第14話 実質旅行デートでは??(錯覚)

 ウサ娘事件からしばらくして、リスナーである俺が落ち込んでも仕方ないと未来に向けて立ち直ったこの頃。

 パソコンにデータ入力を終えた俺の元に、ててて…と近づいてくる空風さん。

 彼女の瞳はとても楽しそうに輝いていた。

 

 『もうすぐ社員旅行ですね押野先輩! 大阪旅行とっても楽しみです!』

 「…あー…うん。そうだなぁ。」


 空風さんは首を傾げながら、どうしたんですか? を言わんばかりに顔を覗いてくる。多分、俺の反応が思ったものでは無かったからだろう。

 社員旅行。それは、多くの社会人が避けては通れないイベントではなかろうか。

 日頃の仕事の疲れや悲しみ、日常からのひとときの解放。普段の仕事仲間の意外な一面を見れたりすることもあるかもしれない。

 『社員旅行とか面倒くせぇww』と言いつつなんだかんだ旅行を満喫する大人はたくさんいるだろう。

 かくいう俺はというと、行きたくない。

 いや、別に社内でぼっちがちで話す相手がいないからとか、斜に構えていい大人が旅行なんかではしゃがないぜ!とか、いまシンガポールで地下鉄を作ってるわけではない。

 理由は単純、推しの配信が見に行きにくくなるから!!

 だってそうでしょ! 夜中は上司にお酒を注ぐ飲み会だよどうせ! もしくは大型テーマパークで陽キャ社員と混ざりながらわいわい遊ぶんでしょ! そんな状況で配信を見に行ける状況にはならないよ!

 

 『おいましろ、お前はみうみうと会社どっちが大事なんだ』

 『いけませんましろ、みうみうが最優先です。旅行を休みなさい』


 脳内の悪魔と天使が、意見を一致させるなか、理性が必死に両者を抑え込む。

 リアルを大切にしないリスナーは、きっとミウミウが悲しむ。

 配信に行けないのは死ぬほど寂しいが、同時に会社での雰囲気を悪くすることは、今後の仕事に大きく影響する。

 世界の何よりも、どんな事象よりみうみうを優先するのは、俺にとって当然の結論だ。

 だが同時に、ミウミウのリスナーとして、リアルも充実するように心がけなければいけない。

 無理をしすぎて、推し活が苦しくなったら本末転倒。

 推しを心から愛するために、リアルも大切にしなければならない。

 つまり、端的に言えば、俺の中で社員旅行という推し活阻害イベントは回避不能なのである。

 何故か空風さんは、微笑みながらペンをタブレットに走らせる。


 『さては、推しの配信が見れないからとかです?』

 「おぉすご…よく分かったね。そうなんだよぉ。ミウミウに会いたい…ミウミウと毎晩を過ごしたい」

 

 空風さんは苦笑しながら頬を少しかく。

 

 『アーカイブとかでは駄目なんですか? 』

 「……分かってないな空風さん。いいか、ミウミウの配信はゲームガチガチプレイするわけじゃない。真髄は雑談の中にある。これはゲーム配信雑談配信問わずだ。

 推しとお話してること自体が幸せなんだよ。その日のご飯何食べたぁとか、ミウミウの過去の面白エピソードや恋愛トークを笑いあったりするのが楽しいんですよ!

 そのなかでリスナーのそれぞれの反応を楽しんだりするのも楽しいんですよ!

 その場でいないと100%楽しめないでしょう! 俺がいないなかで推しが楽しそうにみんな話してるんですよ! もうそのときのどうして俺はその時行けなかった! 行きたかったという感情がこみ上げてくるわけよ!

 あとは麻雀で推しが負けたら推しの語尾を変える参加型があるんだけど、甘々な語尾にすると推しが恥ずかしがりながらも一生懸命やってくれるんですけどそれがまた死ぬほど可愛…」


 顔面にタブレットが押し込まれ、視界と口がふさがる。

 ……話過ぎたな。これは。

 

 タブレットが顔からどかされると、空風さんは何故か恥ずかしそうに頬を少し染めて口元を隠した。なんだその可愛い反応は。稀に推しと重なる気がするから困ったものだ。

 

 『旅行の話に戻してもいいですか?』

 「あっはい。スミマセン」

 

 空風さんはこほんと咳ばらいをすると、仕切りなおすようにすらすらペンを走らせる。

 

 『でも、推しへのお土産話を増やせるチャンスだと思いませんか? 推しさんも、押野先輩の話聞きたいって思ってると思いますけど』

 「……そうかなぁ」


 ミウミウに自分の話をたくさんしたい。こういう所に行って来たって話は勿論、こんなエピソードがあったよ! と、いろんな話を手を振って知らせて共有したい気持ちは、正直言えばある。

 

 「でも、それが推しへの負担になってほしくないんだ」

 

 空風さんの顔から笑顔が消え、俺の言葉を待つようにペンが止まる。


 「……配信でミウミウと話したいのは本心だよ。紛れもなくね。でも、自分のことを話し過ぎたら当然だけど推しの話したい事から外れちゃうし、かといってSNSとかで記事投稿して、推しに反応を強要してるみたいなのにはなりたくないんだよ。

 でもほら、投稿するとやっぱり見て欲しい気持ちも出てくるわけで…」


 言葉が詰まる。自分がどうしたいのか時折分からなくなる。

 好きとか愛してるって気持ちが嘘偽りのない心からの気持ちだから正面から言える。恥じることなくまっすぐに。 

 でも、好きという気持ちは同時に、嫌われたくない、推しを困らせたくないという気持ちを強くさせてくる。

 だったらSNSに当たり障りないことだけ話してれば済むのだけど、やっぱり自分に対して反応してくれることは、とても嬉しい。

 こんなに愛しているのに、情けないことに、そのあたりの線引きは今でも迷うことがある。

 いつから線引きを気にするほど、嫌われたくないって思うほど、好きになったのだろうか

 

 空風さんは、暫く指を止めていたが、やがてタブレットにペンを動かし――


 「あ! いたいたなぎちゃん!! まーた凪ちゃんとしか契約のお話ししたくないって田中さんが来客しちゃったの! 助けてー! あ、押野さん、ちょーと、凪ちゃん借りていきますね! 」

 「あ……ど、どうぞ? 」


 空風さんと同時期入社の新入社員ちゃんは、慌てた様子で空風さんを引っ張っていく。

 彼女がなんて声…いや、文章を打とうとしてくれたのだろうか。

 それは、仕事が終わっても判明することはなかった。

 何とも言えない気持ちは、多忙さであっという間に心から弾き飛ばされ、退勤するころには、外は真っ暗闇となっていた。

 久しぶりに日が落ちた頃に帰るなと思いつつ、SNSを開く。

 

 『しごおわのたみマシ。これから帰ります』と。


 自転車にまたがった直後、SNSの投稿に反応がつく。

 お、反応早いな。ミウミウだったら嬉しいな!

 という気持ちでスマホロック解除すると、丁寧にリプもついている! 内容は…!


 『こんにちわ♡ 良かったらプロフ見てほしいな~♡』


 スマホをぶん投げようかと思った。

 疲れてるときは特にイラっとする。この手のリプ撲滅委員会を今すぐ創ってほしい!! 

 流れるようにブロックしてため息をつく。

 更なる反応通知に、よぎるプロフ誘導爆弾。

 これがそれだったらブロックして、発散も込めて全速力で自転車を漕ぐことを決めた。


 『おつかれさま~気をつけて帰ってね!』


 今日は全力で安全運転で帰ることが決まりました。

 ミウミウの優しさが染みる…五臓六腑に染み渡る。染みすぎて過剰にあふれてニヤニヤしちゃう……。

 

 「………線引き、か」

 

 自分もまた、反応してくれると嬉しい気持ちは変わらないと再認識する。自身の感情に振り回されることに呆れながらも、自転車のペダルに足を乗せ―――。

 

 『みんなにお知らせするの忘れちゃったんだけど! 来週は土曜日から三日間、友達と旅行行ってきます! 本当は深夜少しできるかなって思ったんだけど! リフレッシュも兼ねてお休みします! ごめんね!』


 ペダルを踏み外して思いっきり地面を踏み込んでずっこけかける。

 推しが配信をお休みする、だと…

 眩暈がしかけたところに、よく考えたら、うちの社員旅行と丸々期間がかぶっていることに気がつく。


 「え、まって、運命? 」

 

 神は! 俺に旅行に行けと言っている!!

 このタイミングで旅行に行けば、実質旅行デートでは??????

 うおおおおおおおおおおおおお!! 素晴らしい旅行だ!! どうせなら全力で楽しむぜ!!! 

 そうだ!ミウミウのアクリルスタンドを連れていけばデートだ!! 

 最高の旅になるしかしなくなってきた!!!!

 俺は安全運転でペダルをこいで、速攻で旅行準備をウキウキでする。

 次の日。


 「伊野さん、旅行ですよ旅行。楽しみ過ぎて眠れませんでした」

 「早いよ。なんで明日みたいなテンションなんだよ。まだ5日くらいあるよ仕事」

 「推しとデートみたいなものだと気が付いたからです」

 

 空風さんが、そんな俺たちの会話を聞いて、うれしそうに微笑んでいた。

 

 

  

  

 

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