との交渉、楽しみにしているんですよ」

 坂下はそうはつらつに言う。

 この対策本部で直面する仕事を楽しむ人間を市ノ瀬は初めて見た。

 「これは頼もしい。外交はこの先、重要さが増しますから」

 「欧州局から総合外交政策局に移って、外交の場に出れないと思ってたので。頑張りますよ」

 本当に頼もしいなと市ノ瀬は感じ入る。

 ゼロから始める国家との交渉、それも一国だけではない。

 一筋縄ではいかないだろうし、難題がいくつも重なる。

 坂下のような、楽しむぐらいのタフな人間が必要なのだ。

 「これで人員は辻川さん以外は揃ったな」

 各省庁からの出向者が揃い、国の対策本部として機能できる状態になった。ここからだと市ノ瀬は思えた。

 「事務局長、長崎県と福岡県で巨大な鳥が人を襲っています」

 警察庁からの出向者である野沢が報告する。

 続いて、総務省の森脇が消防からの連絡としても同じ報告をした。

 「未知の国家の次は怪獣か」

 市ノ瀬は二日酔いの頭がより痛くなる。

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