第16話 分離大作戦

 大阪に着き、ホテルに荷物を置き終えた俺たちは、昼食のために予約済みの粉モノ屋でお好み焼きを食していた。

 ちなみに幹部の方々は既にアルコールを注目し、軽い飲み会になってしまっている。

 テーブルは部署ごとに分かれており、向かいに座っている空風あきかぜさんが焼き上がったお好み焼きを等倍に切り分けている。


 「ありがと空風あきかぜさん。あ、お皿には個人で取ってくと思うから、空風さんも食べな」


 丁寧にそれぞれのお皿に取り分けてくれようとした空風さんの手をやんわりと断りながら、それぞれが鉄板からお好み焼きをとって食べ始める。


 「いただきまあっっつ!? ふーふー!……ん~!! 美味しい~! 凪ちゃんこれ美味しいよ~! ほらタブレットで書かなくていいから食べて食べて~」


 慌ただしく食べながらも、宮川さんはまだ食べ終えてない空風さんのお皿にお好み焼きを次々と乗せていく。

 空風さんはタブレットで書くのを諦め、代わりに幸せそうな表情でお好み焼きを食べた。

 その姿はいつもより子供っぽくて可愛らしい。

 俺の隣に座る根本君は、そんな女性陣二人をみながら微笑んでいった。


 「たくさん食べる女の子って可愛いっすよね~」


 そんな一言に対して、空風さんは若干頬を染めながらペースが明らかに落ちて、逆に宮川さんは食べるスピードを上げて、鉄板にあるお好み焼きを取り込んでいく。


 「あーあ、根本君、いまどきそれはセクハラ発言らしいよ?」

 「えぇぇ!? そうなんすか!? 先輩だって画面に向かって職場で可愛いとか尊い言いまくってるじゃないすか! 普通に怖いっすよ!」

 「ミウミウが可愛くて尊いのは、世界的にも学問的にも揺るがない事実だからいいんだよ。俺の辞書にも古事記にも書いてある。最近だと記念配信なのに開幕ミュートして音入ってないのにリスナーに一生懸命話しかけてたのが可愛い」

 「押野先輩って普段はいい人なのに、その人のことになるとIQ低下しますよね。」

 

 なんて失礼な後輩だ。だが自分も認めてるから反論のしようがないから悔しい。

 そして恋するときにIQ下がることは、それだけ好きな証拠でもあると信じてる。つまりミウミウ可愛い。

 空風さんは、根本君の地味セクハラ発言が効いてるのか頬を染めながら目をそらしている。繊細なのかな?

 

 設定していた食べ放題コースの時間が終わり、ガイドに連れられて案内された大阪城。日本一と言われる天守下の石垣や、橋、天守の内部で歴史的な話をしてもらった。

 ただ申し訳ないことに、真剣にウンウンと頷いている空風さんと違って、俺と宮川さんはその後の計画のことでソワソワしてほとんど話が頭に入らなかった。

 天守内でこっそり隣に立ってきた宮川さんからスマホにメッセージが送られてくる。


 『アイデアは思いついてます?』

 『俺と伊野さんと空風さん酒好きだから酒蔵でも行こうかなって、そっちは酒ほぼ飲まないから分離できそうじゃない?』

 

 宮川さんは一瞬こちらの顔を伺った後、小さくため息をつきながら高速でメッセージを返してくる。


 『超絶綺麗でかわいい凪ちゃんとの大阪デートで酒蔵ってセンスが足りてないと思います。それでデートいいんですか!』

 

 無理難題を出された挙句にひねり出した策が秒否定された! あと二人きりではない。


 『いや、旅行とかほぼしないからプランとか分からんし』 

 『あるでしょう! たこ焼きとか串カツとかラーメンとかカニコロッケとか!』


 食いしん坊すぎんか宮川さん。

 

 『とにかく私が調査しておいたデートスポットリストデータ送るので参考にしてくださいね。あ、でも酒蔵いくって出だしは分離手段としては悪くないので採用します。』


 却下されたと思っていた案が採用され、困惑している最中にもメッセージにデータが送られてくる。

 通天閣、フランス料理店…大観覧車…水族館…ミウミウも水族館と観覧車好きだったな……写真撮ったら喜んでくれるかな…。

 …………。

 大人びたワンピース姿のミウミウと恋人のように手をつなぎ、大阪を巡っていく。

 観覧車のなか、夕焼けに染まる天に登る中で、ミウミウは隣で外の景色に目を輝かせる。重なる二人の手は少し強く握られる。


 『わぁ、素敵な景色! 今日はありがとう…ましろさんとのデート、凄く楽しい』

 『俺もだよ、ミウミウ。ミウミウとデートできて幸せ』

 『ふふ…私もだよ……ねぇ…もうすぐてっぺんだね…』

 『……そうだね……』

 

 自然と二人は目を閉じ、距離が近づく。吐息と心臓の音が…。

 チョンチョンと袖を引っ張られ、現実に引き戻される。


 「……うおっ! 」


 妄想を追い出して目を開くと、空風さんが顔を覗き込んでいた。至近距離の綺麗な顔立ちに思わずのけぞる。なんだ今の妄想のせいで唇に若干目が行ってしまう…。


 『皆さん、もう進んでますよ?』

  

 タブレットに書かれた文を見て周りを見渡すといつの間にか宮川さんも皆もいなかった。危なかった、あのままチュウしてたら俺の脳みそが幸せの情報処理不能ではじけ飛んでた。

 

 「あ、ごめんごめん。行こうか」

 

 妄想が抜けきってないのか思わず、手を差し出してしまう。

 一瞬疑問符を頭に浮かべた空風さんが、すぐさま驚いた様子でこちらを見る。

 やべっ。なんかチャラい! こんなことしたことないのに! 

 速攻で手を前方に指さし、誤魔化しに移る。


 「あ、あぁあっちに行ったのかな!? 出口だよね多分!」

 

 顔が熱い! 恥ずかしい! というか絶対誤魔化しきれてない! 俺の動きが挙動不審すぎて気持ち悪い!滅びろ俺! 巻き戻して!

 俺は空風さんの顔を見れないまま出口に早歩きで向かっていく。

 うわー。絶対気持ち悪いって思われた…。

 …そもそも、なんで手を差し出したんだ俺は? 

 …空風さんと推しを間違えた?……感覚が鈍ったか?


 天守から外に出ると、既にほかの社員たちは、班ごとのかたまりとなって集まっていた。

 伊野さんは出てきた俺たちを発見して軽く手を上げた。話していた根本君と宮川さんもこちらに気が付いたように微笑む。


 「待ちに待った自由時間! 上司としてしっかりルート選定してあるぞ!」

 

 意気揚々と旅行雑誌を掲げた班最年長上司は、後ろから肩を掴まれた。

 

 「おっ!伊野~ いたいた~俺たちの飲みのセッティングしてくれたんだってなぁ」

 「えっ!? 課長!?一体なんの…社長!?」


 そこには、既に顔がほんのり赤くなっている会社の幹部数人が立っており、若干お酒の匂いが漂っていた。

 

 「いやー流石は次期課長候補…しっかりしてるねぇ。君もそう思うだろう?」

 「ほんとですなぁ。伊野、積もる話をとことんしようじゃないか!」

 「あ、ですが私はこれから班の…」

 

 伊野さんは俺にチラリと助けを求めるように目配せするが、いくら何でも権力の桁が違いすぎる。

 

 「伊野主任! 大丈夫ですよ! 私たちだけで子どもじゃないんですから! 楽しんできてください! 」


 とニッコニコの笑顔で宮川さんが伊野さんの背中を軽く幹部側へ押し出す。

 …仕組んだな?

 という目を向けると、宮川さんは可愛らしくウインクで返してくる。

 さらば伊野さん。あなたのことは忘れません。

 心の中で敬礼しながら、いまだに困惑したまま連れていかれる伊野さんを見送る。

 

 「……あー…えーと、どうします? 押野先輩…? 主任抜きで行っちゃいます?」

 

 根本君は一連の流れに困惑しながらもこちらの指示を仰ぐ。

 確かに、この中だと俺が一番の上司で年齢的にも上だ。

 

 「そうだなぁ。……個人的には、酒蔵とかちょっと巡ってみたくて、大阪でしか買えない日本酒とか飲んでみたいんだよねぇ。」

 「あー……酒蔵…ですか…そっすかーんー…そっすね」

  

 微妙な反応で考えている根本君。そりゃそうだ。そう反応するのは想定済みだ。酒嫌いな君なら。

 逆に空風さんは、頭のうえに、ビックリマークでもついたように目を輝かせてタブレットにペンを走らせる。


 『地酒巡りしたいです! お米にこだわったところと水にこだわった酒蔵元々興味がありました! 』

 

 予想の三倍食いついてきた。

 

 「あ、じゃあじゃあ! 二手に分かれましょう! 私と根本くん! お酒無理なんで別のスポット巡ってきますよ! 元々班も人数縛りあるわけじゃないですし、それで行きましょう! ね、先輩!」

 「あー……二人はそれでいい? 」


 結構強引な形になってしまった。

 根本君は、空風さんをチラチラ見ながら唸る。

 空風さんも、考えるようにタブレットのペンを止めていたが、やがて。


 『皆さんに合わせます。』

 

 という回答を出し、根本君もその回答を見て頷いた。


 「そっすねー。旅行は楽しむのが一番っすし! 自分酒苦手なんで一旦別行動っすね! 先輩! 空風さんをよろしくっす!」

 

 根本君は、歯を見せながら親指を立ててくる。

 俺は、内心でホッとしながら親指を立ててサムズアップする。


 「そっちも宮川さんよろしくね。」

 「了解っす! 」

 

 宮川さんは、根本君の腕を掴み歩いていく。


 「じゃあまた宴会場で会いましょう! 凪ちゃんも楽しむんだよ~!」


 あの後輩、ほんと勢いが凄いな。

 二人の後ろ姿に、優しく手を振る空風さん。

 そしてタブレットに文字を入力した。


 『よろしくお願いします! 楽しみです! 』


 なんか騙してる感じで罪悪感が若干ありつつも、彼女の屈託のない笑顔を前に、何としてでも楽しませたいという気持ちがわいてくる。

 推しに楽しく配信してもらいたいという感情に、似ている。

 気が付くと他のグループは既に各々の目的地に向かっており、周りに知っている人は他には誰もいなくなっていた。

 ………あれ、ほんとにデートっぽくない?

 ………浮気じゃないよミウミウ! 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

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