第17話:旗
古い教会の隅に産まれた。
実際は違うのだろうが、一番古い記憶は教会の壁の隙間の中だった。
本来なら親もおらず飢えて死ぬはずだった俺は、名前も知らない人の良い男が飯を恵んでくれたことで生きながらえた。
親も家もない子供だったが、その人の良い男や教会の炊き出し、それにそれなりに富裕層の多く住む地域だったこともあり、豊富な残飯を漁り……。
孤児の割には、まだ飢えることはなかったように思う。
夜は寒かったけれど、身を寄せて眠ることは嫌いじゃなかった。
恵まれた産まれではなかったけれど、それでもあのときの俺は幸せだったとそう思うのだ。
それから……ひとつずつ、ひとつずつ減っていった。
可愛がっていた野良猫がいつのまにかいなくなっていた。
世話してくれていた男が病で死んだ。
兵士達に追われるようになって、教会の炊き出しはなくなった。
友人がどこかに消えて、残飯を漁っていると追われるようになった。
そして決意したのは、人助けだったのか、復讐だったのか。
荒れた国の中では国に不満を持つものが珍しくなかった。
仲間は増えていき、兵士達を追い払えるようにもなった。
自分達で仕事も得られて、凍えることも飢えることも減っていった。
俺とニクスは幼いながらもリーダーのような存在になり、偶然手に入った魔法の知識を得て貴族にも対抗出来るようになった。
現実的な目標として革命が浮かんでくる。
『ジオルドさん、ご飯、一緒に食べましょう!』
そんな中で、幼い頃から何一つ変わらない笑顔を向けてくれる教会の少女。
いつもニコニコと明るく、優しく、会えば笑いかけてくれる。
彼女といるとき、ふと思うのだ。
──革命なんてせずとも、幸せなのではないだろうか。
ただこの時を共に過ごせていたのならそれでいいのではないだろうか。
身内からせっつかれるなか、けれども危険や準備不足を言い訳に遅らせていた。
俺の手を握ってくれる優しい手が、国をひっくり返す革命を堰き止めていた。
少女の細い手ひとつ、それだけが今にも崖に落ちてしまいそうなこの国を繋ぎ止めていて……。
あまりに唐突に、その少女は死んだ。
山に山菜を取りに行った彼女は貴族のする遊びの狩猟……獣と間違えた事故なのか、悪ふざけなのか。
貴族の射た矢に貫かれて、呆気なく。
だから、革命は起きた。その国は滅んだ。
■
「っ!?」
突如として感じる痛みに飛び起きる。
周りを見回して何もないことを確認する。
「……不意に意識を失ったときに備えて使っていた気付けの闇魔法の痛みか」
本来、意識を失ってすぐに発動するように発動するようにしていた魔法だが、押し流された後なのを見ると数分はラグが発生している。
やはりどうにも昔よりも精度が落ちている……いや、意識を取り戻しては失ってと繰り返したのかもしれない。
濡れた身体を起こしてもう一度周りを見る。
街の路地裏……シルリシラの姿は見えないが、まぁアイツは俺を見つけられるのでハグれても問題はないだろう。
そしてそんなことより……。
「あのクソバカ……」
路地裏の隙間から覗く工事途中の屋敷を見て毒吐く。
鍛えた体に似合っていない華美な服装と高級酒を煽り酔っ払った顔。……らしくない、あまりにも。
この街の問題に関わるつもりはなかったが……。
馬鹿なことをやっているならぶん殴ってでも止めるべきだ。
俺が立ち上がると、後ろに人の気配が現れる。
「シルリシラか。悪いな、少し待っていてくれ」
俺がそう言いながら路地から出ようとすると細い指が俺の手を握る。
振り払うことは簡単だろうがそうはしなかった。
「兵士が探し回ってたから行かない方がいいよ。予定のものだけ買って帰ろう」
「そういうわけにもいかないだろ」
俺がそう言うと、シルリシラの目が俺をじっと見つめる。
「……観光客だよ。君も僕も。この世界にとっては」
かつて俺が言った言葉をシルリシラが俺に突きつける。
既に役目を終えて死んだ俺が、まだこうして世界に影響を与えようとしていることの愚かさは俺自身が一番よく分かっているつもりだ。
……だが、と、俺はシルリシラを見つめる。
「友達のところに行くんだよ」
シルリシラは瞬きをして、それから嬉しそうに笑う。
「ん、それなら仕方ないね」
パタパタと手を動かして俺を見る。
相変わらずよく分からない子だなと思いながら、路地裏から顔を出して街に目を向ける。
兵士が巡回しているのに加えて、街の人たちも落ち着かない様子を見せている。
通りに出たら……まぁ見つかるだろうな。
「さて……どうしたものか。人の目を盗んでいくにしても知らない街だしな。……仕方ないか」
「どうするの?」
「友達に会いにいくだけだしな。……まぁ、そうだな。コソコソする道理もなければ、そんな姿をジークには見せられないか」
変わり果てたジークを批判するのに……俺がみっともない真似をすべきではないだろう。
「俺は変わらず俺でいるぞ。と、示してやる」
印を結び氷の剣を作るが、刃は持たせずにただの棒にしておく。
軽く振って感触を確かめて、シルリシラを置いて路地を出る。
周りにいた人達が驚いたように俺を見るが、堂々と街の中心に向かって脚を進める。
「ぼ、坊主。危ないぞ! こ、こっちに来なさい!」
親切そうな男が怯えながらも俺を呼び止めて周りの人たちもそれを止めない。
いい人達だな、そう思いながら首を横に振る。
「友達のところにいくだけだ。だから平気だ」
「友達って……おじさんが、呼んできてあげるから、今はおとなしく……」
「ジーク、アイツは俺の友達だ」
俺の言葉に男は目を開き……巡回にやってきた兵士に気がついて、パッと俺を庇うように動く。
「っ……見逃してやってくれ」
「おじさん、平気だよ、ありがとう。……友達に会いにいくだけだ」
兵士に氷の剣を向ける。
「……友達?」
「ああ、アイツと喧嘩しにいくんだ」
兵士の怪訝な顔を見つつ、ふっと息を吐く。
「怪我はさせない。かかってこい」
子供だと思って油断しながらも俺を取り押さえようとした兵士の手を弾きながら、脚をかけて転ばせて横を通り過ぎる。
「……は?」
そういう兵士の身体はすでに氷の鎖によって繋がれて動くことは封じられていた。
「押し通らせてもらうぞ」
近くにいたもう一人の兵士が慌てて槍を構えるが、もう対処は終わっていた。
足元が硬い氷に覆われてその場から動けなくなった二人の兵士を置いて街の中心へと脚を進める。
氷の剣を構えながら、隠れるでも走るでもなくまっすぐに進む。
街の中、一番目立つところに、ただ真っ直ぐ進む。こうして街を歩いていると、革命をしていたときのことを思い出す。
難しいことは仲間に任せて、俺はただまっすぐに一番分かりやすいところに立つ。
俺の役割は旗だ。
革命軍がここにいるぞ。
悪しき施政者を倒しにきたぞ。
俺がここに立っている限り負けではないぞ。
俺がそこにいる限り、戦いは決して終わらないぞと仲間を奮い上がらせて、敵を震え上がらせる。
兵士を倒しながら歩き、歩く。
「……ジオルド!」
そしてやってきたかつての仲間のジークと向かい合い、宣言する。
「ジーク、友人として、お前をぶん殴ってやる」
濡れた髪がまだ乾き切らないうちの再戦となった。
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