第16話:旧友

「港町に行きたい? いいよ。でも大人の人……シルリシラちゃんとならね」


 母に港町に行きたいという話をすると、呆気なく許可が降りる。


 母の中では牛乳で白い髭を作っている少女が大人判定なのか……。


「ふむ、デートということだね。ジオルド」


 ぷはーっと牛乳を飲み終えたシルリシラはぴょこりと椅子から降りる。


「いや……まぁ、おおよそはただの買い物だぞ」


 何か起きていた場合のことを考えて向かうが、大したことのない一時的な値上がりならそのままお使いとして塩などを買って終わりだ。


 兵士の一人にでもついて行ってもらえと言われるかと思ったが、俺がそれなりに強いことを知っているからか呆気なく許可が降りた。

 まぁもうすぐ都にいくからその練習に丁度いいという考えだろう。


 簡単な荷物を持って村を出て街道まで向かう。


 以前は人や馬が踏み均すことで自然に出来ていただけの道が立派な石造りのものに変わっていた。


 俺が死んでからの短い時間で作れるようなものではなかったはずなので、おそらくは土魔法によって作られたものだろう。


 よく観察するとところどころに継ぎ目があり、色々な人の魔法によって作られたからか場所ごとに若干色や形が違う。


「……なんかいいな」

「歩きやすいですよね」


 シルリシラは俺の言葉に頷くも、あまり俺の言葉の意図は理解していなさそうだ。


 まぁそれもいいかと思いながら歩いていると、街道の向こう側から人影が見える。


「うわあああ!! 助けて、助けてくださぁぁああい!!」


 ダバダバと不恰好な姿勢で走ってくる少女と、その後ろを追いかける獣型の魔物。


「っ! ひとりか!? 今助ける!」


 俺が氷の魔力を練ると、少女は慌てて首を横に振る。


「母と! ふたりですぅうう!! 魔物に追いかけられていて! 母は追い抜かれました!!」

「追い抜かれたのか!? なんで!?」


 よく見ると魔物の後ろにも人影が見える。


「追い抜かれたのはいいとして……! なんでそのまま魔物を追いかけてるんだよ!!」

「母は負けん気が強いので!!」

「そういう問題か……?」


 とにかく、魔物を挟むような形で前後に人が走っている状況、大規模な魔法は巻き込みかねない。


 巻き込みにくい……いや、違うな、巻き込んでもいい魔法を使うか。


 印を切り替える。

 氷魔法から闇魔法へと。


 俺が得意とする、苦痛を奪う魔法の真逆の魔力。


「【幻痛:発火】」


 俺の手を中心とした闇魔法。少女の横を通った黒いモヤが魔物に当たり、魔物は唐突な痛みに悶え苦しんで逃げていく。


「あー、当たらなくてよかった。……平気か? 二人とも」


 町娘らしい格好をした少女は息を切らせながら俺にお礼を言う。


「あり、あ、ありがとう……ごふぁっいまふぃっ!」

「息整えてからでいいよ……」

「ふぅ……ふぅ……。ありがとうございます。母もお礼を言ってください、母」

「母親のことを母って呼んでるの?」

「娘共々助けていただき、ありがとうございます。旅の方……。そうだ、お礼をさせてくださいな。あれを出して、娘」

「娘のことを娘って呼んでるの?」


 母の言葉を聞いた少女は持っていた鞄から紙を取り出す。

 何だろうかと思っていると少女は俺にそれを握らせる。


「つまらないものですが……肩叩き券です」

「どう反応すりゃいいんだよ」

「僕がもらいましょう」


 やめとけよ。叩かれたら爆発するじゃんシルリシラ。


 息を切らせている二人に水筒を渡しつつ、ポリポリと頭を掻く。


「戦えない女子供で二人旅というのはあまり感心できないけど、事情でもあるのか?」


 母親の方が俺とシルリシラを見て「そっちの方が問題では?」という表情を浮かべてから軽く頷く。


「実は男手が工事で駆り出されていて」

「工事?」

「その……大きな館を建てるとかで。それで税も重く……こうしてなんとか動ける人は動こうと」


 何かしらの公共事業のために町人に負担がかかっているということか。

 ……少し思うところはあるが、けれどもそれだけだと判断がつかないか。


「……魔物も出ることだし、やめておいた方がいい。港町だろ。俺たちも行くから送っていくよ」

「そう……ですね。ですがそれは『負け』では?」

「負けん気の強さを発揮しないでほしい」


 魔物に追われていた母子を港町に送ることとなり街道を四人で歩く。


「おふたりは……子供ふたりで旅ですか?」

「ん、ただのおつかいだよ。塩とか魚を買いに来たの」

「ああ、まぁ俺は……それなりに強い人の弟子で魔物には遅れを取らないから大丈夫だろうということで」


 ふたりは納得したような表情で俺を見る。


「……おつかい、ですか」

「問題があるのか?」

「……その、領主様が最近不機嫌なので気をつけた方がいいかもしれないので」

「……領主?」


 領主……という言葉は革命によりなくなっていたはずだ。


 すぐに体制を全て変更することは難しいため事実上の形としては残っているが、それでも権力は以前よりもはるかに弱まっているしそんな名前でもなくなっている。


 まぁ……少し前までなら領主呼びだったから、呼び方が残っているだけだろうか。


 それなりの道のりを歩いて港町につく。

 前世でも来たことがない街だが、少し磯の匂いがすること以外は小綺麗な街並みだ。


「では、本当にありがとうございました」

「ああ、気にしなくていいよ」


 そんな返事をしてから母子と別れて街を歩く。


 遠くに見える海の景色に目を奪われていると、ザワザワと街の中が騒がしくなる。


 楽しそうというよりもどこか恐れを感じるそれを見て、その反応の元に目を向けると、見覚えのある顔を見つける。


「……ジーク?」


 頭を下げられている偉そうな男。服はまるで以前倒したような貴族たちのようなギラギラに着飾ったもので……。


 思い出す前世の記憶。


『おー、ジオルド。こっちこいよ。話そうぜ』


 酒瓶を片手にヘラヘラと笑う男。

 多くの魔力を持ち、戦いとなれば真っ先に飛び出したあの男。


『酔ってねえよ。俺はさ、池いっぱいの酒にも酔わないんだ』


 ジークは赤ばんだ顔でヘラヘラと笑い、服のボタンが外れたシャツで暑そうに仰いでいた。


『けどさ、お前の言葉には酔えるよ、ジオルド。いい夢が見たいんだ。語ってくれよ。お前の描いた未来をさ』


 夜の宴の中で、中心から少し離れたその場所で俺の夢を聞くのが好きな……ジークはそんな男だった。


 そんな男が貴族の真似をするように、高い酒の瓶を片手に持って、町人にふんぞり返っているのを見て……思わず、何も考えることも出来ずに前へと向かう。


「っ、止まれ! そこの子供!」


 ジークを囲む兵士が、真っ直ぐにジークへと歩く俺を見て警戒する。

 俺はそれを無視してジークへと言葉を投げつける。


「……ジーク、お前、貴族に成り代わりたかったのか? ダサい服着て、安酒に酔って、みっともないことしやがって」


 俺は吐き捨てる。


「ザマァねぇなジーク」


 俺の言葉にジークは一瞬だけ怒気を見せて、それからキョトンとした表情を浮かべる


「……ジオルド? ジオルド……エイロー?」


 不思議そうに俺の名前を呼んで、もう一度、確かめるように呟く。


「ジオルド・エイロー……」


 そして、酒で赤く染まった顔を一気に冷まし、先程までとは質の違う怒りを顔に滲ませる。


「ジィオルド!! エイロォォオオオオ!!!!」


 怒りを爆発させるような叫び声と共に振るわれた大剣を、氷の剣によって受け止める。


 「ジーク様!?」と、驚く周りの声を無視して、ジークは吠えるように詠唱する。それはかつてのジークの得意とした、大質量の水魔法。


「『奪え! 飲み込め! 善も悪も! 天も地も! その全てを、ただ無価値に!』【堕ちる水龍】!」


 上空から全てを飲み込むような水の奔流が降り注ぐ。


 激昂。爆発するような怒りの表情と共に放たれたそれは剣技で受け止めることは不可能、だが……受け止められるだけの氷魔法だと街まで凍らせかねない。


 抵抗をやめてそのまま濁流に押し流される。


「ジーク!! 説教してやるから、正座して待ってやがれ!! 大ボケ野郎!!」


 そう捨て台詞を吐きながらそう吠え立てて、そのまま押し流されて水に揉まれて意識を失った。

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