第31話火攻め
「焦るな! 所詮レクスオールは百程度! 立て直せ! 隊列を乱すな!! 盾を前へ出せ〜!」
敵の指揮官らしき声が周囲に響きわたる。
「罠を避ければ問題ない! 周囲を見ろ! 矢の飛んでくる方に注意しろ〜」
「おおっ」
響き渡る声でベリンガムの兵が、隊列を組み直しているのが見える。
このままでは数に劣るこちらが不利になる。
苦しい。苦しいが今やるしかない。今動かないとみんな死ぬ。いやみんなは死ななくても旗頭の俺は死んでしまう。
俺は打ち合わせた通り、後方に合図を出して確認する。
こっちか。
俺達は弓隊を残し全員で指し示された方へと一斉に移動する。
「敵だ! レクスオールだぞ! グアッ」
ベリンガムの兵に気づかれたが、弓隊が牽制してくれているので急いで目的の場所へと走る。
「やってくれ」
「はっ」
俺の合図で、事前に組んであった焚き火に次々と火が入れられる。
ただの焚き火ではない。
燃えやすくそして煙を出しやすい葉を大量に含んだ炎。
俺達は事前に周囲へと仕込んでおいた。
風向きがどうなっても大丈夫なように散らし何箇所も仕込んでおいた焚き火を風上へと移動して次々に着火した。
森が燃えてしまわないように組んだ焚き火からは炎と一緒に大量の煙が巻き上がり風下のベリンガム軍へと流れていく。
「なんだ! 煙幕か? この程度の煙など! ゴホッゴホッ」
「煙を吸うな! ゴホッゴハッ」
「くっ……」
「なっ……」
この時代の戦術には火攻めというのはあるが煙幕以外で煙を用いた戦術というのは読んだ記憶がない。
だが俺の時代では炎よりも怖いのは煙だという事がわかっている。
炎と違い風に乗った煙は避けようがない。
そして、この濁った煙を吸い込めば一瞬で人の意識を刈り取り命を奪う。
遅れて合流した弓矢隊が牽制しベリンガムの兵をその場へと貼り付け留め置く。
ベリンガムの兵全体が、濃いねずみ色の煙に包まれ風上からでは、ハッキリと様子は窺い知れないが、明らかに音や声が減ってきている。
まあ、ベリンガムの兵が陣形を立て直しひと固まりとなったところにこの煙による攻撃だ。
しかもこの時代の人たちには、煙の本当の恐ろしさは理解されていない。当然対処も遅れる。
敵が人間である以上、この状況を被害なく逃れる事は不可能だろう。
気分が悪いのは相変わらずだが、煙でよく見えないのが救いだ。
おそらく四百五十名全員の命を俺が奪った。
時代が違えば俺は大罪人だ。
俺たちは警戒を解かず、その場で炎と煙がおさまるのを待った。
燃料を燃やし尽くした焚き火の炎はそれからしばらくすると消え、一面を覆った煙も風により流されて徐々に視界が晴れてきた。
「おおおっ、ベリンガムの奴らが!」
「おおおおおっ、やったぞ!」
「信じられん。全滅してる」
「まさに神業。神の如き所業」
「ラティス様、万歳! 万歳!」
「ベリンガムを! ベリンガムを無傷で倒したぞ〜!」
レクスオールの兵達が、ベリンガムの兵がたおれているのを確認して歓声を上げる。
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