第一惑星 『世界のソトからやって来た!』

1-とある商店にて-


「いらっしゃいませ。…あ、サトル君じゃない! それにお母さま達も!」

「今日はよろしくお願いします、ヒロエさん」

 俺は軽く挨拶をする。

 ここは日本のどこか。…少し詳しく言えば意ノ外町(いのそとちょう)という街の、とあるお店に来ていた。

 俺―安貝 悟(あんがい さとる)は、次週から高校二年になる。

 そんな俺は一年の最後の期末試験にて、今までの自分からは考えられないような好成績を残し、それを見た両親がご褒美に話題のAIロボットを購入してくれるという事になったのだ。

「あ、天堂さん…ワタシ、今日は五十万円程お金降ろしてきてるんですけど、足りますかね…?」

「お手伝いAIのクラスでしたよね? …なら、おつりが返ってくる位ですよ!」

「よかった~…」

 俺の父さんと店主の会話が聞こえてくる。

 ここ『天堂商店』は、少し離れた市に存在する映一町(えいいちちょう)に本社を置く会社で、AIロボット製造、及び販売が大成功を収めたとのこと。近年、新規に何店舗か支店を作り、そのひとつがココなのだそうだ。

 先程俺が挨拶した『ヒロエさん』こそ、この『天堂商店 意ノ外支店』の店主―天堂 寛映(てんどう ひろえ)さんなのである。

 何で俺がここまで詳しいかというと…

「おう、来たか。アンガイ」

「亜希子ちゃん、お久しぶり」

「一週間ぐらいしか経ってねえよ、まだ」

 店の奥からやって来たもう一人の女性。

 この男勝りで若干前髪天パな、俺と同じ年頃の彼女―天堂 亜希子(てんどう あきこ)は、俺のクラスメイトだからである。

「亜希子ちゃん、お久しぶりね~」

「お、アンガイの母さんも来てんのか。こっちは本当にお久しぶりだぜ」

 互いにペコリと軽く頭を下げている。

「こら、亜希子! もうちょっとちゃんと挨拶しなさい!」

「いいだろ別に」

「あ、良いんですよそんなに気を使ってもらわなくても」

 俺の母さんは言うと、父さんと一緒にお店の中を見始める。

「悟、色々あるから選んで決めてね」

「ん」

 俺はなんとなく返事をする。

 …因みにその横では、喧嘩が勃発していた。

「亜希子、大体ねえ…その男みたいな恰好と喋りを治しなさい!」

「けっ、どの口が言ってんだか」

「どういう意味よ!」

 ますますヒートアップしている。

 俺はなんとなく二人の近くにある机に置いてあるカタログを見るふりをしながらその小競り合いの様子を見はじめた。

 いわゆる漢女(オトメ)な亜希子。実はこれには大きな理由がある。

 その理由が…。

「母さんよぉ…。元々オメエが昔こういう振舞い方してたから、俺に遺伝してきてるんでい!」

「…今なんて言ったの?」

「だから! 俺はオメエの写し鏡なんだよ!」

「…いってくれたじゃねえか」

 そう。母、天堂寛映その人が元・漢女であり、幼少期から夫と結婚する直前までその状態だったからである。

 その長すぎる漢女人生は娘の遺伝子にしっかり染み込んだようで…。

「やってやろうじゃねえか! 漢女(おとこおんな)の権化がよ!」

「てめぇ親である俺とやろうってのか!」

 御覧のありさまである。

「そんなに言うなら俺からその減らず口を封じてやらあ!」

 痛恨の一撃になりかねないストレートパンチを亜希子は手で受け止める。

「親が子供に手ぇだすな!」

「何を~! 売られた喧嘩に親も子供もねぇんでい!」

 俺の事なんかとっくに忘れているようだ。

 …そう思っていた。

「アンガイ! お前も手伝え! オラッ!」

「へっ!?」

 カタログを見ていた俺の腕を強引に掴んだかと思うと、一瞬のうちにジャイアントスイングが炸裂。俺は亜希子に投げ飛ばされ、寛映さんの胸にめがけてものすごい速さで突っ込んでいく。

「ギャヒン! …っつ~…」

 …これだけでは終わらなかった。

「てめぇ! どさくさにまぎれで人妻の乳触るたぁいいセクハラ根性じゃねえか!」

「ハ!?」

 俺は理解が追い付いていない。そもそも、この投げ飛ばされた結果に胸に衝突したのは触るとかそういう問題ではない。

 骨折物の衝突事故である。

「いくら何でもアイツのクラスメイトでも容赦しねえ! ぶっ飛びやがれ!」

 光もびっくりの速度のアッパー(これが表現として一番正しい気がする)が、俺の顎をめがけて飛んできた。

「ギャイン!」

 俺は店の端っこの方に吹っ飛んだ。

「あら、悟」

 吹っ飛んだ先に俺の母さんと父さんがそこにはいた。

「どうしたのそんなボコボコに…」

「さっき聞こえたけど、お前店主さんの胸に飛びついたんだって?」

 なんか勘違いされている。

「アレは間違いなく衝突事故だ!」

「でもこんなに吹っ飛ばされるのは…ねえ? 父さん」

「セクのハラ…しかも人妻を…」

「あのなぁ!」

 身内だろうが世の中は非情である。

「まあ、だいぶ騒がしくなってきたし…はい、悟これ」

 そういうと母さんが茶封筒を渡してくる。

「ん?」

 妙に分厚い封筒の中には一万円札がそこそこ入っている。これは恐らく、さっき父さんが言っていた五十万円だろう。

「でもなんで俺に」

「父さんたちは先に帰ってる。今このお店に居て大丈夫そうなのは悟だけだと思うし」

「ね。危ないし」

 それはそうなのだが。

「俺はどうなるんだよ!」

「今のアッパー喰らって顔がはれてるだけなら大丈夫だろう。あの店主さん、元空手全国一位の選手だし」

 どうやら息子の命より自分の命を選んだようだ。

「それじゃ、頑張り給え」

「健闘を祈るわよ」

 ―それでも親か! 

…と、言う間もなく二人は「アデュー」ジェスチャーをした瞬間、粉塵を撒き散らしながら風のように去って行った。

「子供を何だと思ってんだ…」

 そう、俺がムスッとした態度をとった時である。

「ふざけやがって!」

 ドンガラガッシャン。ギガン!

 ―深刻なエラー。製造元に連絡してください。

 ―深刻なエラー。製造元に連絡してください。

「娘の分際でチョコザイな! 喰らえ! これがアイアンメテオでい!」

 ゴガドン! …バチッ!

 ―深…だ…。

「おわっ! てめえ! 商品無駄にすんじゃねえ!」

恐らく最後の固い音は投げたロボットが鉄塊になった瞬間の音だった。

 ―俺もさっさと決めて退散しないとあの鉄塊になる。

 そう焦りながら、俺は展示品から自分が気になるロボットを探す。

 尤も、今鉄塊になったヤツが一番気になっていたのだが。

「さて…どれがいいかな…」

 色々見ていく中で、ふと気になるものが一つあった。

「…なんだこいつ」

 明らかに他のモデルと毛色が違うモデルが一体だけいたのだ。

 何というか、『地球のモノではない』に近い。

 AIロボとの比較よりも、人間と比較した方が早いような違和感がある。

「…おへそ弄ってみるか」

 俺はふざけ半分でその展示品のへそにグリグリと指を突っ込んでみた。

「痛っ」

「えっ」

 何かの間違いだろう。

 グリグリ。

「痛いって」

「グリグリ」

「痛いってイタタタ」

 違う。明らかに。こいつはAIロボではない。

 なんか妙にあったかいし。

 スポッと抜いた指を俺はその展示品の鼻に近付けた。

「ワッ! やめて! くさいんだワイさ!」

「お前のへその匂いではないか」

「乙女にそういう事言うんじゃないんだワイさ」

「お前商品じゃないだろ」

「ギクッ」

 口でギクッって言ったやつは初めて見た。

 …が、どうやらこいつはAIロボットの展示品に紛れ込んだ「不審者」で間違いないだろう。

「亜希子ちゃん、寛映さ~ん」

「「なんでい!」」

 敵意むき出しの眼差しが此方に向けられる。

「い、いや…展示品の中に不審者が…」

「不審者じゃないワイさ!」

 不審者が自ら名乗り出た。

「…いるんだけど、どうする?」


      *


「ほう、コズミカ…」

「そうだワイさ」

 俺たちは不審者を引っ張り、先程俺が手に取ったカタログが置いてあった机に正座させながら問い詰めていた。

「私は宇宙から来たワイさ!」

彼女は満ち溢れた顔をしながら言う。

「亜希子」

「ん」

 寛映さんに声を掛けられ、迷わず110に発信しようとする。

「なにしてるだワイさ」

「何って、そりゃあ不審者が来てんだから警察に電話してるんでい」

 警察の二文字を聞いたとこで、コズミカの目が飛び出んばかりに開いていた。

「ちょちょちょ、まってだワイさ! なんでそうなるワイさ!」

 何故か俺の方を見て訴えかける。

「そりゃ店内にあんな不自然に立ってちゃあ…」

「「「ねえ?」」」

 現在まで容姿を話してこなかったが、白色の鉄製ブラとパンツに銀箔で全身をコーティングしている女が立ってたのだ。恐らく銀に塗られている髪の毛の本当の色はピンクである。

 ロボットに対する感覚が古すぎる上、自称宇宙人はお縄になって当然である。

「あ~あ、おめえが座ってるところ銀箔だらけでい」

「あっ! それはごめんだワイさ…」

 何とか捕まるまいと焦っている彼女は、今恐らく何をやってもずっこけるだろう。そんな気がする。

「しかし、どうも宇宙人っていう証拠がないんだよな~」

「確かに、アンガイの言う通りだぜ」

「そうね…語尾に『ワイさ』ってつく変人止まりなのよね…」

 俺たちは三対一の構図で悩み始める。

「っていうかなんでアタシだけ机の上に正座なんだワイさ」

「不審者はそれで充分だ」

「不審者ってなんだワイさ!」

 普段はふざけている俺でも、この時ばかりはツッコミ役にならざるを得ない。

 突っ込んでるのはこっちだワイさ!

 ばかっ、お前、地の文でしゃべるな!

 てめえやっぱりお縄の方がいいんだな?

「まっまってだワイさ! ちゃんとセリフでしゃべるから! とにかく、宇宙人っぽいところを見せればいい?」

「そうねえ。そしたら不審者って扱いはやめるかもしれないわ」

 すっかり大人の女性に戻った寛映さんは言った。

「分かった、見せる!」

 俺達の疑問を解消します、と言わんばかりの顔で彼女は言った。

 ―どうせ無理だろう。

 そう言おうとした俺の目に飛び込んできたのは。

「これでどうだワイさ」

 正座のまま宙に浮かび始めたコズミカの姿だった。

「と…飛んどる…」

「こんなもんがいるんだな…」

「まあ…」

 俺達は唖然とした表情になる。

 最初は不審者と疑っていた俺達だったが、この姿を見てそう思う奴は一人もいないだろう。

 これは彼女なりの『地球外生命体である』という最大の特徴であることは間違いなかった。

「…おもしろい、買った」

 つい俺は言ってしまう。

「買ったってオメェ、これ商品じゃねぇぜ」

「良いんだ、コレで。俺の心は今、探求心の方に動かされつつある」

 AIなんかよりもっと何か不思議な魅力を感じ取っていた。

 あと単純にお金払わなくてよさそうだし。

「まあいいけどよ…」

 困惑しつつもどこか腑に落ちたのだろうか。それ以上亜希子が聞いてくることはなさそうだった。多分。

「…とにかく、おめえが宇宙人なのは分かった。警察にも連絡はしねぇ」

「よ…よかっただワイさ」

「ただ」

 そう言うと亜希子はコズミカが飛んでいるすぐ下、机を指さした。

「これだけ消してからいきな」

「…ごめんだワイさ」

 意外と長い間俺達に詰められていたコズミカの正座していた机には、びっちりと銀箔が張り付いていた。

「あと、もとはと言えばアンガイ…おめえが来たことによって一体モデルが壊れたから」

「へっ?」

 予想外の方向で料金をせびられた。

「手伝いAIでも良い奴だから…だいたい五十一万ね」

 さらに寛映さんの追撃。

「まあ、今回は一万負けてやるから。その茶封筒だけ渡してもらえば終わるからよ」

 油断していた俺は、何故か親子喧嘩の後始末代を払わされた。


2 -安貝家・茶の間にて-



「はあ…ロボットを買わず…」

「宇宙人を…」

 呆気に取られた顔で両親に見られる。当然だろう。

「コズミカ=エントロピーだワイさ! よろしくワイさ!」

 ペコリと元気よくお辞儀するコズミカ。

「は、はぁ…」

「コズミ、でいいだワイさ」

「コズミちゃん…成程よろしくね」

 コズミと挨拶をしている父さんを横に、俺は母さんに引っ張られる。

「わっ、何だよ母さん!」

「…帰してあげなさい」

「俺は知らん」

「知らんも何もないでしょ! あなたが連れて来たんだから!」

 実際俺は何も知らない。何なら彼女の本来の姿も初めて見た。

 桃色の髪の毛に、橙色に近い黄色の瞳。そして服装はなんというか、幾何学模様をそのまま服にしたような印象。オレンジと紫の二色の絵の具を混ぜている最中のような、そんな色合いの服装である。

「俺は何にも知らん! 何なら今やっと銀箔が取れた、正しい姿を見たばっかだ! コイツが勝手にAIロボットコーナーに並んでたんだ!」

「また嘘ばっか言って!」

 バシッと母さんに叩かれる。

「いてぇなぁ! 嘘じゃないよな? えーと…コズミ!」

「嘘じゃないだワイさ」

 父と喋っていたコズミはニッコリとこっちを見ながら答えた。その手や頬にはいまだ銀箔がこびりついて取れていない部分がある。

「父さんからも言ってやってください!」

 掴んでいた俺をほっぽり出し、母さんは言う。

「お前たちが何か話してる間に大体の事情は彼女から聴いた。その上で私が結論を出そうと思う」

 父親ならではの大黒柱が舵を切る時の、特有の空気感が走る。

 独特な緊張感の中で安貝家の長が出した答えは…。

「ウチで一緒に暮らそう!」

「やった〜!」

 俺と母さんはまるで昭和のずっこけ方(=時代ゴケ)をしてしまった。

「貴方!」

 母さんは困惑と怒鳴り声が混じる声を出す。

「聴けば迷子になってるらしいじゃないか。それならお家に置いて、親御さんが来たら引き取って貰えば良いし」

「それだけ?」

「あと可愛いし…アイタッ!」

 母さんが自分のスリッパを父さんにぶつけた。

「アタシは可愛くないって言いたいらしいわね」

「い、いや滅相もない…」

 ウチは男より女が強いのである。

 そんなやりとりを見ていた、その時だった。

―オトーサンカラ! オトーサンカラ!―

 彼女が母さんから借りて着ている、ファスナー付きパーカーのポケットから着信の音のようなものが鳴った。

 形は違うものの、携帯電話のようなものだ。

「あ!もしもし! …うん、うん!」

 コイツうんしか言ってないな。

「あー…ねえ、え〜と…」

「サトルで良い」

「じゃあ…サトル!」

「なんじゃい」

「ここってどこだワイさ?」

 何とも素っ頓狂な質問であった。

「俺の家だが」

「そうじゃなくって、地域!」

「地域? …ああ、意ノ外町だが…」

「オッケー!」

 そう言うと彼女はまた電話を耳に近付け、会話をし始めた。

「うん、うん…分かった! じゃーねー」

 バッツン…

 おおよそ携帯とは思えない効果音と共に携帯が閉じられた。

「父さん、お仕事終わったからもうすぐここに来るみたいだワイさ」

 ニッコリとした顔で俺たちに言う。

「あらそうなの! 折角一緒に暮らそうと思ったのに」

「貴方!」

「そうだワイさね〜」

 ちょっと残念そうにしていた。

「あ、そうそうひとつ聞きたいんだけど」

 母さんが唐突に質問を投げかける。

「本当に宇宙人なの?」

 そういえば母さんは浮いているところをまだ見ていないのか。

「そうだワイさ」

「証拠は?」

「証拠? うーん」

 何故か首を傾げる。

 ―浮けばいいではないか。

 ―それもそうだワイさね。

 ―あ! またお前地の文で喋って!

 ―今回はサトルが先だワイさ!

 ―…確かに。

…そんなやりとりをしている間に彼女の身体は勝手に浮いていた。

「あ、コレだワイさ」

あんまりに自然かつ突然であった為か、母さんはポカンとしている。

「貴方…浮いて…」

「ワタシはさっき見せてもらったよ?」

「あらそう…」

どうやら俺と母さんのヒソヒソ話の間にものすごい情報を父さんは受け取ったようだった。

「そんな事より、今何時だワイさ」

「十八時二十九分だが」

 俺はなんとなしに答える。

「じゃあもうすぐだワイさね!」

「何が」

 聞けばあと五秒らしい。

「だから~!」

 四。

「さっきも言ったけど…」

 三。

「アタシの父さんが!」

 二。

「ココに宇宙ワゴンで!」

 一。

「くるんだワイさ!」

 零。

「え」

 …五分後。

 何故か気絶した俺が目にしたのは半壊した自宅に突き刺さる大きな乗り物らしきオブジェクトと、超大柄な男がスーツっぽい物を着て正座して両親と話をしている姿だった。



3-粉砕された自宅の茶の間にて-



「お! 起きたワイさか! サトル殿!」

「…はあ」

 一八時三十五分。俺は突然の衝撃に気を失い、数分後に目が覚めた。

「父さん…母さん…これは一体…」

 俺まだ自分が夢の中にいるのではないか。そう錯覚してしまう。

 何故なら家が半壊しているから。しかもその理由は恐らく、大方地球のモノとは思えない奇妙なオブジェクトが突き刺さったことが原因だからである。

 破壊から免れていた茶の間の端っこにて、俺の両親と向き合う生物。大体三メートル位だろうか。その長身をしっかりと支えるような大柄な体をもつ人物(人間ではなさそうな気がする)が居るのだから尚更現実感がない。

「ど…どうなってんの?」

「アタシのパパだワイさ」

 そう切り出したのは、今日俺が家に連れて来た宇宙人だった。

「いや~この度はウチの娘を拾ってくれてマコトに感謝してるだワイさ!」

「は、はぁ…」

豪快に笑うその人物は確かに、その語尾から彼女の父親であることは理解できた。

半壊した茶の間に散乱する焼けた木片重ね、お茶を置くためのテーブルにしていたその光景も、何となく受け入れてしまった。

 だって人間じゃないんだから。

「父さんたちと何話してたんだ…?」

 俺が最初に感じた疑問。それは俺の父さんたちと談笑をしていたからである。

自分の人生をかけて建てた一戸建てをいともたやすく壊された割には何かこう、いかにも軽すぎる対応である。

「いや~、なんでもこの宇宙人さんのお父さんが宇宙貿易商の敏腕サラリーマンでねぇ」

「がっはっは、敏腕なんてそんな…ウレシイこといってくれるだワイさなぁ! あんたさんも!」

 そこで波長があってたのか…。

「それでね、この人は今回商品をもっと広域の惑星に広めたい為に地球に営業をかけてくれてるみたいなんだよ」

「はあ…それで?」

「コズミちゃんを家に置くことにしたのよ」

「??????????」

先程まで「さっさと帰してあげなさい」という話をしていた母さんが、今度は「ウチに置いておきなさい」と言ったが、俺は理解が追い付かなかった。

「どど、どういう事だ…?」

 戸惑う俺の肩をツンツンと小突いた人物がいる。

 コズミの父だ。

「な、なんだよ…」

「あんさんな、ちょっと見ててみ」

 そいう言いながら彼は手に持っていたとあるものを俺に見せて来た。

 何と言えばいいのだろうか。昔の漫画でみるような『光線銃』のような見た目の、言ってしまえば玩具のようなものに近いが。

「トウッ」

 続いて先程まで使っていた湯呑を破壊した。というかよく見たら俺の愛用の湯飲みであった。

「おい! 人のお気に入りを壊すな!」

「ま~ま~これみててくんなワイさ!」

 ニコニコしながら、彼は俺の湯飲みに向かって光線銃で『何か』を発射した。

「俺の哀れになった湯飲みの亡骸を更に粉砕するんか!」

「ちがうちがう! よく見てるだワイさ」

 数秒後、『何か』に当てられたその残骸だった俺の湯飲みが、まるで逆再生したかのように元の形に戻った。

「これがウチが今売り出したい商品の一つ、『こわせん銃』だワイさ!」

「こ、こわせん銃…なるほど」

 光線銃…こわせん銃…。

 つ、つまらん…。

「いま、つまらんって顔しただワイさか…?」

 一瞬でバレてしまった。

「い、いや…画期的だなぁ~と思って」

「そうであろう! そうであろう!」

 豪快な笑い声が響き渡る。

 ―おい、うるせ~ぞ!

 ―半壊してるんだから外に響くんだよ!

 もっと的を射た野次は無いのだろうか。巨大な宇宙の乗り物が突き刺さった家を認識していないのだろうかウチの近所は。

「でも、これとコズミが家に居候する理由がどう結びつくんだよ」

 一瞬にして色々な情報が流れてきてしまった為忘れていたが、本題はそこなのである。

「あのな、お前さんが寝てる間にウチが親御さんに『商談』を持ちかけたんだワイさ」

「商談?」

「うむ。迷子のコズミカを拾ってくれたのは感謝しとる。ならば、ここに住まわせてもらって『エントロピー貿易の地球支部』にさせてくれんかと」

「俺の家を?」

「うむ」

 俺はギロリと父さんをにらむ。

「だ、だってこの銃を無料で差し上げるって言われたもんで…家も治るし、ね! 家族も増えていいかな~って…」

「父さん!」

 そんな一時的な理由で住まわせるのはどうも腑に落ちない。

 ましてやこんな人の家にでっかい乗り物で突っ込んでくる家の娘と知った以上、気になる娘…という浮ついた感情などもってのほか。危険極まりないのは明白である。

「母さんもなんとか言ってくれよ~!」

 おれは母さんに目をやる。

 しかしなにか父さんとは違う雰囲気を感じる。

 それは次の一言で容易に判明することになる。

「もとはと言えばあんたがAIロボットを選ばずにコレを連れて来たのよ」

 …たしかに。

「あら~息子殿がウチのコズミカを見つけてくれたんだワイか! それならもっと早く言ってくれればよかったのに!」

 どうやら俺が連れて来た話はコズミを含め三人ともしていなかったようだ。

「で、でも俺はこんな野蛮な宇宙人の娘と同居できるか!」

「どうして! 折角AIと間違って買ってくれるほどアタシに興味持ってたのに!」

「そりゃああんな銀箔ぬったくったやつが一体立ってれば違和感もわくわ!」

 エンエンと明らかにわかるようなウソ泣きをコズミは始めた。

 その時であった。

「息子殿…!」

「…ハッ」

 人類では絶対に出せないようなものすごい威圧感を感じた。

「もしこの商談が成立しなかったら…どうなるか、わかってるだワイさ?」

「成立しなかったら…?」

「この家と同じようなことがこの地球全土で発生するだワイさ。これがエントロピー貿易が優秀と言われ、銀河系に名が知られた手法…相手の態度に合わせた商談を行うってこどだワイさ」

「ただ断るのと地球が滅亡する事がどう釣り合うんだ!」

 まるで「だまらっしゃい!」と言わんばかりの拳が床にたたきつけられる。

 バキバキ! …サラサラ…

 家がきしむ音がする。

「息子殿…さっきかわいいウチの娘をなかせただワイさな…」

 そこで釣り合うのが地球なのか…。

 確かにわが子を目の前で泣かす男は親としては許しておけないだろうが、その代償が地球滅亡なのはどうなのだろうか。

「悟! はやく謝りなさい!」

 まさかそんな大きな話になるとは予想だにしていなかったのだろう、今の会話を横で聞いていた母さんや父さんも、流石に焦りながら俺に声をかけてくる。

「さあ、どうする息子殿!」

「悟~…!」

「悟!」

 一方を選べば地球の歴史は滅び…。

 一方を選べば地球のソトからやって来たヤツらの品物が蔓延るように…。

 あれ。

 どっちも同じではないか…?

 ―やっと気付いただワイさね。サトル。

 ―だからお前は地の文にはいるなって。

 ―さあ、息子殿。どっちにするだワイさ。

 ―でっかいのまで入ってきやがった!

 ―しょうがないだワイさ。これは我らケイオス系統のテレパス能力だワイさ。

 ―あ、そうなの。でも心に介入って、商談で使っていいのかな。

 ―それも商売のテクニックだワイさ。

「…悟」

「決まった…?」

 テレパスに気付いていない父さんと母さんは俺に問う。

「俺が選ぶのは…これだ!」

 その言葉と共に俺は立ち上がり、コズミの父親の元へ走る。

「な、なんだワイさ!」

 戸惑う彼のその手元…『こわせん銃』を奪い取る。

「『こわせん銃』を取ったという事は…息子殿!」

 奪い取った銃を家ではなくコズミの父に向ける。

「俺は元々コズミをAIの代わりにもらったんだ! それ以外は用なしじゃあ! 早速この『こわせん銃』が生物にも有効か試させてもらうぜ!」

 誰もがハッとなった、その間合いを見て、俺は打ち込んだ。

「ダワ~~~ッ!」

「サトル! よくも父ちゃんを!」

 何か心配怒りともつかない叫び声をコズミは上げる。

「それだけはゆるさないだワイさ! 喰らえ~! ケイオスチョップ!」

「な、なんだそのケイオスチョップってどぅあぁあぁ!」

 聞く間もなく、イキナリ俺は床にたたきつけられる。

「ケイオスチョップはアタシの得意技だワイさ! サイコキネシスで重力を操作して遠隔から攻撃できるだワイさ!」

 つまりどこからでも出せるチョップである。

 …いつか蹴りも入れられそうな気がしてならない。

 その時であった。

「…息子殿…」

 俺が先程『こわせん銃』を打った相手…コズミの親父の身体は、銃が当たったことによる発光が収まり、その結果を俺達に伝えていた。

「あ、貴方は…」

 真っ先に声を出したのは俺の母さんだった。

「まさかウチの人生の時間を『こわせん銃』で逆再生させてくれたとは! 身長も少し縮んでしまったが…そんな画期的なアイデア思い浮かばなかっただワイさ!」

 俺を含めて全員がきょとんとする。

 俺がコズミの父に照射させたことで、湯飲みで起きた「修復力」、つまり巻き戻す力が働いた。つまり彼の身体情報の時間が巻き戻り、昔の彼の状態に戻ったのだ。

 その姿はまさに、「長身イケメン」そのものだったのだ。

「息子殿! ありがとうだワイさ! これからもよろしくだワイさ!」

「な! なんだ! その、まあ! ハハハ…」

「これでアタシを正式に購入してくれたことになるだワイさね!」

 そういうと、コズミはぎゅっと抱きしめて来た。

「よ、よせ! 恥ずかしい! あと購入って言い方やめろ!」

 …と言いつつも、悪くはない。

 …変な商品を掴ませようものなら一目散に追い出すが。

「じゃあ約束通り、この家を戻してもらえますかね…?」

 事の顛末を見届けた父が、コズミの父に声をかける。

「おぉ! それじゃあ息子殿、それ貸してくれ!」

「あ、はい」

 返事をして俺は『こわせん銃』を渡す。

 …渡したのだが、どうもおかしい。

「あれ…?おかしいな」

 大体二メートル程に縮小し、なんだかイケメン俳優のように小綺麗になった彼は銃を弄る。

「これ、弾数がない」

「え」

「だから、ここに「ゼロ」ってかいてあるだワイさね」

「ほう」

 …まさか。

「そう。多分今のでこの銃のエネルギーがゼロになっただワイさ」

 俺は時代ゴケをかます。

「ま、まさか…このまま…」

「がっはっは! すんまへんなぁ! 今計算してみたんだけど、ケイオス時間だと大体二時間で充電できるんだけども…たぶん地球だと半年かかるみたいだから、一週間後に新品持ってきて治させていただくだワイさ!」

 豪快に笑う宇宙人。

「あ…もうこんな時間。次の惑星に行って商談しなきゃだから! 場所も覚えたしまたくるだワイさ! そんじゃ、コズミカ! なかよくやるだワイさ!」

「父さんも気を付けてだワイさ~!」

 宇宙の乗り物に乗って空へと飛び立っていく敏腕サラリーマン。

 それを見届ける俺達の家の半分が治ったのは十四日後だった。

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