第4話 アートラスの姫アリア(2)

 アートラス王国はこの時、モンスターによって領土を失いつつあった。

 モンスターが縄張りとしていた北の黒森より出て、アートラス王国の村や町に城を襲い始めた。

 これまで北の黒森からモンスターが出て、人里を襲う事はあったが、だいたいは北の黒森へ帰って行った。

 そんなモンスターがアートラス王国を攻めるように暴れている。

 アートラス王国の国王であるデュランデルは当初こそ、領主達にモンスター退治を任せていたが、王国の北方がモンスターに奪われたと知るや国王の軍を差し向けた。

 モンスターは幾らか倒せたものの、その進撃を止めるまでは出来なかった。

 もはや国王の軍に出来るのは民を逃がす為の時間稼ぎぐらいだった。

 さすがにデュランデルは諸国の王に呼びかけて、応援を求めた。

 隣国や婚姻関係で縁がある国々の王がアートラスへ軍を送り、デュランデルはそれらの援軍と連合軍を組んで自ら出陣した。

 連合軍はモンスターへ果敢に挑んだが、半数を失う。

 この敗戦に援軍を送った諸国は軍を引き上げた。

 もはや国の半分を失ったアートラスは滅びる間近にあった。

 そんな時にアリアは都であるルクイルである老婆と出会う。

 アリアがルクイルへ避難して来た民を見舞う時であった。

 着のみ着のままで、わずかな家財を持ってルクイルまで、歩いて避難して来た民はアリアを静かに眺めるばかりだった。

 それほどに避難民たちは疲弊していた。

 アリアはそうした避難民が心身共に疲れているのを理解していた。

 だから挨拶を返さぬ無礼を咎めないし、非礼に苛立つ近衛隊の騎士セザールを宥めた。

 「姫様、姫様!」

 避難民の中から手を挙げてアリアを呼ぶ者がある。

 アリアはその声の主へ近づく。

 「姫様、お婆様が是非お話したいと」

 アリアを呼んだのは少年だった。その横には俯きながら地面に座る老婆が居た。

 アリアはその老婆の近くへと寄り、腰を低くして老婆の声を聞こうとした。

 「お婆様、姫様が目の前に来ましたよ」

 少年は呼びかける。

 「姫様すいません、お婆様は目が見えないのです」

 ゆっくりと首をもたげる老婆は、目の前のアリアが分からない様子だった。盲目なのである。

 「おお、気配で分かりまする。この老人の為に足を止めて頂き、感謝します」

 老婆はアリアへ畏まって挨拶をした。

 老婆を怪しむセザールは、礼儀を通す老婆に少しだけ警戒を緩める。

 「姫様へ申し上げたいのは、この王国を助ける国が現れます。場所は東の海にあります」

  唐突な話だが、他の諸国が手を引き、モンスターが王国すべてを飲み込む勢いの現在、助けてくれる国があるなら縋りたい思いだった。

 「それは真か?」

 「真にございます、見た事のないモノに溢れた国にございます」

 「その国の名前か、印は分かるか?」

 アリアは老婆に尋ねる。

 「その国の言葉は分かりませぬ、名前は読めない・・・ですが、旗が見えます」

 「旗?その国の王家の印か?」

 「かもしれませぬ、白地に赤い玉が描かれております」

 「見た事のない旗だな」

 アリアは王家として学んだ諸侯の旗を思い出したが、白地に赤い玉が描かれた旗を見たことがない。

 「姫様、そろそろ」

 侍女が城へ戻ろうと促す。セザールは再び老婆を怪しみ、険しい顔になっていた。

 「御助言感謝する」

 アリアは感謝を伝えると、老婆の前から去る。

 「姫様、あのような妄言はお忘れください」

 セザールは強く言う。

 「妄言?」

 「妄言です。あのように予言めいた事を言って、取り立てて貰おうとしているのです」

 セザールはこれまで口八丁で王家に近づこうとする輩を何人も見ていた。

 「そうかもしれぬ。それでもこのアートラスが助かるなら、東にある国を確かめたい」

 アリアは老婆の言った事を確かめたいと思っていた。

 「ならぬ、たかが老婆一人の話で、探索隊を送り出す余裕は無い」

 デュランデルは都であるルクイルでモンスターを迎え撃つべく、準備を進めていた。

 そんな時に見知らぬ国を探す探索隊を出せないと、デュランデルは言う。

 父であるデュランデルの言い分は正しい。東の国はあの老婆が見た妄想や幻想かもしれない。

 だが、このままルクイルで戦の準備をしてもモンスターに勝てるのかどうか。

 「なら私が行けば良い」

 十八歳になるアリアはそう決意した。

 決めるとアリアは侍女のエルマと共に城を抜け出そうとするが

 「姫様、やはり行かれるのですね?」

 セザールがアリアの前に立つ。

 「止めても私は行きます」

 「そうなるであろうと、思いました。行くのでしたら私達をお供にしてくだされ」

 セザールの提案にアリアは拍子抜けした。

 止めるのではなく、一緒に行きたいと。

 「私達と言ったな?近衛隊がお供するのか?」

 「いえ、私と賢者殿に、賢者殿知り合いである魔道士殿です」

 セザールがこう言った時に、エーギルと共に一人のマントを羽織る少女がアリアの前に現れた。

 「未知の国を探しに行くと聞きましてな。どうかお供を許してくだされ」

 エーギルが求めると、アリアは「こちらこそ賢者殿が来られるならありがたいです」と喜ぶ。

 賢者エーギル、デュランデルが幼少の頃から王家に出入りする賢者だと言う。賢者だけありその知識でデュランデルをはじめ王家に助言や教育を施していた。

 だが、普段は王家の外にあり放浪しているらしい。

 「賢者様、そちらは?」

 アリアはマントの少女について尋ねる。

 「西の村で見つけた魔道士じゃ。未知の国へ行くなら役立つだろう」

 すると、魔道士の少女は頭を少し下げアリアへ敬意を示す。

 「イルマと言います。王女様のお役に立てる事を感謝します」

 イルマは丁寧に挨拶をして、アリアは好感を持てた。

 「護衛はこのセザールとマガリーが努めます」

 マガリーは近衛隊で女王や王女の傍で護衛をする為に居る女性騎士だ。

 「では、行きましょう」

 合わせて五人が集まり、セザールは出発すると告げる。

 「セザール、お父様は知っているの?」

 さすがにここまで人が集まると、デュランデルが知っているのか気になった。

 「はい、ご存じです。反対しても行くであろうと、ですから私がお守りします」

 セザールはデュランデルから頼まれていた。

 たとえ王である自分がダメだと言っても聞かないと。だからセザールに護衛と共に旅の支度を任せたのだ。

 アリアは自分を理解する父親に感謝した。

 こうしてアリア達一行は東の国へ向けて出発したのです。

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