第5話 策謀と思案

 有岡城に居る荒木村重は思案に更けていた。

 目の前に近畿の地図を広げ、碁石を並べている。

 黒は織田信長の陣営

 白は信長と戦う陣営

 黒の碁石は京や石山本願寺の周りに置かれている。

 これに対して、白は石山本願寺をはじめ参戦した毛利、信長打倒に決起した足利義昭、大和で籠もる松永久秀、北陸で今も信長と戦う浅井・朝倉

 黒の碁石を白の碁石が囲っている。

 (もはや信長は風前の灯火であろう)

 状況整理に改めて見る勢力図は、各勢力に囲まれる織田家であった。

 (ここに武田が来れば、信長は終わりじゃ)

 河内から攻め上がろうとしている武田信玄 

 遠江・河内の徳川家の城を荒らし、家康を撃退した信玄の軍勢

 信濃を奪い取り、越後の上杉謙信と互角に渡り合う、精強なる武田軍

 この武田軍ならば信長の息の根を止められよう。

 (このまま毛利に味方し続けよう。それが良い)

 村重の心は決まった。

 そんな時に元就からの書状が重村へ届いた。

 「大和田城を貸して頂き感謝する。これで信長と戦う足がかりとなり申した。ついては共に戦う事ができれば幸いである」

 元就の手紙は大和田城を渡してくれた事の感謝と、控えめに手を組みたいと述べる内容だった。

 「毛利から言って来たか」

 村重は望む展開になりつつあると感じた。

 だが、元就は村重が思う以上の事をしていた。

 元就はもう一通の手紙を村重へ送る振りをして、織田家の武将が取るように図った。

 村重へ手紙を運ぼうとする毛利の密使は、織田軍に見つかり追われるよに動いた。

 密使は必死に逃げて、「思わず手紙を落とした」と言う素振りをして逃げおおせた。

 手紙は秀吉へと届けられた。

 「やはり荒木と毛利は通じていたか」

 秀吉はにやける。

 刀に刺した饅頭を食べる芸で信長の感心を引いた村重、そんな村重を秀吉は気に入らない存在と思えていたからだ。

 「これを信長様へ届けよ。この秀吉が掴んだ書状だとも言うのだぞ」

 京の信長へ元就の手紙を届けるように命じる。

 この元就の手紙は信長を激怒させた。

 「大和田城の引き渡し感謝する。城内には兵糧や弾薬も沢山あり大いに助かる。手厚き心遣いありがたい」

 村重へ届いた手紙とは少し異なる内容である。

 信長が怒ったのは、「城内には兵糧や弾薬も沢山あり大いに助かる」と言う一文である。

 元就はこれに「手厚き心遣い」と称していた。

 これでは大和田城を元就に献上しているようなものだ。

 手紙はそれを裏付ける内容になってしまっている。

 

 実際のところ、村重は大和田城の兵糧と弾薬を兵と共に有岡城へ運んでいた。元就へ引き渡すほどの余裕はないからだ。

 だが、元就と通じて開城したのは事実である。

 元就は事実をより誇張して信長へ伝える。城だけではなく、戦に必要な物資も渡す。利敵行為をしていると。

 信長の村重へ向ける不審の目をより強める為であった。

 「これで荒木は追い込まれる。そこから周囲の別所や宇野、赤松も信長から離れるように仕向けよう」

 元就は村重の離反を確実なものにして、播磨の武将を反信長へ傾かせようと画策していた。

 「摂津勢と播磨勢を味方にすれば、信長と一回ぐらいは直にやれよう」

 周囲の状況から一万の兵を連れて行くのがやっとであった元就、そこへ摂津勢と播磨勢が加われば幾らか兵力は増える。

 信長と刃を交える機会が得られると元就は踏む。

 「本願寺も付いて来れば文句無しだが・・・」

 門徒衆や紀州の国人衆を束ねる石山本願寺、数としての戦力でも期待はできる。

 だが、政治力と経済力の強さでは毛利家は石山本願寺に劣る。

 そうなれば共に戦となれば主従関係は出来てしまう。

 だから顕如へ「誰の配下にもならぬ」と真っ先に言わねばならなかった。

 「自然と本願寺が加勢するようにできれば。それならば」

 大和田城で元就はこれからの策を巡らす。

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