第15話 ラブコメの波動


 高速で線路を駆け抜ける新幹線。

 窓際に座る上司は、窓に映る日本一の山を指さした。


 「あれが富士山だよ、パパ」

 「地球に来てるときのフリーザみたいなこと言わないでください。伊野さん」

 「だって真白ちゃん、スマホ見てばっかで全然景色見ないじゃん」

 「推し活と景色どっちが大事なんですか!? こっちはアーカイブミウミウの語尾変をじっくり聞いてるんです。表情も指定込の推しのボイスが可愛すぎて死ぬ…」

 「死ぬな死ぬな。でも、景色撮ってSNSあげたらミウミウも喜ぶんじゃない?」

 

 天才かな? どうやらこの人を推し活妨害上司と誤解していたようだ。

 流石です伊野さん、やっぱ上司伊野さん最高!

 俺は、出先用ミウミウアクリルスタンドをケースから取り出すと、窓近くに移動させて富士山を背景に写真を撮る。


 『新幹線移動なう。

 あれが富士山だよ、ミウミウ』

 

 SNSにアップする。改めて写真を撮ると、まるでミウミウと旅行しているみたいでテンションがさらに上がってきた。

 

 「確か、今日は、大阪着いたら昼飯食って、大阪城行くんでしたっけ?」

 「そうだね、そのあとはグループに分かれて大阪散策。そのあとはホテルの宴会場で飲み会。」

 「さす伊野さんです。歩く旅のしおり」

 「褒めて無くない?」

 「いやほら、散策って、グループで行動するじゃないですか。伊野さんみたいにしっかりした人がいると、助かるんですよ。自分そういうのイマイチですし」

 「ふっ、上司だからね! 旅雑誌で大阪のうまい店とか観光地のリサーチも済んでるし、真白ちゃんを含めた4人は伊野さんに任せておけばオーケーよ!」

 

 大阪は、予め決めてあるグループに分かれて散策する。修学旅行みたいで結構楽しそう。

 メンバーは、伊野さん、俺、空風あきかぜさん、そして空風さんと配属同期の根本君と、同じく配属同期の女性社員、宮川さんの五人である。

 根本君とは歓迎会で少し話したことはあるが、宮川さんとは業務外でほとんど話したことがない。空風さんのことをよくなぎちゃんと呼んで慕っている姿を見るかぎりでは、人懐っこい子だとは思うのだが。

 あ、待って投稿にいいねついた! ミウミウかな? 違うプロフ見てね女だ!去るがいい!ブロック!

 

 「じゃ、俺はウサ娘やるわ。」

 「結局ゲームするんですね。じゃあ俺もアーカイブでも見ます。」


 俺は、一時停止していたアーカイブを再生しかけて、トイレに席を立った。

 横目で会社の社員をみていくと同僚たちはゲームやSNS。一部の上司にあっては、既にお酒の缶を開けて盛り上がっていた。

 談笑している女性陣の横を通り過ぎると、ふと空風さんと目があい、こちらに微笑みながら手を振ってきた。

 そんな仕草にドキッとした俺は、反射的に微妙な微笑みを繰り出しながら手を振り返して車間のトイレに歩いていくことしか出来なかった。助けてミウミウ! こういう時の正しい返し方を教えて!!

 脳内ミウミウは脳内で俺の手を取りながら微笑んだ。


 『大丈夫だよ。ましろさん。そんなあなたが……好き』


 駄目だ!参考にならない! ミウミウ大好き! 俺もミウミウ愛してる!!

 ニヤニヤがこぼれかけ、危うくトイレに並んでいた人に激突しそうになったところで我に返る。はっ、ここにいたミウミウは…?

 自己幻術から解放された直後、後ろに少し甘い香りが寄せられる。


 「あ、あの、押野さんっ」

 

 ふと聞き覚えのある女性の声に振り向くと、ベージュブラウン色のふんわりショートボブカットの女性、後輩の宮川さんが立っていた。旅行の為か、いつもの社内での雰囲気より化粧やオシャレに気合が入っている。

 とはいえ、いきなり今日可愛いね~なんてチャラい感じでいける関係ではない。というか今時そういうのはセクハラに当たるらしい。


 「お疲れ様です。いや、大阪楽しみですね」

 「は、はい! そうですね! 」

 「………」

 「…………」


 き、気まずい。会話が、続かない!

 だってよく考えたら会社でもしゃべる女性…というか会話する人は空風さんくらいしかいないし、それ以外だと妹くらいしかあんまり話してないから話題が……。

 あ、そういえば宮川さんは大阪で同じ散策グループだったな。よしこれだ。


 「あ、宮川さんって確か、自分と同じグループでしたよね? よろしくお願いします」

 「あっ…はい! よろしくお願いします! ……そのー…その件でですね。ちょっと押野さんにご相談がしたいので、ひとまず連絡先交換しませんか?」

 「はい?」

 「………あ、違うんです! 別に押野さんを狙ってるとかじゃないんですごめんなさい! 」


 なんか告白してないのに勝手にフラれたみたいになってますよ!

 いや確かにトイレ待ってる間に相談なんて聞けないけどさ。連絡先交換ってこんなに軽いの? 今時の若い子はそうなの?

 

 「今日の旅行に関わる大事な相談です。お願いします!」

  

 やや涙目になりながら、こちらにメッセージアプリのQRコードを見せてくる。

 ……こういうの断れないんだよなぁ。

 まぁ、会社の仲間と連絡先の交換は、別に大丈夫か。

 

 「あ、まぁ分かりましたから、じゃあ……はい」


 俺は、アプリでQRコードを読み取ると、リストに【宮川】という欄が追加される。


 「あっ! ありがとうございますー! それじゃ相談は書いておきますねーまたあとで!」


 宮川さんのうるうる涙は速攻で引っ込み、るんるんな足取りで彼女は去っていく。あまりにも早い切り替えに思わず二度見しかけた。

 宮川さん、お、恐ろしい子…。

 相談内容が気になるなかトイレを済ませて席に戻ると、見計らったように、宮川さんからメッセージが送られてくる。

 

 『改めてお疲れ様です! 宮川です。よろしくお願いします!

 先ほどお話しした相談の件なのですが、実は……

 グループ行動のとき、私と根本くんを二人にしてもらいたくて』


 おやおやおやぁ?

 こいつは……ラブコメの波動を感じるっ!

 まぁ確かに同期って仲良くなりやすいしな。……俺はそうでもないけど…。

 この前、別部署にいった同期がSNSで同期会開いてたんだけど、俺呼ばれて無かったな……。

 いかんいかん、今は相談中だぞ! とりあえず返すか。


 『なるほど、間違っていたら申し訳ないのですが、宮川さんは根本くんと付き合いたいって認識であってます?』

 『はい!私、今日告白します!!』


 あ、そこまで進んでるの?!

 うちの会社は別に、社内恋愛は禁止されている訳ではない。

 というか、何故かこの手の質問は学生時代からたまにされる。

 残念ながら恋愛経験はそんなに積んでない為、役に立っているのか怪しいので一応理由きいてみるか。


 『空風さんとかには相談してます?』

 『凪ちゃんには話してません! これで玉砕したら恥ずかしくて死んじゃいます!』

 『自分は大丈夫なんですか?』

 『押野さんは、あんまり人と話してなさそうですし!』

 

 おい。

 失礼な文章が即時消され、訂正文が帰ってくる。

 

 『ごめんなさい! 口が堅そうですし、優しそうで人畜無害だと思いまして! 凪ちゃんからもいつも話聞いてますから信頼してますよ! 』

 

 これ信頼されてる??? いや流石に人の恋愛事情を大っぴらに話すつもりはないけどさ。……というか空風さん俺の何を話してるのか少し気になるんだけど。

 かといって跳ねのける理由も見当たらない。

 若者の恋を応援するのが、年上としての責務なのかもしれないしね。


 『分かりました。絶対は保証できませんが、じゃあこちらは三人で行動するように仕向けてみます。』

 『ありがとうございます! 

 大阪についたらよろしくお願いします!(* > <)⁾⁾*_ _)ペコリ♡ 』

 『よろしくお願いします 』


 超高速で返ってくるメッセージがとまり、一息つく。

 さて、どうすれば自然に二手に分かれられるかな。

 宮川さんにも話を合わせてもらうとして、行ってみたいお店を二手に分ける感じとかかな……。

 共通点で絞ってみるか?

 ……そういえば、伊野さん、俺、空風さんはお酒が好きだったな。

 こっちの方向で攻めてみるか? 

 あれこれ思考を巡らせていると、追加で宮川さんからメッセージが入る。

 

 『押野さんも凪ちゃんとデートできるように考えますね!』 

 「は?」


 思わず素の声が出てしまった。口を手でふさぐと、伊野さんが画面から目を離さぬまま問いかけてくる。


 「どうしたー? 」

 「…あーすみません、ミウミウが可愛すぎてビビってしまいました」

 「なんだいつものか。たぶんもうすぐ着くから準備しておきなー」

 「あっはい」

 

 どうやら宮川さんは勘違いとしているらしい。

 俺が空風さんを好きなわけが……

 ふと空風さんの優しさと可愛らしい表情などが浮かぶ。

 が、俺は嘆息して首を振る。

 ……いや、可愛いとは思うけどこれは恋愛じゃないと思う。

 そう、恋とは、気が付けばしているもの。

 俺が好きなのは! 愛してるのは! ミウミウただ一人!

 最推しにして単推しにして、世界のどんな人よりも愛おしい人!

 心を燃やせ! 我が愛に揺らぎ無し! 我が心は不動! 否!さらに愛を加速させたい! 愛をお返ししたい! ミウミウ大好き愛してる!!


 『空風さんとはそういう関係じゃないですよ』

 『えぇぇ。つまらない回答ですが、そういうことにしておきます! 』


 新幹線内に、大阪につく旨のアナウンスが流れる。

 ミウミウは、友達との旅行楽しめているだろうか。

 新幹線が止まり、下りる直前に彼女のSNSを確認する。

 朝のおはようと言ってきます報告以降、ミウミウのSNSに動きはなかった。

 推しが楽しんでくれていると信じよう。流石に旅行中にずっと推しのSNSは見ていられないからね。

 こちらも、少し現実でやることが出来たから。少しネットから離れるねミウミウ! 


 

 


 

 

 

 


 

 

 


 

 

 

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