第3話

「銀翼の魂よ…、我が城壁を脅かす者に祝福を」


 クリスティーナは胸に飾られたペンダントである銀色の鉱石に右手をかざし、穏やかに目を閉じる。鉱石が淡い黄色に包まれた事を合図として、クリスティーナの体内から激しい魔力の奔流を感じたと思うと、徐々に洗練された穏やかさへと変化していく。


銀の導き手アルジョント・グィーダ


 凛とした声と共に彼女の眼前に銀の粒子が何処からともなく現れ、集合体として何かを形どっている。


「右前から筋肉来てるぞ!」


 リーナの警戒の声が聞こえる。


「ええ、分かっておりますわ」


 会場の熱気とは対照的に、冷静な口調で告げられた。それは自身が女王である事を疑う筈もない、絶対的な自信から構築されたものであった。


 クリスティーナの目の前に、銀色の美しく繊細な指先をした手が現れる。そしてその銀の手と同じ形をした暖かい手指と連動し、相手から襲い来る左手を二つの手で受け止める。


「あらあら、御自慢の筋肉が私の細腕で止まっていましてよ」


 クリスティーナの意地悪い嫌味が、黄色い鉢巻をした筋肉隆々の男子生徒の逆鱗に触れる。


「なんだとぉぉぉおおお!!!!!」


 男子生徒が振りかぶった右拳を強く握り込んで、クリスティーナの顔面へとぶち込んできた。しかし…


「フィーナさん、ありがとうございます」


「はいはーい♪どういたしまして~♪」


 男子生徒の力強い拳は、クリスティーナに見向きもされないまま動きを停止させられていた。その腕には、クリスティーナが銀で生成した物と同じ手によって手首や肘、二の腕等何ヵ所も掴まれている状態だった。


「この負け犬のくせにぃぃ!!!!!」


 両腕を拘束された筋肉生徒は最終手段として頭突きを放ってくる。それと同時に”プツン”と何かが切れる音が聞こえた。


「負け癖ですわぁぁああああ!!!!!!!!!」


 クリスティーナの咆哮が会場中に響き渡る。筋肉生徒の頭突きに対し、クリスティーナも同じく頭突きで返したのだ。そして…


「な、なん…で…」


 ”ドカン”と筋肉で包まれた巨体が後ろに倒れ、それによりバランスを崩した騎馬が崩れ落ちる。その瞬間ホイッスルの高鳴りが耳に歓喜をもたらしてくれる。


「黄組!全騎馬隊壊滅の為、この戦は赤組の勝利とする!」


『おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!!!!』


 会場が大歓声に包まれると同時に


「勝ちましたわ~!!!」


 お嬢様の如きお嬢様が騎馬の上で勝利の雄叫びを放っている。


「あっ、頭大丈夫ですか!クリスティーナさん!」


「おい、その言い方だとクリスが頭のおかしい奴みたいじゃないか」


「え~♪そうじゃないの~?」


 頭から血を流したクリスティーナが”ニコリ”とフィーナを睨み付ける。


「フィーナさん、少し頭を差し出して頂けませんこと?」


「フィーナ怖ーい♪」


 クリスティーナが颯爽と地面に着地しフィーナに詰め寄る。


「まあまあまあ、次の試合が始まるまでに手当てしないといけないですよクリスティーナさん!」


「そうだぞ、傷でも残ったらどうするんだ。こんなにも美しい顔に…」


「あら、その時はリーンがお嫁に貰ってくれるのではなくって?」


「な、な、な…何を馬鹿な事を言っているんだ!女同士でけ、結婚など出来るわけないだろうが!」


「あらあら、私はよろしくってよ!ご家族の方たちも大変喜びになられるわ!」


 クリスティーナ一行はいつも騒がしいようである。この3人のやり取りがある種の聖域のような役割を果たしているのか、周りの学生たちに入り込む余地は無かった。


 しかし、その聖域を破る猛者がすぐに表れた。


「こーら!また漫才して!手当てしてあげるから早くこっちに来なさい!」


 元気のある活発な声色の女性教員が、クリスティーナを両手で抱え込みマネキンのように持ち去っていく。


「ちょっとぉ!普通に歩けますのよーーーー!!!!!」


 台風の目が遠のいていくと、周りの赤組の生徒達の喧騒が頭に入ってくる。


「ほんと元気ですよね。クリスティーナさん」


「ああ。クリスといると毎日が楽しい」


「はーい♪同じくティーナちゃんも~♪」


 騎馬戦は1試合当たり大体10分程度だ。各組で5騎ずつ用意し、敵を全滅させるか頭に巻いた鉢巻の取得数によって勝敗が決まる。それを赤青黄白の4組のトーナメントで勝者を決める。


 私達赤組の1回戦の相手は黄組で、次の戦いが決勝となる。青組と白組との戦いは既に終わっており、白組との決闘が決まっている。今はその決闘までのインターバルである。


「勝てましたね!全然負け癖なんて感じませんでしたよ!」


「まあ、クリスは学年でもトップクラスの魔術師ではあるからな、そうそう負けるはずはないんだ。そもそも、ただ負けるだけなら単に弱いだけだからな」


「じゃあ、なんで”負け癖”なんて呼ばれているんですか?」


「私も何だかわからないんだが、何故か肝心なところでミスをしたり不運に見舞われたり、相手が覚醒したりで負けてしまうんだ。天に嘲笑われているみたいに、欲しい物が手に入ると確信した瞬間に奪われるという悲しい出来事を何度繰り返した事か」


「はーい♪フィーナちゃんはクリスちゃんに覚醒させてもらったのです♪」


「な、なるほど…」


だから、クリスティーナさんはフィーナさんに少し当たりが強いんですね。でも、それでもフィーナさんと仲良くしているという事は、フィーナさんを認めているって事なのでしょうか。


「にしても、作戦すごくうまくいきましたよね!」


「ああ、君のおかげで私達が魔術の錬成に集中できたからな。次もよろしく頼むよ」


「フィーナもお願いのむぎゅー!」


「わわわあ!フィーナ先輩駄目です、離れて下さい!」


「ダメダメ~♪後輩ちゃんはフィーナちゃんの物なんだから♪」


フィーナ先輩はいつもの調子で私を肉欲に沈めようとしてくる。こんなフィーナ先輩でも戦闘中はかなり頼もしい。


 クリスティーナ一行の作戦としては、リーナが索敵担当となっている。リーナの魔法である思考伝播しこうでんぱにより情報(相手の位置情報や挙動)をクリスティーナや私達に伝える事が出来る。しかし、リーナの情報伝達能力は補助的な効果しか持っていない。全く未知の情報を相手の脳に伝えると、返って思考を混乱させてしまう為、既にある情報に対しての肉付けのみという制限がある。


 が、既知の学生間での戦いであるなら話は別だ。相手の特徴や仕草など、事前にクリスティーナの脳内に記憶されている場合は、相手が誰かを伝えるだけでその根幹となる骨が生成される。学園内限定でいえばガチチート級かもしれない。


 クリスティーナは、その魔術で相手に対抗する物質の生産及び操作を担当している。彼女はその首に掛けているペンダントに銀を凝縮させており、魔力で銀を開放、操作して思い通りの物質を生成する。このとき、繊細な物体を生成する場合は高い集中力が必要となってしまう為、目を閉じる必要がある。


 普段はガッツリ鈍器系お嬢様ではあるが、今回の騎馬戦においては優雅に勝ちたいという気まぐれを炸裂させた為、リーナを困らせている。しかし、その才覚は凄まじく、銀の手を完璧に自分の手の形にトレースする速度は異常とも言える。また、オリジナルで組込んだ術式で銀の自動防衛システムも備えているらしいが、自身の頭突きに耐えられる程の耐久性はなかったらしい。


 フィーナは、クリスティーナが生成した物質の複製を担当している。そして、複製したモノはその元となる術者と同じように操作出来るようになる。しかし、銀の手の操作技術はクリスティーナの方が二周り程優秀ではあるので、物体の操作は全てクリスティーナに委譲している。複製されたものは性質として電子単位で同じ物ではあるが、性能は使用者による所がでかい。生成速度は凄まじく、銀の手のオリジナルを1つ作る間に500個体は作れる程だ。魔力が尽きなければの話ではあるが。


そして私は騎馬の機動を担当しています。そのおかげと言っては何ですけれど、先輩方が魔術の行使に集中出来ているんです。私は転移魔法の使い手ではありますが、性能としては1gを超えるものを転移する事が出来ません。しかし、1g以下であるならば無制限に転移させる事が出来ます。そして、なんと術式には重さが無いのだ。ほとんどね。


それに気づいた私は、数年前から術式開発のノウハウを培って来た為、既に趣味の領域を超えつつある。そのノウハウを利用して、まず、4人を乗せられる浮遊術式を作成し、全方位に移動する為に周囲にブラスターを放出する術式を転移させて発動する。そうする事で超機動要塞の出来上がり。更に先輩たちの集中の妨げにならないよう反動を抑える為の制動術式も随時発動させている。私って影の大統領?って感じ!


 と、気持ちよく自分の能力を虚空に向けて説明していると、かわいらしい声と共に足元に小動物がぶつかる様な衝撃を感じた。


「駄目なのじゃ!フィーナのおっぱいはわしの物なのじゃー!」


 へ?と下を見てみると腰位の位置に茶色い頭の脳天が見えた。


「あ~♪ディザちゃんもおいで~♪」


 フィーナが腕を広げて、私ごとその小動物らしい女生徒を抱きしめる。


「ディザって…、エッ!ディザスターさん?!死んでるんじゃないんですか?!!!」


「まあ、生物はみな半年周期で細胞が入れ替わるとも言うし、その頃のディザは死んだとも言えるな」


「なに哲学的なこと言ってるんですか、リーン先輩!!ってごめんなさい。つい突っ込んでしまいました」


「あはは!突っ込み役が不足していたからすごく頼もしいよ」


 不足???不在の間違いでは???と強く疑問に思ったが口には出さなかった。


「なんか遠くから見てて楽しそうじゃなーと思って、つい来てしまった」


 ディザスターがこちらを値踏みするようにまじまじと見てくる。


「ふむふむふむ…、まあ合格といったところじゃの。下からでも顔が見えるというのはメリットでもあり、デメリットでもあるがの」


 私は今、セクハラを受けているらしい。


「まあ、一年生よ。クリスティーナを勝たせてあげて欲しい。わしには出来なかったからの」


 ディザスターの目からは何か異様な執念のようなものが感じられた。


「ではわしはこれでドロンするのじゃ!クリスティーナが来るとまたうるさいからの!わっはっは」


 嵐のように去って行った。この先輩たち4人が集まるとどうなるんだろうと、考えただけでドッと疲れが押し寄せてくる。


そして、ディザスター先輩の目を思い出すと、少し不安の芽が膨らんでいくのを感じた。何なんだろう、何かすごく嫌な予感がする。


「あら、まだこんな所にいらしたの?早くゲート前に行って騎馬を組みましょう」


 頭に赤い鉢巻を巻いたクリスティーナが、悠然としたスタイルで合流した。


「頭大丈夫だったか?」


「大丈夫なわけないよ~♪」


 クリスティーナが”ギロリ”とティーナを威嚇する。


「まあ、能天気な脂肪の塊はおいておきまして、さっさと行きましょう。皆様方」


「えー!フィーナも行く~♪」


 フィーナがクリスティーナの腕にしがみ付く。


クリスティーナさんが嫌がらない所を見ると、なんだかんだ嫌いになれないんだなと心がポカポカする。ぼんやりと先輩3人の後姿を眺めていると羨ましいとも思う。


 そして、クリスティーナがこちらに振り向き


「何してますの、あなたも早くこちらに来なさいな。これから一緒に戦うんですから、遅れたら承知しませんわよ」


 クリスティーナの声で”ハッ”と意識が戻り、言葉を反芻する。


「一緒に…か」


 そうだ、こんな楽しい先輩たちと一緒に戦えるんだ!と思うと不安など消し炭へと変わる。


「はいっ!今行きます!!」


 私は元気に返事をすると、それを体現するかのように先輩たちの元まで全速力で走って行った。

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