第21話:自問

 今の自分の小さな手を見ると、弱かった頃の自分を思い出す。

 願っていた。祈っていた。その大人たちの目が俺を見ないでほしいと。


 街中、海賊が来るまでは作戦も開始出来ないのでひとりで歩く。

 観光のつもりだったが、そもそも観光なんてしたこともないので何をすれば良いのかよく分からない。


 街の景色自体は前世の記憶にある王都と似ているが、真新しい建物の多さを見ると急速な発展を遂げたのだろう。


 目線の低さもあって、前世の幼い頃を思い出してしまいそうになるのを首を振って止める。


 ……建物はたぶん、魔法で作られたのだろう。

 ジークが無駄金を使ったとか海賊が出るとか、問題こそあるが望んでいたいい景色だ。


 少し暗い気分なのは……まぁ、寂しさのせいだ。


 ぼーっと歩いていると古い教会を見つけて、なんとなく足を止めたくなってそこに入る。


「あら? 珍しい。子供ひとりなんて」


 掃除をしていたらしい若いシスターが入ってきた俺を見てその手を止める。


「……ああ、邪魔でしたか」

「いえいえ、いつでもいらして大丈夫ですよ」


 招かれたまま中に入る。

 新しい魔法で作られた建物が多い中、古い建材と古い様式の教会。


 発展を遂げる街の中、時代に取り残されたようなその場所。少し、安心してしまう自分がいる。


 いつものように少し斜めを向くと、シスターの女性は珍しそうに俺を見て、それから俺の祈りを眺めたあとに声をかける。


「……祈っているのはシルリシラ様ですか? ……お父さんが兵隊さんなのでしょうか?」

「えっ、ああ、まぁ……癖で」

「癖、ですか?」


 彼女は何かを言うこともなく不思議そうに俺の隣に座る。


「……変なことを聞きますけど、世界はよくなっていると思いますか?」

「えっ……そうですね。あなたぐらいの年齢の子には分からないと思うのですが、十年と少し前はすごくひどいことがよく起こった時代でして。……変化が多くて大変な時代ではありますが、よくなっていると、みんなでよくしていると思います」

「……なら、よかった。……です」


 ……何を聞いているのだろうか。

 聖職者が子供相手に未来は暗いなどと語るはずもないのに。


 繰り返す自問自答。それから立ち上がってシスターを見る。


「ありがとうございます。相談に乗ってくれて。掃除手伝わせてください」


 俺の言葉を聞いたシスターは小さくクスリと笑う。


「今のが相談だったんですか? ふふ、まるで町長さんのようです」


 ああ、まぁこんな子供がそれを相談などと言ったら笑いものか。

 箒と雑巾を借りて教会の掃除を手伝う。


 大切だろう神像の近くを避けて、人の足がよく踏むだろう通り道を丹念に掃除していく。


 ふと、唐突に外が騒がしくなっていることに気がつく。


「っ! 君は少し隠れていなさい!」


 慌てたシスターの反応で、海賊が来たのだと理解する。緊張した様子だが、同時に慣れているようにも見えるし、そこまで悲観的にも見えない。


 ……なるほどな。

 本当に海賊達はめちゃくちゃな量を取るつもりも殺すつもりもないらしい。


 外に出ると、流れ弾のような火炎の玉が教会へと飛んできて──。


「逃げてっ!」


 と、叫ぶシスターに笑いかけて、魔法を発動する。


「──凍てつけ」


 飛んできた火炎は急激に熱を奪われたことで消失し、俺はそのまま街を歩く。

 一度振り返ってシスターに頭を下げる。


 聖職者は好きだ。ジークが茶化してくるような浮いた理由ではなく、尊敬している。


 俺にはたぶん信仰心などカケラもなくて、シルリシラが本物の神だと受け入れているのも神々への敬意の薄さが原因だろう。


 神は信仰していない。けれども、己を律し、善悪を説き、他者のために祈りを捧げる彼等彼女らには敬意を抱いている。


 俺にはそれが出来ない。

 横暴を見れば頭に血が昇るし、すぐに武力を頼ってしまう。


 これまでそうだった。今もそうだ。これからもそうだろう。


 聖職者を尊敬しているだが、俺はそうはあれない。息を吐き、街を舞台とした横暴への怒りを飲み込む。


 ジークの言う通りだ、ここで戦うべきではない。今は昔とは違うのだ。

 煮えたぎる腹の中を抑え込んで、慣れた音と匂いの中を歩く。


 それから海賊船の近くに荷物が置かれているのを見つけて手早くその中に紛れ込む。


 今すぐにでも飛び出して全滅させたいという衝動に駆られるが、魔法で頭を冷やして耐える。


 しばらくして入り込んでいる荷物が動き、俺はそのまま船の中に入り込む。

 随分と雑な……いや、まぁ海軍が前身とは言えど海軍崩れならそんなものだろう。


 船の貨物室に置かれたタイミングで手印を結び、闇魔法で音を消しながらその場を離れ、氷の剣で船の側面に穴を開けて側面に氷の足場を作って外に出て、開けた穴に板を戻してバレないように氷で固める。


 そのまま見つかりにくいところに氷の足場を作って居座る。それなりの時間船に揺られて吐きそうになるが、闇魔法により感覚を麻痺させて耐える。


 ふぅと、息を吐いて離れていく街を見る。


 そしていつものように自問自答を繰り返す。俺がしたことは本当に正しいものだったのか、それとも間違っていて今も間違い続けているのか。


 ……仲間がいるんだ。国を変えたんだ。

 多くの血を流してしまった後悔があっても、間違っていたなどと俺が言えるはずもない。


 ただ……貴族に道楽で殺されたあの少女は、俺がただ想っていたあの子は、たぶん、血に濡れた俺を寂しそうに見るのだろうな、そう思う。


 アジトにしている小島に辿り着く。

 ちょっとした植物こそあるが岩や砂の滞留で出来た程度のもののためか周囲は殺風景だ。


 それなりの期間根城にしているからか、遠くにはいくつかの小屋が見える。


 ……あまり、ゆっくりしていたらジークが街の兵隊達を動かしてしまうか。酔いで体が動かないなどのことがないことを確かめて、それから氷の剣を作り出す。


 やるべきことは単純だ。

 そこに立つこと、俺がいるぞと吠えること。


 あとの参謀役やらボスの【不問】を倒すことはまぁ……必須ではないだろう。


 一歩、足を進める。

 二歩、身体を前へと動かす。

 三歩、過去の記憶と体の感触が一致する。


 慣れていた。敵のど真ん中に立つことは。


 吠え、氷の剣を地面に突き刺して地面から多くの氷柱を生やす。


「──俺はここにいる。来い、海賊。俺はここにいる」


 そう宣言すると荷物を運んでいた海賊が俺の方へとやってくる。


「ああ? なんだこのガキ、一体どこから……。……っ!」


 氷の剣を向ける。

 一瞬で海賊は目の色を変えて俺を見る。


「馬鹿な英雄ごっこで死んだぞ、ガキが」

「英雄ごっこで死ぬ……か。それも慣れている」


 海賊は腰に下げていた厚手の片刃の剣を振り上げ──俺はその一瞬でその手を斬り裂く。


「──は? ッ! ぅぐぁあ!!」


 男は痛みに腕を抑えながら吠えて、その声に反応した海賊達がわらわらと出てくる。


 海賊達は俺の姿を見て一瞬ヘラヘラと笑い、次の瞬間に腕を押さえる仲間を見て表情を変える。


 各々の武器を構えて向かってくる海賊達を真正面から見据えて、斧を躱し、剣を受け止めて槍を逸らす。


 前の体なら体術である程度対処出来たが、今の体では蹴りも拳も軽すぎるだろう。だから、小細工を混ぜ込む。


 蹴りと同時に脚へと纏わせるその黒い魔力。俺に蹴られた相手はその魔力が体に染み渡り、存在しない目眩を引き起こす。

 蹴られてフラフラと倒れた海賊を見て、一人手応えに満足する。


「昔は必要なかったが、今はそれなりに有用か。……闇系統魔法【千鳥酔い】」


 体術では倒しきれない。その補助にはなる。

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