第18話 クラゲのような君へ


 いまひるさんチョイスのデートスポット、ハルカスに到着した俺たちはひとまず巨大な外観をスマホのカメラに収める。

 ハスカスの由来は、古語で、晴れ晴れとさせるという意味合いで、展望台から見える景色は晴れていれば、きっと心を晴れ晴れとさせるだろう。

 ………今はがっつり曇ってるけど。むしろ雨降ってきそうなくらい黒い雲なんだけど!

 体を逸らせながらビルのてっぺん辺りを見ていると、袖がくいくいと引っ張られている。

 空風あきかぜさんが、目を輝かせながらタブレットに表示されている写真に指を置いていた。

 これは、チーズケーキかな?

 美味しそうなチーズケーキやサンドイッチがお茶の写真は、どうやらカフェのメニューを指しているようだ。

 

 『チーズケーキカフェがあるみたいです! 是非行きたいです!』

 

 ぐいぐいと迫る空風さん。端正な顔立ちに見つめられて、思わず頬の熱が上がりそうになって目をそらした俺は、自分でもそのカフェを調べてみる。

 どうやらチーズ菓子専門のカフェらしく、雰囲気も落ち着いている。レビューの反応もとてもいい。

 何より、ミウミウもチーズケーキが好きなのだ。写真をSNSにあげて菓子テロ投下しよう。

 

 「なるほどね、このお店、良さげだね。イチゴやベリーがウリのお店もあるみたいだけど、この店でいい?」


 空風さんは苦笑しながらタブレットに文字を書いた。


 『私、イチゴとかベリー苦手で、先輩はそっちの方が好きですか?』

 「いや、俺もミウミウがチョコとかチーズケーキ大好きだから、好きになった。」


 空風さんは一瞬、キョトンとしたが、すぐさま「そうですよねー」と言わんばかりの顔で微笑んだ。

 何故かその微笑みが、推しの表情と重なった気がした。

 目をこする。そこにいるのは、俺の最推しにして唯一の推しである『かぜのミウ』ではなく、紛れもなく空風凪あきかぜ・なぎだ。

 推しの配信に行かな過ぎて幻を見たのかな?

 まぁ、推しに会いたすぎて幻想と幻聴は見ることもあるので仕方ない。末期とか言うな。自覚はある。

 

 『押野先輩、どうかしましたか?』

 「あ…いや、何でもないよ。チーズケーキ楽しみだね」

 『はい! こう見えてお腹鳴りそうなくらいすいてます!』

 

 そういった瞬間、空風さんのお腹が可愛らしく音を立てた。

 顔が真っ赤になった彼女は、さっとお腹を隠して俺から距離を取る。

 俺はというと、何故か千円を出していた。

 

 「やべ、ミウミウのお腹の音と間違えた!」

 『リアルスパチャ!?』

 「心なしか推しのお腹の音と似…ンンンン!!!!!………お互い記憶から忘れよう、いいね?」


 空風さんは恥ずかしそうな顔のまま、コクコクと頷いた。危うく最高に気持ち悪い発言をするところだったぜ。

 お目当てのカフェに着き、二人で同じチーズケーキを頼む。

 

 「あ、今のうちに…」

 

 俺は、お出かけ用ミウミウアクリルスタンドをケースから取り出し、テーブルに置く。

 空風さんはそんな俺を見て、引くわけではなく、少し驚いた様子でペンを走らせる。

 

 『本当に持ち歩いてるんですね。』

 「いつでもどこでも推しと一緒だよ。現実でも推しを愛せていることが、幸せなんだよ。」

 『先輩らしいですね。………ミウミウもきっと、そんなに推してもらえて、幸せだと思います』

 「そうかな。」

 『そうですよ。私だったら、死ぬほどうれしいですから』

 「……そうだといいな。ミウミウの幸せの一端になれてるのなら、俺は幸せだから」

 

 頬杖ほおづえをつきながら、彼女はこちらをまっすぐに愛おしそうに見ている……気がする。

 ……落ち着け、今日はよく空風さんとミウミウがかぶる。

 胸の奥が僅かに熱くなるのを感じ始めた頃、チーズケーキが運ばれてくる。

 俺はチーズケーキの近くにミウミウのアクリルスタンドを寄せてスマホを構える。

 

 「お、美味しそう! これはミウスタ映え! ミウスタ映え!」

 『あっいつものですね』


 〇


 『ねぇみてましろさん! チーズケーキ美味しそう!』

 『良かった。ミウミウのために貸し切ったんだ。たくさん食べて』

 『貸し切り!? すごーい! ありがとう!大好き!』

 『俺も大好きだよ。愛してるミウミウ』

 

 大好きという言葉に、俺の最大限の愛の言葉を返すと、ミウミウは照れながらも、ケーキを口に運んだのち、幸せそうに口元に触れた。


 『んー、美味しい! これ凄く美味しい!……じゃあ、…はいっ』

 

 向かいに座る彼女はフォークにケーキのひとかけらを取って、こちらに向けてくる。

 こ、これは、いにしえより伝わりしラブラブカップルご用達奥義!

 一口の甘々アーン!?

 俺が硬直していると、彼女は顔を真っ赤にしてやや目をそらす。


 『は、恥ずかしいから…はやく、食べて?…』

 「ハ。ハハハハイっ! ア、アーン!!」


 俺は口を大きく広げ、彼女からの甘いアーンを……


 〇


 「はっ!?」

 

 現実に魂が帰還すると、空風さんがこちらを微笑ましく見ていた。


 「……うわー!ケーキ美味しい!」


 なんだか死ぬほど気恥ずかしくなって、誤魔化すようにお洒落で美味しいチーズケーキをバクバクと高速で食べ進めていった。…なんか空風さんに妄想してるとこ見られてると恥ずかしいな……。

 

 なお、二人でケーキとお茶を堪能した後、展望台に上ったが、真っ黒い雲、やや濃い目の霧が出ていた上にパラパラと雨が降り始めており、二人で顔を見合わせたのち苦笑した。天気悪すぎて草。ハルカスの由来とは何だったのか。

 一応しばらくガラス越しに景色を見て歩いたが、今度は晴れてる日に来たいねーという感じで意見が一致してその場を後にした。

 

 電車に乗り込んで水族館に向かう中、空風さんは先ほどのカフェに向かう時よりも、ルンルンと楽しそうにスマホをいじっていた。

 水族館にいくという話をしてから、空風さんのテンションが背中から羽が生えそうなくらい跳ね上がっている。

 

 「空風さんもまさか水族館好きだと思わなかったよ。実は俺もミウミウも水族館大好きでさー」


 僅かに空風さんの動きが固まるが、すぐさまペンを走らせて画面を見せてくる。


 『奇遇ですね!私も好きです。天気も今日は悪いですし、水族館日和です! いつでも水族館は行ってもいいですけどね!』

 「分かる。水族館って癒されるし、あそこって時間がゆっくり流れてるんじゃないかって思うくらい幻想的な雰囲気あるから最高だよね。」


 空風さんは、ウンウンと頷いたのち、水族館の公式サイトを眺めた。

 

 「空風さんは、水族館でなに見たい? ペンギン? クマノミとか?」

 

 何気なく尋ねると、空風さんは何故かやや逡巡しゅんじゅんしながら口元に手を当てる。


 『可愛いのでセイウチとかチンアナゴですかね』

 「でっかいのと小さいの両方来たな…俺はクラゲかな。」

 『分かります。クラゲいいですよね。あの水槽の中を幻想的にフワフワとする姿大好きなんですよ。小さいクラゲとかもう時間忘れてみてられます。』

 

 …なんかクラゲのほうが多く語ってません?

 まぁ、水族館が好きなのは伝わってきたので、訪れる場所としては正解だったのだろう。良かった。

 電車が水族館の最寄り駅に到着し、二人で改札口を抜ける。

 旅行シーズンのせいか、入場口は、たくさんの人々が並んでいた。

 曰く、この水族館は、世界最大級の規模を誇るらしい。

 ここには地元の水族館では見たこと無いジンベエザメなどもいるようで楽しみだ。

 並んでる中で、空風さんは嬉しそうに、画面を見せてくる。

 そこには、『特別展示!世界クラゲ展』と書かれていた。


 『タイミングよかったですね!』

 「マジか。神がミウミウとの妄想デートしなさいと言っている…ってこと!?」

 『アッハイ、そうですね』


 心の中でガッツポーズをした。

 たくさん写真を撮ってミウミウにみせてあげよう!

 水族館の中に二人で足を踏み入れる。

 先ほど空を支配していた暗雲とは、全く異なる幻想的な暗闇が、俺たちを包む。

 その中で、分厚いガラス越しに、様々な水生生物が優雅に泳いでいる。

 俺も空風さんも、水槽を移るごとに写真を撮りながら、ゆっくりと歩いていく。

 その過程で、道順を間違えたり、ミウミウのアクリルスタンドと一緒に撮ったら、カメラの焦点がアクスタにしか合わなかったり、カップルと間違われたり、……せっかくなので一緒に写真を撮ってもらったり。

 俺たちは、薄暗くも心地よい世界を堪能しながら歩いていく。

 この水族館の一番大きな水族館のアクリルガラスの厚さは、30センチにもなるらしい。

 30センチ先の世界は、今俺たちが呼吸している暗闇の世界とは異なり、青く輝いている。


 あぁ、そうか。水族館は、推しの配信をみている感覚に似ているんだ。 

 目の前に、心地よい素敵で輝かしい世界が広がっている。そのなかで推しが楽しく過ごしている。

 その中に、俺は直接入ることはできなくて。触れることすら叶わない。

 絶対的な30センチの壁。

 それでも、その壁があるからこそ、俺は安心して好きになれる。

 壁があるからこそ、自分の嫌いな部分を見せなくていいから。

 好きな気持ちだけを伝えるだけで、推しも自分も幸せになれるから。

 暗闇を照らす水槽のなかにいる生き物を中心に、水族館は出来ているように。

 配信者という推しを中心に、配信という場所が出来ている。

 手が届かぬが故に、抱きしめられぬが故に。愛してると直接伝えられぬが故に。

 君が照らしてくれている幸せな暗闇から、君を愛し続けよう。

 この愛が、30センチ越しの君に伝わるように。

 

 『見てましろさん!このクラゲ可愛い!』

 

 画面を見せたのちに、空風さんは幸せそうな表情で小さなクラゲたちを眺めている。

 カブトクラゲと表記のあるクラゲは、透けた体のなかで淡い光を灯している。

 決してジンベエザメのように決して大きく目立つわけでもなく、イルカのように激しく躍動するわけでもない。

 それでもクラゲは、ふわふわとしながらも、水槽という世界で確かに輝き、人々を魅了している。

 

 「……そうだね、とってもきれいでかわいい。俺の推しみたいだ。」

 

 そうつぶやくと、空風さんは振り返る。

 首を傾げる空風さん。

 俺はそれ以上は特に言わず、空風さんと並んで、上下に浮遊するクラゲを眺めていた。

 

 

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