第9話 奇跡?
「我の一撃を躱すとはなかなかやるな! 今度はスピード勝負か! 受けて立つぞ! 我が愛馬シュリテンを舐めてもらっては困る。ハッ!」
全くスピード勝負などする気はないが、勘違いをしたグラディスが後を追ってくる。
「シュテルンッ! もっと頑張れ!」
速力を上げるシュテルンに振り落とされないよう必死にしがみつくが、俺の乗馬スキルは本物の騎士とは比べるまでもなく徐々にグラディスが迫ってくるのが背中越しに感じられる。
このままでは追いつかれ背から斬られる。
覚悟は全く決まらないが、このままではまずいのはわかる。
それに段々シュテルンの息が上がってきたのがわかる。
俺に出来ること。
それは不意をつく以外にない。
急停止から振り向き様に剣を振るいグラディスに手傷を負わせる。
もちろん俺は真剣で人を斬った経験なんかない。考えただけでも身震いしてしまうが、それ以上にこんな訳の分からない状況で死ぬのは嫌だ!
「ああああああああああ!」
震える身体に気合いを入れてシュテルンの手綱を思い切り引き急転回を試みる。
振り向いて前方を見るとグラディスが間近へと迫っていた。
俺は手に持つエルブラントを振るうべく腕に力を込めるが、それよりも速くグラディスの剣が振るわれ俺に迫って来た。
死の恐怖が俺の身体を動かし必死に剣の軌道を変え、自分の身体を守るためエルブラントを身体の前に立てる。
『ガギイイイイン』
思わず眼を瞑ってしまう。その瞬間、エルブラントを通して想像を絶する圧が加わり弾き飛ばされそうになるが全身全霊をかけどうにか踏み留まる。
なんとかエルブラントを手放さずシュテルンの背に留まるが、次はない。
今の一撃で腕は痺れ、限界を超えて力を出した身体は続く力を搾り出してくれることはなく、全く力が入らない。
これは死んだな……。
やはり、実戦経験皆無の俺が歴戦の勇士グラディスを相手に立ち回ることに無理があったんだ。
ああ、思えば短い人生だった。
あれもこれもしてみたかった。
将来結婚だってしてみたかった。
訳もわからずこの場にいる。
ギルバートさん、恨むよ。
俺の人生の最後はギルバートさんへの恨みか。
儚い人生だった。
俺の命を刈り取るグラディスの次なる一撃を待つが、一向に襲ってこない。
俺は恐る恐る眼を開いて見るが、そこにはグラディスがいた。
ただ先ほどまでとひとつ違うのは、グラディスの手に持つ剣が根本を残して刃が無い。
なぜかグラディスの振るっていた剣が折れてしまっている。
思いもよらない眼前の様に唖然としながらグラディスの顔を見ると、先ほどまでの鬼気迫る表情は消え失せ、顔面蒼白となりこちらからは読み取る事が難しい複雑な表情を浮かべていた。
「あ、あの……」
「あ、ああ。参った」
「え?」
「お見事。騎士の命たる剣を折られては私に出来ることはない。私の負けだ。もとより覚悟はできている。さあ斬れ!」
え!? どういう事?
もしかしてさっきのでグラディスの剣が折れた?
これって俺の勝ちって事?
本当に?
エルブラントの力か。
さすがはエクスオール家に伝わる宝剣。
一瞬の事でどこがどうなったのかよくわからないけど、俺は勝ったらしい。
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