第12話 世界が止まった

 『ねぇ、これで始めればいい~?』


 チュートリアルが終わり、戸惑いながらもゲームを進行させていくミウミウ。

 普段はリスナー参加型のゲーム配信がメインにしているが、人気ゲームだけあって、同時接続数は落ちていない。

 むしろゲームを進める中で、コメント数はいつもより速いペースで増えていた。


 当の推しはというと、絶賛開幕からウンウン唸っている。画面越しに頭を抱えているに違いない。

 この手の配信に対する俺のスタイルとして、我々リスナーに配信者自身が意見やアドバイスを求めた場合のみお助けする。

 まぁそもそも、きっと、ガチガチのウサ娘ユーザーのアドバイスの方がよほどうまく進むに違いないだろうしね。

 俺はアドバイスをするというよりは、推しがキャラクターの可愛さやストーリーに一喜一憂する姿に悶えながらコメントをうつことにしよう。

 普段通り、そしていつもより更なる愛を推しへ!


 『うわー! レッキスちゃんかわちいか?? 健気すぎてナデナデしてたい!』


 俺もミウミウをなでなでしたいが???

 おっと、ゲームキャラに嫉妬しかけてしまった。

 ミウミウはチュートリアル後、速攻でガチャを引きに行き、アンゴラウサギを狙っていたが、残念ながら最高レアのウサ娘たちのお迎えは叶わなかった。 

 とはいえ、そんなことで落ち込むミウミウではない。チュートリアルで少し触ったキャラクターをそのまま育成することに決めたミウミウは、ベテランウサ娘プレイヤーの知恵を借りながらゲームを進めている。

 

 【500円】『ミウミウの実装はいつですか?』

 『ましろさんナイスパァ! ミウミウの実装はいつですか?…ふふっ…皆~ミウミウのこと、育ててくれますか?』


 ひゅっ……(心停止)

 ………はっ!? あまりの推しの可愛い挙動に心臓が停止していたぜ…。

 なんだその可愛い声は? その問いかけは?! 試しているのか? 実装されたら例え天井が設定されていなくとも出るまで引かなきゃいけなくなるでしょうが!

 

【5000円】『ピーーーーーーー(心停止)』

 『!? ましろさーーーーん!? 5000円で心停止しないで! 蘇生して!?』


 父さん、母さん見ていますか? 私は推しと出会って、心停止と、心肺蘇生を自分で出来るようになりました。

 そうこうしているうちに、ミウミウの育成ウサ娘ミニレッキスちゃんが初めて人気投票で一位を勝ち取り、ライブの初センターを獲得した。

 

 『わぁぁやったぁぁぁぁあ! みてみて皆一位だァァァァ 良かったぁぁぁ』

 

 体を揺らしながら大喜びする推しに、俺の手がスパチャ連投に走る。

 あぁ、推しが喜ぶ姿が、楽しそうにしている姿が、世界で一番幸せな時だ。

 最推しの幸福こそ。我が寿命を延ばす秘訣です。

 

 『みんなありがとっ! よし! じゃあレッキスちゃんの初センターライブ…い……あ 』

 

 推しは、あまりの喜びに操作の集中力が切れ、ライブシーンを飛ばしてしまった!

 

 『……飛ばしちゃったァアアアアアアア!? レッキスちゃんの初センター終わっちゃった!!!?』

 

 エエエエエエエエエエエエエエエエ!?

 

 思わず二度見したが、既にライブはスキップされており、ゲームのストーリーが進行している……。

 リスナーたちの間でも思わず、困惑と笑いが大噴火する。

 

 『これはPONミウ』

 『アレ、時間越えた?』

 『イヤーイイライブダッタナー(棒)』

 『レッキス「ドウシテ……」』

 『PONプロデューサーで草wwww』

 『これは切り抜き』

 『タイムスタンプ待ったなし』


 とはいえ、我々ミウミウのリスナー【あいし隊】は普段のPONやらかしで鍛えられている。

 そう、ミウミウ本人と我々が笑えるレベルのそれは、ある意味で風物詩でもあるに違いないのだ。つまりこれも予定調和に違いない。

 と白目で自分を洗脳するように言い聞かせていると、嘆きを叫んでいたミウミウもコメントを読みながら笑う。


 『あ、時間越えたわけじゃないですー! 皆さんの時間は正常です! あっイイライブダッタナー…ドリーム猫さんだけがライブ見てて草。みんなごめんね、うわぁレッキスちゃんごめんごめん! 次ね次みるから!』


 【200円】『初見です。初一位獲得おめでとうございます。ところでライブ素敵ですよね?』

 『あっ…初見さん……スゥゥゥゥゥゥ……ほんとぉぉにすみませんでしたぁぁ!』

 

 おそらくミウミウがパソコンの前で平謝りしているに違いない。可愛い。

 尊いので無言で1000円スパチャした。


 『ましろさんなんでこのタイミングで無言!?』


 可愛くておもしれ―女、ミウミウの配信はこちらです。

 

 

 🍀   🍀   🍀



 ミウミウの頑張りに反して、その一位を境に、ミニレッキスがゲーム内で一位をとることは無かった。

 

 『あーこれは勝てない。』

 『………あーでも、まだ分からないよ! まだ一位になれるかもしれないよ』

 

 ウサ娘ユーザーとして入ってきたコメントに、ミウミウが苦笑しながら進める。

 しかし、発せられたコメントの通り、ミニレッキスは3位。  

 

 『あはは…みんなごめんね! でもストーリー進むし…』

 

 ミウミウは徐々に口数が減らし、同時接続数も減っていく。

 ………。 

 今の雰囲気は、正直にいえば少し苦手だ。

 俺を含め、ミウミウを知っているリスナーは応援しているが、次第に指示やアドバイスが増えていく。

 

 『このイベントは必須。』

 『この時点で友情深めておかないときつい』

 

 最終的にミウミウのミニレッキスは、育成シナリオをクリアすること無いまま、その挑戦を終えた。

 

 【1000円】『惜しかった! 次があるよ! 』

 『…ましろさん! ありがと! そうだよね! 次あるもんね! ナイスパァ!』


 ミウミウは、こちらのスパチャに笑顔で反応するも、いつものハツラツとした元気がない。

 

 『やっぱ無理だったね』

 『編成考え直した方が良い』


 この流れてくるコメントは、決してアンチではない。どちらかというと、育成に失敗したミウミウに対して成功方法を示しているだけだ。

 しかし、この状況でのこの言葉は、きっと失敗して一番落ち込んでいる本人にとって、重い。


 『………そうなんだねー…ごめんねぇ…失敗しちゃったね…でも。うん、次も頑張るね。せっかくだし、もう一回』


 ミウミウは苦笑しながらも、再育成のボタンにマウスを動かしかけた瞬間・初見の、今回のウサ娘の配信から来た人から、


 『全然うまくならないし、成長を感じられなくてつまらない』

 

 そんなコメントが表示された瞬間、世界が止まった。

 ミウミウは言葉を失い、硬直する。

 流石にこのコメントは雰囲気を破壊するとミウミウかモデレーターに判断されたのか、削除される。

 しかし、配信内で、つまらないと流れた事実は、この場にいた全員の心に刻まれてしまった。


 『……あー…ごめんねぇ。ミウミウ、ストーリー楽しむエンジョイ勢だからさ。全然うまくなくてごめんねー……まぁいっか!

 また次回リベンジします! 今日はこのあたりで終わりにしようかな! 

 皆さん! 明日は麻雀配信予定ですので、良かったら遊びにきてね! それでは、おつかれミウ~』


 推しが操作するマウスは、育成ボタンを押すことなく、そのまま配信終了を告げるエンディングBGMが流れ、画面が止まる。



 「………ミウミウ…」


 大した言葉をかける間もなく、推しは本日の配信を終了した。

 後悔。俺は、何をすれば、良かった……。

 推しにゲームを勧めなければ…こんなことにはならなかったはずだ。

 どうすれば良かった。

 どうすれば……。

 行き場のない後悔が増幅して思考に満ちていく。

 推しを傷つけてしまったという事実が、胸を締め付ける。その力は、配信から時間がたつほど強くなっていく。


 「やっちまった…」

 

 俺は思わずそう呟いて天を仰ぐ。

 推しにどう謝ろう。

 きっと推しは優しいから、あなたのせいじゃないやこういうのもあるのは仕方ないよって笑ってくれるだろう。

 ミウミウは優しい、自分のリスナーが大好きなのは、俺たちからもよく分かる。

 だからこそ多分、ましろさんは悪くないよっていってくれるのだろう。

 でも、俺のなかで、そもそもきっかけを作ってしまった事実が変わらないのだ。

 精神に陰が落ち始めたところに、SNSの通知が鳴る。

 ふとスマホを確認すると、ダイレクトメッセージが送られてきている。

 もしかして、ミウミウ……

 しかし、送り主を確認すると、そこには、

 『ハガネのマシュマロ』


 と書かれていた。

 『ハガネのマシュマロ』さんは、ミウミウの配信を陰からサポートするモデレーターという立場を請け負っている。

 悪質なコメント削除やリスナーを出禁にしたり、いわゆる配信の秩序を担っている。

 そんな人からのメッセージには、こう書かれていた。


 『少し今回の件で話したい事があるので、会って話せますか?』


 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る