第13話 リスナーに出来ることは
薄紫色のポニーテールが揺れ終わり、同時に激しく響いていた音が消える。
目の前の女性は、ブレザー姿、マフラーでいかにも学生の見た目をしているが、勿論学生ではない。
ミウミウの配信後が終わって間もない夜22時半に学生なんて連れ出したらエライことになるのは流石に目に見えている。
傍から見れば、謎のコスプレお姉さんだが、ツッコむのを辞めた。
「ましろん、歌わないの? 」
「………あの
「うん。じゃないと来ないでしょ。ましろん」
シレッとそう言うと、女性はマイクをテーブルに置き、ジュースでのどを潤しだした。
微妙に勝ち誇ったかのような顔が僅かにムカつく。
そんな彼女は、俺のリアルの彼女。なんてことは勿論ない。
【ハガネのマシュマロ】その中の人、通称、
俺の推し『かぜのミウ』の配信にて不適切なコメントの削除や、参加型配信等でのリスナーの順番管理。様々な形で秩序維持に貢献するモデレーターという役割を推しに任されている人だ。
俺とは、推し活での方針の違いなどで衝突しかけたこともあったが、配信やSNSでの交流を通じて、今では推し活の相談をすることもある間柄である。
実は家が近いことも相まって、オフ会以降は稀にリアルでもこうしてカラオケに行ったりするのだが。
暖房が効いている室内で何故かマフラーを巻きなおした蒼さんは、足を組みながらカラオケの機械を操作している。
「じゃあ、大天使だって構わない歌う? 録音してミウミウに送ろうよ」
「……まさか、本当にカラオケメインで誘った訳じゃないよね?」
正直、蒼さんの考えていることは、まだ読みにくい。
年齢層は同じくらい。ミウミウを推し始めた時期もほぼ同じに関わらず、冷静な対応力と、状況を俯瞰するような立ち回りは、配信の雰囲気を整えることに長けている。
ミウミウのリスナーでありながら、影の立役者と言えるだろう。
まぁ初めて会った時、そもそも女性だったことにまず驚いたのだが。
「歌ったら、話してあげる。それも、思いっきり歌ったらね」
共通の好きなゲームの曲が勝手に入れられ、マイクを渡される。
「……愛し隊の歌姫の次に歌うと点数で落ち込むんですけど」
「ハハハ。点数気にしないで全力でいきなよ。ましろんらしく」
おのれ蒼。人の気も知らないで! いや。分かっててやってそうだなこの人。
でもまぁ、少し悲しみとモヤモヤに病みかけてたところだ。
どうせ歌うなら、俺の全力を示してやる!
こうして俺は、音程を気にせず、全力熱唱した。
「…はぁ…」
「ましろんらしい良い全力だったと思うよ」
「何だコイツ」
俺は採点結果をすぐさま消し去る。結果はもちろん、蒼さんと比べるまでもない点数差だった。
「少しは、気が晴れた?」
「……まぁそうですね」
「そうですか。」
いつの間にか補充されているドリンクが差し出され、乾いた喉に流し込むと、蒼さんは苦笑する。
「……まぁ、ましろんが落ち込んでるかなって思ったのは事実だけど」
「いやそうなんですよ! マジで辛いです。ミウミウには純粋にストーリーとかキャラクターの可愛さを楽しんでもらいたくて……
でも結果として、ミウミウのスタイルをよく知らない人がたくさん集まって、あぁいうコメントが流れて……」
推しが傷ついてほしいなんて気持ちは一つも無くて。
大好きな彼女の新しい挑戦を、心から応援したいという気持ちでゲームを教えて。
でもそれは結果的に、彼女の心を傷つけてしまった。
再び心が暗くなりかけたところに唇に、冷たいものが押し当てられる。
驚いて身を反らすと、アイスクリームが乗ったスプーンが目の前に突き出されていた。
「誰しも、推しに傷ついてほしいって気持ちで応援している人はいないよ。
私の方針は、ましろんの知っての通り、推しが幸せならそれでいい。
推しからの見返りを求めるつもりはないし、今後もその方針は変わらないと思うよ。
でも、推しに傷ついてほしくない気持ちは、君にも負けないつもりだよ」
「………じゃああのコメント消したのってやっぱり蒼さん?」
「まぁね。でもだからといって、表示された内容がミウミウやリスナーから消えるわけじゃないけど」
そう。コメントは消せても、傷を消すことはモデレーターとて不可能だ。
『俺のミウミウは世界で一番リスナーに寄り添ってくれる優しい人なんだ!』
『ミウミウとのお話は、どんな人との会話にも代えがたい楽しい時間なんだ!』
『何も分かってない。今日来ただけのお前に! 何が分かる!!』
心から、そう叫びたかった。
心から、あんなコメントをした奴の胸倉を掴み、そう主張したかった。
だが、ネットの世界でその怒りをぶつけたところで、ミウミウのリスナーの評判を下げるだけだ。
何より、そんな風にネットで怒りをぶつけることは、彼女の心を更に沈めてしまうかもしれない。
だが、あぁ、そうはいっても、だ。
優しい世界から踏み出した彼女に向けられた『つまらない』という感想は、そんな彼女を愛してる俺自身も否定されたような感覚が、胸に深い傷を残し続けている。
「ましろん。ましろんと私はさ、同じ時期にミウミウを推し始めたし、ほぼ同じタイミングで支援もし始めたけどさ。君より多くの配信者を見ている私だから言えることがあるよ。」
「……蒼さん、推したくさんいますもんね」
「ハハハ。よくミウミウに嫉妬サレルケドネ。」
一瞬蒼さんは遠い目をするが、すぐさま俺を諭すように、優しく微笑んで続ける。
「ましろんも分かってると思うけど、ミウミウの配信はさ、異質なんだよね。
リスナーとの距離が近い。配信者とリスナーというよりは、まるで友達のような、恋人みたいなさ。
私たちリスナーのお話も親身に聞いてくれるし、参加型配信では、ゲームも本当に楽しそうにしながらリアルでの世間話で盛り上がれる。
いわゆる、素で私たちと楽しもうとしてくれるから、私たちも心を開いて話せるんだよ」
そうだ。そんなところが大好きだ。
彼女は、心からリスナーを愛しているのだろう。
だから、きっと、彼女は、リスナーと楽しく話すのが心から好きなのだろう。
ゲーム配信中に、リスナーと話そうとする姿勢は変わらない。
なんなら、ゲームとは全く関係ない話題で盛り上がることもザラにある。
今回の配信でも、アイドル育成ゲーム配信にも関わらず、恋愛話トークが盛り上がったり、職場トーク中にゲームの手が止まることもあった。
でも、ミウミウを知っている、リスナーにとって、それは日常であり、そんな時間がとても楽しい。
「でもさ、逆にそれは、その環境を知らない人にとって、ゲームを純粋に楽しみにしてきた人にとって、もしかしたら雑音なのかもしれないでしょ。
ゲームの話をしたい人は、その裏設定を親切心で教えてくれたりするかもしれない。
そのゲームを深く楽しんでほしい人にとって、ミウミウの配信は、合わなかった。それだけだと思うよ。」
「…………そうですね。それは、まぁ。そうなんです、けど」
リスナーが求めているものと、配信者のスタイルの齟齬は、残念ながら、よくあることだろう。
それが原因で見に来た人に、心無い声をぶつけられることもあるときく。
でも、それが絶対に起こらないようにすることは、不可能だろう。
新しい挑戦に踏み出すことは、自らの世界から外に出ることに他ならない。
普段の推しを知る優しい世界から、異なる世界に踏み出すことは、同時にそこにいる人たちから異端者として刃を向けられる可能性を秘めている。
………今回のように。
「………蒼さん、自分らに出来ることってなんか、無いっすかね…こう。あぁいうコメントが出なくさせるような…ミウミウの為に、俺たちリスナーに出来ることは」
俺は、縋るように蒼さんを見る。が、蒼さんは「ハハハ」と軽く苦笑しながら飲み物を口にして続ける。
「無いね」
「無いの!?」
「うん。だって私たち――――リスナーだし」
モデレーターは、バッサリと俺の期待を否定した。
「いや、冷たくない?」
「私たちリスナーは、配信者の意向に従って、楽しむのが本分なんだよ。
運営方針を決めるのは、推し以外の誰でもない。
そこに私たちの意志が挟んだら、それは、ミウミウのやりたい配信じゃなくなっちゃうかもしれないでしょ?」
「…でも」
「じゃあミウミウに、挑戦を辞めたほうがいいって言う? ましろんの意見なら、ミウミウも考えてくれるかもしれないよ?」
「…………それ。は」
「ね? それはしたくないでしょ? だってそれは、ミウミウの意向を否定することになるから。私はともかく、ましろんは推し全肯定だし」
ぐうの音も出ない言葉だった。
推しには、自由に好きなように配信してほしい。幸せに配信してほしい。
そこに私たちが、こういう配信にしてほしいと願うことは、彼女のやりたいことを否定する形になるかもしれない。
それは、駄目だ。ミウミウには、好きなことを、好きなようにしてほしい。
「蒼さん……やっぱ凄いっすね。自分なんてどうしようどうしようってなって、周りが見えてませんでした。」
「ましろんいつもじゃん」
「おい。クールミステリアスだが??」
「ごめん電波が」
「対面なのに!?」
俺が極めて真っ当に異議申し立てをすると、蒼さんがフフっと微笑む。
「ましろん、やっといつものになったね」
「はぁ……元気づけるために呼んだんですか? 」
「うん。だって、ましろんが落ち込んでたら、ミウミウ余計に悲しむし」
「ましろさんがそんなに影響力あると思うなよ? 所詮は一リスナーやぞ?」
「ハハハ。最前線がなんかいってますね」
蒼さんは、組んでいた足を入れ替え、カラオケの機械で曲を入れ始める。
「ましろん、私は確かにモデレーターとして裏方でミウミウを支えたりしてるけどさ。ましろんだからこそ私よりできることはあるんだよ。」
「……はぁ、いつも聞いてますよ、皆から」
「そ? 分かってるならいいけど。じゃあ一曲デュエットしない?」
「………ミウミウ愛し隊で一番歌がうまい人とデュエットかぁ」
俺だからできること、そんなことは、自分が一番知っている。
我らは、リスナー。
大手企業Vtuberのようにマネージャーじゃない。
運営面を支えるスタッフじゃない。
だが、それ故に!!
我らは推しを愛するリスナーとして、
推しを愛することこそ!
本懐である!
つまるところ、
ミウミウ大好き愛してる! 好き好き大好き愛してる!!!!
俺は、ミウミウへの愛が世界中に届くように、マイクの前で叫んだ。
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