第7話 助けて妹先生
「ねぇ、真白さん? ミウね、もう…真白さん無しじゃ生きていけないの…ねぇ。ぎゅーするね?」
ふわりと、長い白髪からいい香りが漂う。
目の前にいる女性、最推し、かぜのミウは頬を紅潮させながら優しくそして、強く抱きしめてきた。
状況を整理しようとする思考と俺の体は、突然の幸福に完全に硬直していた。
「真白さん。大好き……ねぇ、チュウしよ?」
「っっ!? ミウミウ…俺は……俺は!」
激しいアラーム音が幸せな景色を黒く塗りつぶす。
酒が僅かに残る頭を抑えながら、俺は隣で爆音を立てながら振動するスマホの目覚ましを切る。
「………はぁ」
夢。当たり前だけど、圧倒的夢。
その安心感と、もっと見ていたかったという欲望が渦巻く朝8時。
週に一度の定休日。幹部はともかく、一平社員の俺はお休みだ。
イヤホンを外し、パジャマのまま一階のリビングに向かうと、妹が麦茶片手にスマホを弄っていた。
「はよー」
「んー」
俺の雑なおはようにこれまた雑な返し。
現実の妹は、寝室まで起こしに来ないしエプロン姿で朝御飯を作ってたりしない。
まぁ、この兄妹ならではの距離感はちょうどいい。
「あれ。今日休みだっけ? 」
「今日休みー、明日泊まり仕事ー。そっちこそ今日休みなのに起きんの早くない? ミウミウの配信?」
「まるで俺がミウミウの配信以外で予定がないみたいな言いぐさ止めろ」
無いけど。特には。今日はたまたま無いけど。確かにミウミウの配信以外の休日の予定最近組んだこと無いけど。
ここは社会人な兄として多少の見栄を張らせてもらう。
「今日は彼女とデートだよ」
「やっぱⅤの配信じゃん。あ、もしかして個通?」
「ちゃうわ」
思ってた反応と違うじゃん。そこは、驚くか嘘を見抜くかじゃん。
よく考えたら、普段の俺を見ている妹はそう捉えても仕方ないのかもしれない。
そう割り切って俺はインスタントコーヒーを作りはじめる。
SNSでおはよう挨拶を打ってミウミウの呟きを確認する。
まだ無いので、寝ているか作業をしているのかな。あるいは仕事か。
ソシャゲのログインボーナスを受け取り作業をしていると、妹がそういえば、と切り出してくる。
「あのクソ美人な女の人。後輩だっけ? あの人はどう?」
「どうってなに」
「彼女に」
「俺にはミウミウがいるんだが」
妹は半目になりながら、溜息をつく。
「お兄ちゃん。現実見な? 去年初めて同年代の友達の結婚式いってたじゃん。もうそろそろ彼女作りなって。」
「う」
「そもそもオタクがステータスの時代は終わったんだよ? 今時リア充だってアニメは見るし、ゲームはするし、Ⅴtuberみるんだよ。」
「ヴ」
「昔からオタクだったとしても、それはステータスじゃなくて、別に聞いても無いのに昔のことを語りだす厄介老害オタなんだよ」
「やめてっ! お兄ちゃんのライフはもうゼロよ! 」
耳を塞ぎながら距離を取る俺に、妹はスマホを見せてくる。画面には、男女が楽しそうに談笑する画像と共に婚活パーティーのリストが表示されている。
「街コンいけ。お兄ちゃん身長だけは180くらいあるから希望あるよ。ほら、今日の飛び入り参加オーケーの会場こんなにあるし」
「いやー。こういうのはいいわ。こういう雰囲気苦手だし」
「知ってた。それでこそ私のお兄ちゃん」
その信頼は別に嬉しくないな。
だいたい、空風さんにはもっとイケメンで優しい出来る人がお似合いだ。
………そういえば、近場のご飯の情報とかまだ空風さんに送ってないな。
メッセージにお勧めのラーメン屋やらパスタ屋をリストアップしていると、ロールパンが皿に乗せてこちらに置かれる。
「あ、そうだお兄ちゃん? 今日天気、一日中良いらしいよぉ? 」
「……まだ何するって言って無いが」
ニコニコしながら妹は自室に戻っていく。
………これは浮気ではない。ただ飯屋を紹介するだけだ。別に一緒にいくつもりがあるわけじゃないのだ。
助けて伊野さん。あなたどうやって俺のことご飯誘ってたっけ? 自然な感じで流れるように誘う方法教えてくれ!
その場にいない上司に縋るが当然回答はない。
………えーいままよ!
俺は地域の飯屋リストを空風さんに送り付ける。
…………いやリストだけ突然送ってもなんなんコイツってなるやんけ!!
そう思ったのもつかの間、空風さんに送ったメッセージに既読がつく。はっやい!
なにか、言葉を添えないと。当たり障りのない文面を!
「えーと……『気になるお店とかありますか?』…と」
文面を送信。直後に、これ誘ってみるみたいじゃね? と気が付き、頭を抱える。
でも既読ついてる以上、取り消すのも意識してるみたいじゃないか。
助けてミウミウ。対女性スキルをください。
少しして、ぽこんと空風さんからメッセージが届く。
『このラーメン屋さん美味しそうですね! 』
空風さんが引用してきたお店は、家から少し離れているが、俺の一番お気に入りのお店だった。
『うん、ここ味噌ラーメンがマジで美味いよ。味噌とかいける?』
『はい! 大好きです! 』
女性からのメッセージに大好きと入ってるだけで若干息が詰まる悲しい生命体は、詳しい地図を載せようとネット検索をしかけたところ、更なるメッセージで固まる。
『もし今日、時間があれば一緒にお昼ご飯食べに行きませんか?』
「ほあ?!」
思わずのお誘いに体が跳ねてスマホをテーブルに投げ出す。女性耐性ほぼゼロを舐めるな。
落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。
これはデートではない。後輩とラーメンを食べに行くだけだ。ご飯デートならもっとロマンチックなシチュエーションなはずだ。
思い出せ……ミウミウが過去に言っていたデートシチュエーションを!!
来い! 私のアーカイブミウミウ!!
『えーデートなら、夜景の見える場所で、お洒落なディナーとかもいいなぁ』
ありがとうミウミウ。これはデートじゃないと思えた。
だってラーメン屋って夜景関係ないもんね! 待ち時間は設置されたテレビ眺めてるかスマホ弄ってるかだもん!!
俺は、進むよ! ここで逃げたら何も得られない! 進めば交友を深めることが出来るし、いつか来るみうみうとのデートの勉強にもなるかもしれない! 二つ得ることが出来るんだ!
『了解! なら、11時頃に現地集合でいいかな? 』
『はい! 楽しみです! 』
俺はスマホでミウミウが呟いてないことを確認したのち、リビングを出る。
デートじゃないという結論が出たが、そもそも女性とご飯に行くという事実のせいか空風さんの顔がちらつき、謎の緊張が生まれてくる。
こんなときは、ミウミウのアーカイブを……いや、その前に準備をしなければいけない。
俺は妹の部屋の扉をノックする。
「どうぞー」
「妹、至急頼みが出来た」
気の抜けた返事に対し、俺は勢いよく扉を開けて一万円札を出す。これは、兄弟間何か大切なお願いをするときの合図でもあるのだ。
妹は一万円札を受け取ると、見ていた動画を止めて神妙な面持ちで向き直った。
「どうした兄者。」
「女性とご飯食べに行くことになったんだが、おすすめの服が分からぬ」
「約束の時間は」
「11時に麺屋赤山前だ」
「……ラーメン屋であることに解せんがまぁいい。出かけるぞついてきな。服選びの時間だ!」
妹先生よろしくお願いします!!!!!!
俺は妹に頼りがいのある妹に頭を下げると、出かける準備を始めた。
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