第22話:不答

 剣を受け止め、返す刀で斬りつけながら気がつく。

 急激に魔法の練度が上がっている。


 その刃の鋭さと冷たさには覚えがあった。

 昔の感覚、その戦場の記憶。


 強くなったというよりも取り戻しているという感触。

 赤い血が舞い、空気中の水分が冷えて白い霧となる。


 ……居場所、それを感じてしまう。

 急激に冷えたことで発生する霧の景色、鼻腔に感じる血液の鉄臭さ。あまりに慣れてしまっている。


「ってぇ! ヤバいぞこのガキ!」

「囲め! 囲め! 休んでる奴ら全員呼んで来い!」

「どこから出てきたんだよこの化け物!」

「当たらねえ! どうなってるんだ!」


 騒ぐ海賊達を一人ずつ斬り捨てていく。


 彼らも決して弱くない。正規の兵士としての訓練を終えて、海賊として正規の軍隊ではあり得ないほどの実戦を経ている。

 普段の船乗りとしての生活でついた筋力もあり、高い戦闘能力と間違いない地力。


 けれども、どうとでもなる。


 氷の剣で逸らした剣で他の海賊の腕を裂き、それによって離れた剣を空中で蹴って腹を突く。


 小柄を活かして血飛沫の下を潜り抜けて、視界から隠れてまた一人を斬る。


 早めに魔法使いを対処したいが、まだ出てきていなさそうか。


 そう考えた次の瞬間、遠方から火炎の矢が飛んでくる。

 ついに出てきた、と、撃たれた方向を追うが人影が見えるのはかなり遠くの岩場だ。


「っ……マジか、これは厄介だな」


 他国の魔法。貴族が完全に独占していたこの国とは違って一部のみ軍隊に解放と研究をしていた国ゆえにか、俺が知っている魔法とはかなりの差があるように見えた。


 炎の矢を回避しながら観察する。

 既知の魔法では届かない遥か遠くからの攻撃、精度も高い。規模はかなり小さいが感じる熱量は大きい。


 本来なら届く前に魔法が散るだろう距離だが、本来の魔法よりも高密度に圧縮したことで散りにくくし、小さくしたことで空気の抵抗を抑えているのだろう。


 この遠距離から木造の船を狙われればひとたまりもないだろう。


 炎の矢を躱しながら全力で岩場を駆け抜ける。俺が迫ってくることを恐れてか乱射してくるが、十分に躱し防げる範囲。


 迫った俺に炎の壁で対抗しようとするが、俺は前方に氷を張って氷ごと炎に突っ込み、壁を抜けて剣を振るう。


「……次」


 大回り立ち回り、斬っては走って魔法を使って海賊を倒し続ける。

 魔法兵も何人か潰して炎の矢が飛んでこなくなったところを見るに、最低限の役割は果たしたか。


 あとは不問を──と考えたところで、不意に攻撃が止む。

 それから不器用そうな眼鏡の男が岩場をヨタヨタと歩き、どてっと転ぶ。


「あいたた……」


 一瞬、海賊ではない街の人が来てしまったのか? と思ったが盗賊達の動きが止まったところを見るに、そういうわけではないらしい。


「ふぅ……と、失礼しますね」

「……お前が不問のウェイブか?」


 氷の剣を下げると、眼鏡の男は驚いたように首を横に振る。


「ええっ、いや、まさか!? 僕はウェイブさんじゃないですよ!?」


 ふと、ジークの言葉を思い出す。

 商人みたいな奴がいる……と。


 厄介な存在だが、単純に倒すことも出来ない。否、こちらも倒すことが出来ない立ち位置だからこそ厄介な存在。


「……商人」

「僕のことですか? うわ、嫌だなぁ、そんな風に顔を覚えられてしまったら」


 ……戦士の体つきではないし、魔法使いの目つきでもない。到底戦える存在には見えないが、けれども「この場で倒されることはない」という確信をハッキリと見せていた。


「……それで、何故俺の前に出てきた」

「それは貴方が僕を殺していないことが理由になりますね。さて、交渉に移りましょうか」

「……この程度の雑魚どもを前に、俺が交渉に乗るとでも?」

「ええ、もちろん。だから、街ではなくここまで来たのでしょう?」


 一歩、二歩、三歩、距離を詰めてくる。

 その男の意識は俺よりもむしろ後ろの海賊達にあるように思えた。


 俺が攻撃を加えないことを見越して、後ろの海賊達に「脅威に対して堂々と振る舞える自分」を見せているというところか。


 海賊達相手に大回り立ち回りで追い詰めているはずだが、仲間内の評価を上げるためのダシに使われたな。

 まぁいい。


「貴方は、街に被害が出ることを恐れた、だから戦場をこの場に移した」


 商人のような男は遜るような、あるいは真逆の見下すような視線を俺に向けた。


「さて、ああ、するとどうでしょう。僕たちの命運は貴方が握っていますけど、そうしたなら僕たちは急いで散り散りになって逃げなくては」

「それで……逃げるためにまた街に掠奪しにくるし、急いでいるから今までとは違っていくらでも町人を殺して、逃げたら他の仲間と合流って話だろ」


 予定調和だ。

 こちらが街への被害を恐れる以上、あまりに苛烈な全面抗争は出来ない。


「分かっているならいいですよ。……じゃあ、席に着いてもらえますか?」


 こちらの要求は分かりきっているだろう。

 もうこの国に近寄るな、被害を出すな、それだけだ。

 対してあちらは……別の国に行くための物資を寄越せとかだろうか。


 俺が想定していると、彼はその通りの言葉を発する。


「この国からは手を引きます。流石にこんな化け物が現れたなら仕方ない。けど、まぁ、他の国に行くにはどうしても食料や物資は必要なわけで」

「そうか。じゃあ、何人か間引こうか」


 俺が氷の剣を後ろの海賊達に向けると、向けられた海賊達がびくりと怯える、男は俺の剣の先にやってきて首を横に振る。


「そういうわけにもいきはしませんよ。そちらが仲間を大切にするようにこちらも大切でして」

「どうだか。……そもそも、仲間が来たところで所詮は海賊。やられた仲間達を見れば怯えて引くだろう」


 お互いに全面抗争になるのは避けたい状況。

 物資と人命を賭けたチキンレース。


 脅し合いながら落とし所を探ることが続く……そのはずだった。


 ズシリ、と、空気が重くなる。

 妙な威圧感、肌を裂くような妙な緊張感。


「チッ……うっせえな、人が寝てたときによお」


 ノソリと顔を出した大男。

 単に背が高いだけでなく、身体が厚い。

 太っているのではなく厚みがあるのが分かる体付き。


 野生の熊を思わせるその風貌だが、苛立ちと共に漏れ出す魔力はただの力自慢でないことを理解させた。


 大男の姿を見た商人はへらりと俺に笑いかける。


「あー、まぁ、そうですね。商談を進めたくはありますが、こうなっては仕方ない。彼は【不問】誰もが問うことも出来ず、彼自身も【不答】誰かの問いに答えることはないのです」

「……不問で不答、ね。デカい猿だな」


 俺の言葉に大男は吠える。


「あんっ! なんだこのクソガキはよッ!」

「お、お頭! こ、このガキ、ヤバいですよ! たぶん魔物が化けて出た存在で!」


 怯えた海賊の腹を蹴り飛ばす。


「あぁっ!? うっせえつってんのが聞こえねえのかボケカスがっ!」

「……仲間じゃないのか?」


 俺の問いに返ってきたのは、言葉ではなく蹴りだった。


「人が気持ちよく寝てるときに、ピーチクパーチクうっせえなぁ! 黙って死んでろ!」

「……なるほど、本当に何も答えるだけの知能がないらしい」


 蹴りを受け止めた氷剣がへし折れている。

 ……信じられないほどの馬鹿力だ。


 常人の数倍程度では効かないほど、おそらくは姉御や母さんと同程度の筋力……と言ったところか。


 頭は悪そうだが、この筋力だけでも厄介なのは間違いない。


 そして……蹴りを防いだ俺を見て、身の回りに水を浮かべ始める。その水の流麗な動きを見るに、魔法の腕も相当らしい。


 ……なるほど、街の衛兵達の手には余る存在だ。俺は折れた氷の剣から新たに刃を伸ばしながらそう考えた。

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