第2話 俺やんけ
「はぁぁ…」
はぁぁ。
心の中でも溜息をつきながらスーツを着て家を出る。昨日の配信を見て無かったらミウミウ成分不足で倒れるところだった。
昨日の配信お休み告知を見てから、いつからまた会えるかなという気持ちが山手線より高速でグルグルしている。
とはいえミウミウもリアルでのお仕事があるんだ。
Ⅴtuberには大きく分けて二種類。Ⅴtuberさんが芸能人のように所属し、企業の一員として活躍する企業Ⅴtuber。企業が開催するオーディションに合格しなければならず、当然ながらその企業の規模が大きいほど競争率は高い。そもそも、企業が求めるⅤtuber像・規則も多く存在し、配信経験のない一社会人がいきなり受けるには壁があるように感じる。
大きなアドバンテージは、配信自体にお給料が発生し、なおかつ、機材や配信場所に気を使う必要が極めて少ない。(企業にもよる)
さらにその企業のブランドを背負うことになる為、配信前からチャンネル登録者1万越え。よければ10万を軽く超えてるなんてザラだ。さらに同じ所属の人気Ⅴtuberともコラボも極めてしやすいと言えるし、収益化や再生数の伸び率も高い。
そもそも、自分となるキャラクターを自分で手配する必要はなく、人気爆発中のイラストレーターさんのキャラとして活躍できることも多い。
もう片方が、配信に関すること全てを自分でこなす、個人Ⅴtuber。
ミウミウもこちらに該当し、自分の理念や考え、スケジュールを好きに反映でき、自由度は企業系よりも極めて高い上に、誰でも気軽に始めることが出来る。
だが、その自由とは文字通り、全てを自分自身で行わなければいけない修羅の道だ。
配信場所の確保、配信に必要な機材購入は勿論、イラストレーターさんへの制作依頼、2Ⅾもしくは3Ⅾモデリング制作の依頼に必要な資金源の確保。
クオリティを上げたいと思うほど、際限なくその負担は大きくなっていく。
なにより、世の中には万単位のⅤtuberが配信していることを考えると、当然ながら企業ブランドのほうが目につきやすい。流行のゲームは軒並み企業Ⅴtuberも配信しているし、あまりにも奇抜な配信だとそもそも登録者は伸びにくい。
個人勢として大活躍し、配信稼業を一筋にする者も中にはいるが、一握り、いや一つまみほどなのだ。
俺の推しは、登録者数400万人!!!!
と心の中ではいやそれ以上好きな奴がいてもおかしくないと思っているが、現実としては940人を行ったり来たり。
誠に遺憾にして無力さを痛感させられるが、俺は300万人に分身して登録者を増やすなんてことは出来ない。そもそも俺がそんなにいたら誰が推しを一番推してるか頂上決戦やむ無しではある。
かといって企業の数十、数百万と下手に比べるのは早計だ。別に企業Ⅴtuberに敵対している訳ではない。盛り上げてくださる配信者皆偉いし凄い。
そもそもこの数値だって凄いのだ。動画配信サイトを彷徨っている者ならお分かりいただけるだろうが、登録者がそもそも百人届かないなんてことはザラだ。
あまりにも夢があり、過酷なそんな世界で! 推しは配信してくれているのだ!
圧倒的感謝。いつもありがとうございます。
会社の社員用出入り口前で感謝を捧げかけたところで、肩をポンと叩かれる伊野。
振り返ると、会社の一つ上の上司、
「おー、真白ちゃん! おは……なんで泣きかけてるの?」
「あ、いえ。少し世の中の過酷さとそれに立ち向かえる人間に敬意を払っていた所です。おはようございます」
「お、おう…相変わらずいつも通りだ。」
いつも通りではない。まるでいつも変人みたいに言わないでほしいです。確かにあなたみたいに仕事ができてイケボ&ダンディな男では無いですけどね。
更衣室でスーツから、会社の制服に着替えるなか、伊野さんはそういえば、と寄ってくる。
「昨日推しがスパチャ読んでくれたんだよ! 同接2万人のなかから!あの時は心がホロホロしてしまったよ! 」
ちなみに、伊野さんもⅤtuberオタクである。この人もミウミウも推しではあるが、企業Ⅴtuberも幅広く推しており、会社で数少ないⅤについて語れる人だ。
「……伊野さぁん。推しが、推しがぁ」
「なんだまた泣い……まさか、ミウミウ引退!?」
「処しますよ? 冗談でもそんなこと言わないでください人の心知ってます?」
「こっわ。上司ぞ俺。エイプリルフールって知ってる?」
人間が言ってはいけない冗談とは、推しに関する嘘だ。
俺は、スマホでSNSでのミウミウのつぶやきを伊野さんに見せる。
「……なんだ、ちょっとお休みするだけか。お前だってわかってるだろ? ミウミウはリアルでも働いてるんだ。前、今年の四月から転職するって呟いてたじゃないか。」
「ヴ。分かっていますよ。別に攻めてる訳じゃないですよ! 単純に寂しいんです! 心配なんです! ミウミウ仕事がんばれ! どうかうちみたいなブラック企業に入りませんように!」
「それを直属の上司に言えるお前すげぇよ…」
朝礼が始まる前に一室に二人で入ると、既にほかの社員はスマホを弄ったり書類をめくって時間を潰していた。
伊野さんは、チーフが来るまでミウミウの歌配信をイヤホンで聞こうとしている俺を小突く。
「そういえばお前、テンション低いのはいいけど。お前の下につく新人のデータみた?」
「……………あ」
「はぁ……だと思ったけど。その子、声を出さない事務作業に関してはチーフから見てもずば抜けて高いらしいぞ。」
「マジですか? あの
「あぁうちってインターン期間、割としっかり業務するだろ? そこで目をかけたって噂だよ」
そのレベルの凄腕。そんな優秀な新入社員に俺が教えられるかな……。
「しかも、めっちゃ綺麗な女の子らしい」
「あ、それは大丈夫です。推しがいるんで」
「シッテタ。あーそれとここが一番大事なんだけど…」
伊野さんが続きを言いかけた8時30分ちょうどに、部屋の扉が開く。
葉矢チーフは鋭い眼光で、集まっている社員を見渡したのち、小さく息を吸う。
「皆さん。おはようございます。」
「「「「「「「おはようございます!!!!」」」」」」」
社員は声をそろえて礼をする。
「皆様、会社としても4月が新しい年の始まりです。業務の注意事項を述べる前に、今日から新しく入社してきたもの達を改めて紹介します。入ってきてください」
葉矢チーフの拍手に合わせ、俺たちも拍手を送る。
廊下で待機していたであろう、新入社員が丁寧にお辞儀をしながら入ってくる。
そのなかでも最後に入ってきた、明るい茶髪の綺麗な女性は、大きなタブレット端末を持っていた。
何だあの子……しまい忘れてそのまま来ちゃった感じ?
やっちゃったぞ君……。
他の新入社員が各々の目標を清々しく宣伝し、チーフが一人一人について述べる中、その子の番に回ってくると、タブレットの画面をこちらに見せてきた。
『おはようございます。本日付で配属となりました。
何故タブレットで??
喉風邪とか???
首を傾げる中、葉矢チーフは、空風凪という女性の隣に立つ。
「えー困惑している者もいるだろうが、彼女は失声症で声が出せない。だが、システム管理や事務作業は前職から得意らしくてね。実際、インターンにおいても目を見張るものだった。仲良くしてほしい」
空風さんは、タブレットに指を凄まじい速度で走らせ、見せてくる。
『ご迷惑をおかけすると思いますが、一生懸命頑張ります! よろしくお願いいたします!』
微笑む彼女の笑顔は、ディスアドバンテージを感じさせない。明るいモノだった。
「だそうだ。押野、教育係としてしっかり面倒を見るように」
「勿論です! 葉矢チーフ!!」
俺はえへんと胸を叩く。
外面を造る速度には少し自信がある。
そして、そう言った後にふと、頭を少し傾けた。
「………!?」
俺やんけ! 担当!!!
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