第4話 信長と秀吉

 「毛利が大和田城を奪っただと」

 元就が大和田城を取った事は、京の妙覚寺に滞在する信長の耳に入った。

 「荒木は何をしていた?」

 「毛利軍が来るや、有岡城へ逃げたそうです」

 信長の小姓である森蘭丸が伝える。

 「逃げただと、奴め臆したか。それとも毛利と通じておるのか?」

 村重の動きに信長は怒りを瞬時に吹き上げる。

 蘭丸は「それはなんとも」と答えるしかない。

 「荒木へ問い質さねばならんな、本当に仕えたいのは誰かを」

 荒木村重は二年前に織田家への臣従を誓って来た武将である。

 村重は仕えていた池田和正を追放してから信長に接近した。それを信長は快く思わなかった。

 池田和正が既に信長への臣従をしていたからだ。

 信長は気に入らない村重へ刀に刺した饅頭を食べよと、嫌がらせをする。

 村重はこれを平らげた。

 信長はそんな村重に感服して摂津の国を預けていた。

 だが、大和田城を無血で開場させた事は信長に不審を抱かせた。

 「浅井に松永も裏切る。戦国乱世は裏切りが常とは言え、こうも容易く裏切るものだな」

 信長は蘭丸の前だからこそ独り言のぼやきをする。

 妹のお市を嫁がせ、義兄弟となった浅井長政

 名物である九十九髪茄子を差し出して、臣従したいと近づいた松永久秀

 どれも信長を裏切り、信長と戦いを続けている。

 「裏切り者は叩き潰すのみです」

 蘭丸は強い口調で信長へ言う。信長が感傷に浸っているように見えたのだ。

 「そうだ、潰してやる。だが今は手が幾らあっても足りん、禿げ鼠を呼んで来い」

 蘭丸は信長の覇気が萎えてないと分かり安堵しつつ、禿げ鼠を呼びに行く。


 信長の言う禿げ鼠は羽柴秀吉である。

 草履取りや足軽から、一角の武将へとのし上がった男だ。

 そんな秀吉を信長は禿げ鼠と呼ぶ。愛称でもあり侮蔑の呼び名でもある。

 「裏切った荒木めを討つのですね」

 秀吉は自分が呼ばれた理由をそう思って言った。

 「違う、今は毛利と本願寺に備えるが先じゃ」

 信長がこう言うと秀吉は、何かを考えながら信長へ向き直る。

 「本願寺は佐久間様が攻めておられます」

 秀吉は本願寺攻めを任されている佐久間信盛の領分に踏み込むのではないかと危惧した。

 「お前の役目は本願寺と毛利が京へ攻め上がるのを防ぐ事じゃ、佐久間の与力ではない」

 信長の与える役目は新たな敵となった毛利に加えて本願寺が反撃した時に備える事であった。

 「つまり、それがしは御館様の背中を守ると言う訳ですな。まさに大役」

 秀吉は芝居ががった言い方をする。

 そうした秀吉の感情の表し方に信長はあまり好きではない。

 「そうだ、ワシの背中を守れ。浅井に朝倉、義昭に武田信玄を倒すまでじゃ」

 信長の与える役目の長さに秀吉は、閉じた扇子で額を叩き「これはこれは大役に相違なし」とおどける。

 「任せたぞ禿げ鼠、織田家が生きるかどうかはお主にかかっておる」

 信長はそう言ってから去る。

 残された秀吉は「やれやれ、金ヶ崎よりもしんどい役目になりそうじゃ」と内心で呟く。

 金ヶ崎の退き口で殿を努めた秀吉、この時は明智光秀と共に戦い、徳川家康も加勢した。

 だが今度は佐久間勢はアテにできない。

 未だ戦いが続く浅井と朝倉に、信長へ反旗を翻した将軍足利義昭と松永久秀、三河から尾張へ攻めようとする武田信玄

 本願寺と毛利、荒木を除いても信長が戦う相手は多過ぎる。

 助けとなる援軍は来ないかもしれない。

 だから秀吉にとっては「金ヶ崎よりもしんどい」とため息が出るのである。

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