第7話 天王子砦の戦い
元亀四年二月十日、元就率いる毛利軍八千は、織田軍の天王子砦を攻めた。
この砦は元々は本願寺の砦であったが、佐久間信盛が本願寺攻めを担うとなった際に落ち、織田の砦となっていた。
「なんと、毛利が動いたか!」
織田の佐久間軍と睨み合う石山本願寺の顕如は驚喜する。毛利が本当の援軍になったのだと。
「加勢に出ますか?」
石山本願寺の武将、下間頼廉が尋ねる。
「いや、待て。様子を見よう」
驚喜の顔から一気に冷めた顔で顕如は頼廉を止める。
「今出れば、天王子砦は落ちますが」
頼廉は顕如に打って出るべきでは?と再度尋ねる。
有力な軍勢がこうして織田の軍勢に攻めかかるのはそうそう無い。好機であると進言している。
「そうかもしれんけど。あれな、毛利の爺さん誘ってるんや。こっちは乗らんでええ」
顕如は関西の方言で頼廉を諫める。
こうして話す時は本音で語る時だ。
頼廉は顕如の考えに納得した。
「我らを誘い出して、天王子砦を攻める兵力を増やす算段にしてはあからさまですな」
頼廉は疑問を言う。
「毛利の爺さん、引っ張り出したいんは別におるな」
顕如はそう言うが頼廉は見当がつかない。
「信長を引っ張り出すには足りないですが」
「毛利の爺さん、そこまで出来んのは分かってやっとる。織田の連中と遊びたいんやろ」
「織田と手合わせですか、元就の爺様は存外に血の気が多い」
「されど、猪では無い。分からん爺さんじゃ」
やれやれと言う態度を見せる顕如であるが、困っている様子ではない。
頼廉もこうした顕如が分からない時だ。
「一時、退け。昼飯にしようぞ」
元就は天王子砦を攻める兵を一時下げた。
帰陣した毛利軍将兵は敵前で昼飯を食べ始める。
佐久間信盛はこの毛利軍を攻めるかどうかを考える。しかし敵は毛利だけにあらず。目前の本願寺が打って出る。
挟み撃ちになる。毛利へ反撃ができないと信盛は決めた。
「毛利が動いたか、出陣じゃ!」
天王子砦からの急報は秀吉にも届いていた。
すると、秀吉は即座に出陣した。率いる兵は五千である。
「佐久間殿を助けに行くぞ」
出陣にあたり、秀吉はそう臣下へ述べた。
天王子砦の救援が戦の目的であるが、秀吉としての目的が信盛を助けに行く、恩を作る目的があった。
天王子砦を中心に動く陣営
この状況を荒木村重も知った。
(ここでどう動くか、それで旗色を決めるのだ)
大和田城を毛利に明け渡した事を質す手紙が信長から何度も来ていた。
その手紙は厳しく問い詰める内容では無く、一度話し合いたいとする腰の低いものであった。
しかし、村重は返事の手紙も出さず。信長と会うつもりもなかった。
そんな村重が天王子砦での毛利と織田の戦にどう出るか、それが村重の立場を明確にさせる。
どこか自分の挙手一投足が何かを動かすような気になる。
「行くか」
村重は動く事を決めた。
こうして秀吉と村重が出陣した。
天王子城では昼を過ぎ、昼食が終わっても毛利軍は動かなかった。
それが信盛にとっては不気味であった。
顕如はただ石山から高見の見物をしている。
「このまま何もせず、羽柴に助けられるのは嫌だ」
秀吉が援軍として来ると知った信盛は、援軍を待って反撃するのを良しとしなかった。
夜半、佐久間軍は二千の兵で夜襲を敢行する。
八千の毛利軍に対して少ない戦力だが、本願寺に備えて兵をあまり割かなかったのだ。
松明が照らす毛利軍の陣
そこへ佐久間軍がゆっくりと迫る。
鉄砲と弓矢で毛利軍の陣を撃つ。これで毛利軍が崩れれば二千の兵でも勝機があるやもしれぬ。
「放て!」
佐久間軍は鉄砲と弓矢を毛利軍の陣へ撃ち込む。
陣の幕は鉄砲で穴が開き、矢が刺さる。
だが、毛利の陣は静かだ。
「変だ。誰もおらぬのか?」
二千の佐久間軍を率いるのは信盛の嫡男である佐久間正勝だ。
正勝は弾と矢を撃ち込んだ毛利の陣が静か過ぎるのを不審に思う。毛利の兵は鉄砲の弾と弓矢を受けて平気である訳が無い。
陣は空で、毛利軍は別の場所に居るのではないか?
それは待ち伏せを毛利軍がしているかもしれない。
退くべきとの思いがあるが、このまま下がるのは父の武名に関わる。
「敵陣を確かめる。敵陣へ進め」
正勝は兵を進めた。
その歩みはゆっくりである。どこから毛利軍がやって来るかと見張りながらの進軍だ。
「本当に誰もおらぬ」
毛利の陣へ入るももの、中は松明と幟旗しか無い。
「戻るぞ」
正勝はすぐに兵を退き、佐久間の陣へ戻った。
「毛利は退いたのか?」
信盛は息子から毛利の陣の様子を聞いた。
敵が退いたとなれば、敵を自らの忍耐で撃退したと言える。
「これで羽柴に大きな顔はさせぬぞ。正勝よくやった」
息子を労い、佐久間軍の陣にはどこか安堵の空気が流れる。これで本願寺だけに集中できる。
「申し上げます!毛利軍が天王子砦に襲来」
しかし、翌朝の報告は佐久間父子を驚かせた。
「茶化されたかのか、儂は」
信盛はそう思わずにいられない。
元就は軍勢を大坂湾の村上水軍の軍船に乗せ休ませていた。
夜明け前に下船して、天王子砦へ再度向かったのだ。
「さて、今日はどうなるかの」
元就は合戦二日目に何かが起きると確信していた。
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