第5話 日本との遭遇

 「あと二、三日でよいのだ」

 アリアはアーガス号の船長へ頼み続けていた。

 だが、船長はアリアを見つめつつ何も答えない。

 「さて、どうしたものか」

 エーギルはアリアと船長を見て思う。

 船長はアリアの熱意は分かるものの、船と客人であるアリア達の安全を守る義務がある。

 それに加えて、船を動かす水夫達の感情も考えねばならない。

 幾ら部下でも命じるまま働かせる事はできない。

 当時の水夫は無理矢理乗せて、水夫にしている者も少なくない。アーガス号も例外ではなく、港町で酔いつぶれた男などを引っ張り、水夫にしている。

 そんな水夫達だと不満がすぐ高まる。

 不満の高まりは反乱を引き起こして、船を奪われる危険があった。

 だから引き返して、水夫の不満を和らげる。

 この航海は先払いでかなりの額を貰っている。船長としては引き返しても損はない。

 そんな事情をエーギルは分かる。

 対するアリアは国が救われる希望を見出そうとしている。

 もしも何も心配なく航海ができるなら、アリアは一ヶ月ぐらいはアーガス号で探索を続けるだろう。

 「姫様は、なかなか強情なのですね」

 起きたイルマがエーギルへ話しかける。その目は冷淡だ。

 「国の命運がかかっているやもしれんからのう」

 エーギルも傍観者としての感想で言う。

 「イルマよ、お前ならどうする?」

 エーギルはイルマへ問う。

 「十日間も探して見つからないなら、引き返す。もう一度行くと言うなら計画を見直す」

 「そうよのう」

 イルマの答えにエーギルは一応の満足をする。

 引き際と再起を同時に答えたのだから。

 「だが、今の主はアリア様じゃ。そのアリア様は続行を希望されておる。どうする?」

 エーギルは目の前で起きている事をイルマへ議題として与えた。

 「帰る事をお勧めします。これ以上は成果は出ない。損失が出るかもしれないと伝えます」

 「損失とは?」

 「船の損傷または沈没、不満を持った水夫の反乱、またはモンスターと遭遇して襲われる」

 「うむ、十分な理由だ。しかしだ、人と言うのは当然の理由が通らない場合がある」

 「それが姫様?」

 「今の姫様の状態がだ」

 アリアについての誤解をさせないようにエーギルは言う。

 「危険の先に大きな利益、私の村で何人もそれに挑む商人や冒険者を見た。今の姫様はそれと同じ」

 イルマは故郷の村で出会った者達を思い出す。

 リスクの高い商談や、モンスターの巣など人が入れない所、そこに挑んで富を得ようとする商人や冒険者を。

 「イルマよ、その商人と冒険者はどうなった?」

 「財産を無くすか、死んだ。成功した人を見た事は無い」

 「そうか」

 イルマは現実をよく見ていた。

 彼女の村は国境にあり、街道も通じていて商人の行き来が多く、冒険者も通る村だった。

 そんな村で異なる言語も通じるようになる魔法をイルマは使い、商人や冒険者と話す機会があった。その機会は人生を垣間見る時も少なくなく、イルマは世知辛さを知っていた。

 「さて、姫様と話をするかの」

 エーギルは船長への説得が息詰まった様子のアリアを見て動く。

 「賢者殿、待って」

 イルマが止める。

 「どうした?お前が姫様を説得するのか?」

 「違う、何かが来る」

 イルマは何かを察知したようだ。エーギルはイルマが指さす方向へ目を向ける。

 「何じゃ?何が来るんじゃ?」

 エーギルは海面を見る。しかし別の船や海中から怪しいモノが来るような兆候はない。穏やかな海面しか見えない。

 「空、空から来る」

 イルマは指さす方向を上げて言う。

 「空だと?・・・あれは?」

 エーギルは空を凝視する。

 嵐が去った晴天、そこに何やら影が見える。

 その影は大きくなり、影の物体がこちらに近づいているのが分かった。

 「賢者殿、あれは?」

 「鳥に見えない、羽があるが羽ばたかないぞ。何だあれは?」

 近づく影は形をはっきりさせる。

 羽らしき物を左右に伸ばしているが上下に振って羽ばたかない、風に乗っているとはいえ、少しは羽ばたくものだ。

 エーギルは自分の知識と経験には無い存在だと理解した。同時に戦慄する。

 賢者と言われ、その知性を称えられたエーギル

 そんなエーギルは未知に恐れる性格ではない。むしろ未知を歓迎する性格だ。

 だから今のエーギルは、空から近づく飛行物体に目が離せない。

 「姫様、空をご覧ください」

 動かず、空を凝視するエーギルに代わりイルマが呼びかける。

 船長に航海を続けて貰う願いが届かず、沈黙しているアリアはイルマに従い空を見上げる。

 船長も同じく。

 「大きな鳥?」

 アリアも空から近づく何かに理解ができない。

 「アレは肉食か?」

 セザールとマガリーは空から近づく飛行物体を警戒する。

 護衛役として未知の存在を警戒する。

 アーガス号は空から来る何かを待つしか無かった。

 飛行物体はアーガス号の真上を飛び、低空で周囲を飛び回ると去って行った。

 「羽に風車が四つあった。微塵も動かない身体、あれは生き物ではないぞ」

 エーギルは直に見た飛行物体に驚き興奮する。長く生きていて見た事が無い物はエーギルの知的好奇心を刺激した。

 「赤い玉の印、もしかして・・・」

 アリアは飛行物体の翼に描かれた赤い円を見た。

 それが「白地の旗に赤い玉」の印と同じように見えた。

 東の国に繋がる何かが、目の前に現れたとアリアは挫けそうな心が奮い立った。

 「船長、もう少しこの辺りに居てくれ。あの鳥モドキを確かめたい」

 エーギルが熱心に船長へ求める。

 「あの鳥モドキを捕まえたら、俺の物にして良いか?」

 船長は利益を求める。

 「よいとも」

 エーギルはあっさり答えると、船長は「よし三日間この辺りに居よう」と商談が成立した。

 アリアは図らずも、自分の思い通りに事が運び安堵する。

 これで東の国へ近づけると。


 「ポセイドン4、船舶を発見した。帆船で乗員も確認した」

 アーガス号を発見したのは海上自衛隊第2航空隊のP-3C対潜哨戒機であった。

 青森県八戸基地から哨戒飛行に飛び立った、コールサインがポセイドン4のPー3Cは離陸から二時間後にアーガス号を発見した。

 「距離を取り、動向を監視せよ。対象船舶の乗員を刺激しないように」

 航空隊司令からの指示に従い。ポセイドン4は遠くから監視する位置でアーガス号の周りを大きく旋回する。

 「この世界の住民が乗っていると思われる、船舶を海自の航空機が発見しました」

 ポセイドン4がアーガス号を発見して二十分後、東京にある総理官邸に情報が届いた。

 届いたのは総理大臣と同時に、総理官邸内に置かれている「特殊事態対策本部」にも届いた。

 「乗員とすぐコンタクトすべきです」

 外務省から出向している坂下は対策本部長の青木へ提案する。

 「同感だ。海保か海自の船で行かせよう。出来るなら東京まで来て貰いこの世界の事を聞きたい」

 青木の意見はすぐに政府で承認され、坂下がアーガス号へ向かう事となった。

 岩国から東京湾へ呼び寄せた海自のUS-2救難飛行艇に坂下は乗り、哨戒と警戒に出動している護衛艦「あまぎり」へ向かう。

 「あまぎり」はポセイドン4が示した東北地方沖の海域に居る、アーガス号へ向かう。

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