第2話

「あなた、もう少しくっついて頂けますの?」


 3人の先輩女生徒と騎馬を組んでいる最中、冷ややかではあるが凛とした綺麗な声が私に向けられたものだと気が付くのに多少の間が必要だった。


「あっっ、はいっ!すいません!!」


「まったく…。私のご友人であるディザスター・ルゥ・エリクルさんの代わりとして自ら名乗りを挙げたのですから、もっとしっかりして頂かないと困ります」


「きっ、気を付けます!!」


 突然の𠮟責にリラックスゲージが吹き飛んだ。

 直ぐに隣の先輩女性の肩と腕、そして足が密着するまで接近する。それとは別に、焦りによって前方にいる先輩女性と繋いでいた手を強く握ってしまった。


 緊張の極致に達した私を察知したのか、前方の長くて美しい青い長髪を赤い鉢巻で纏めている女生徒が空を見上げる様に伺い、3人の上に雄大に跨る金髪縦ロールのお嬢様の如き風格を持つお嬢様に対して気さくに話しかけた。


「まあまあ、あまり強く言ってあげるな。固まってしまったではないか。かわいそうに」


 フォローの言葉と共に、私の手の甲を柔らかい親指でスリスリしてくれる。

 そして、隣で一緒に後方を担当するゆるふわウェーブの桃色の髪をして局所的に豊満な先輩女性が、こちらに顔を向けて「頑張ろうね♪」とウィンクを恋人同士の顔面距離で放ってくる。


 余りの攻撃力にすぐさま顔面を真正面に向けるが、そこにはキュッとしまってムッチリとした太ももの目端に、安産型の美しい曲線的なお尻が添えられていた。


あばばっばば!!!これだけはどれだけ練習しても慣れる気がしない!


 さらに追い打ちをかけるように曲線美の極致ともいえるお尻がこちらの眼前に突き出された。


「駄目ですのよ!この騎馬戦には絶対勝たなくてはいけませんの!」


 目を”カッ”と見開いたお嬢様は、前方を務める先輩女性の美しいフェイスラインを両手でガッシリと掴み、無理やり目を合わせさせる為に首をこれでもかとしならせる。


「負け癖女王なんて、もう言わせてたまるもんですか!ですわ!」


「ギブギブギブ!!わがっだがら!でをばなぜ!!」


「ふん!分かればよろしいですわ!」


 お嬢様がするりと頬に指を滑らせながら顔を開放する。


「ケホッケホッ…。まったく…、そんな事まだ気にしているのか?負け癖なんて単なる偶然じゃないか」


「そうですけれど、変な噂を立てられていること自体が気に食わないんですの!何が負け癖なんですの!?!?ただただ私がリーダーとなって戦った勝負事が悉くことごとく負けてしまっているだけじゃありませんの!」


「ん~♪それを負け癖って言うんじゃないかな~♪じゃなくて疫病神?」


 ゆるふわウェーブに似合わない鋭い突っ込みを、ゆるふわな口調でお嬢様を背後から突き刺した。


「ぐぼはっ!!」


 お嬢様から何か美しいものが吹き出され、頭上でぐったりとうな垂れる。


「あれ~?またフィーナちゃんなんかやっちゃいました~?」


 凶言を放った当の本人は、自身の言動が如何に凶悪なものなのか理解していないかのように常にゆるふわモード全開であった。


 お嬢様の肩が”ピクリ”と動いたかと思うとシャッキっと空を仰ぎ、そのくびれが天を貫くが如く神々しくも禍々しいオーラを背中から放つ。


「…フィーナ・・フィートさん?周りがうるさくて聞こえなかったのですが、今、私の事を何と形容致したんですの?おほほほほほ」


 ”ビクッ”と体が硬直する。手を握る先輩の手も同じく強張っているように感じる。ただ一人を除いては。


「あっ、あー、あれだ!クリスが見守っていると絶対勝つから、勝利の女神って言ったんだよな!なぁ!?」


「…リーン・セグド・バウ・バッカニアさん。今、貴女には聞いているのではありません」


 ”ピシャリ”と遮るお嬢様の言葉に、美しい青の流線がガックリと沈む。


「えー♪なんて言ったっけ~?たーしーかー………」


 前方で”ゴクリ”と唾を飲み込む音が聞こえる


「死神♪」


「不敬ですのよーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


 お嬢様が”キー”と嬌声を上げて右足で、ガシガシとフィーナとついでにリーンの手を踏みつける。そして、その反動が三人全体の体に襲い掛かってくるのであった。


 実際、お嬢様の如きお嬢様ことクリスティーナ・エル・ディーン・グランデがここまで”負け癖”という言葉に執着してしまうのも理解できる。


 性格的には、まだほんの数日程度の関わり合いしかない私でさえ凄まじいと思えるほどの”負けず嫌い”。お家が代々戦場で武勲を上げ続けた叩き上げの名家らしく、これまでの負けの因果がクリスティーナに凝縮されているんじゃないかという噂も有ったり無かったり…


 そんな事を言われて黙ってられないという感情は、私にも分かる!だって私も”負けず嫌い”だからね。


「私、頑張ります!絶対勝って、学校中をぎゃふんと言わせて見せます!」


 3人の先輩方の意識が全てこちらに向くのが分かった。

 自身が大胆な宣言をしてしまった事に気づいて耳の先まで真っ赤に染まった。


 クリスティーナが姿勢を正し真っ直ぐ前を見据える。


「当然よ。今は亡き盟友、ディザスター・ルゥ・エリクルさんに代わって、あなたがしっかりと私をサポートし勝利に導きなさい」


「エッ?!」


 突然、重厚な役割が降って沸いて混乱する。


「ちょっ、ちょっと!!ディザスター先輩って死んでるんですか?!」


「尊い犠牲だったな…。グスン」


「フィーナちゃん悲しい~♪」


「さあ!行くのよあなた達!私に勝利を捧げなさい!!!」


 何が何だか緊張もする暇がない程に騒がしいクリスティーナ一行は、観戦席でピョンピョン跳ねる身長1mにも満たない”でぃざすたー”と名札に掛かれた女性を含む赤組皆に見送られながら入場行進の先頭へと向かうのであった。

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