第18話:景色
男は叫ぶ。
「ジオルド! ジオルド・エイロー!」
「聞こえてるよ」
男は大剣を振り上げて、それに水を集わせる。
「ジオルドッ!! エイローッ!!」
「ああ、そうだ」
天を裂かんとばかりの雄叫び、そしてそれよりも大きくもう一度。
「ッッッ!! ジィイイオルドォオオッッッ!! エイッッアアァァァァアアオォォォォオオオオオオッッッッ!!!!」
「歯ぁ食いしばれ、クソ馬鹿がよぉ!!」
叫び声と共に氷の大剣と水の大剣がぶつかり合う。
本来、真正面から攻撃をぶつけ合う意味などあるはずがない。そんな馬鹿な戦い方を選択したのは、一重に激怒していたからだ。
俺もジークも、叫ぶ喉が張り裂けそうなほどに。
剣と剣のぶつけ合い、だが、そこに技はない。
本来なら敵の剣をいなして躱し敵の体を斬るべきところをお互いに剣ごと押し潰そうとするような馬鹿な戦いだ。
「ッ! 何がっ! 「俺は酒に酔わない」だよッ! 気分良さそうに安酒なんか呑みやがってよ! みっともねえ!」
「あんッッ!? 酔ってねえよ、てめえがくたばってから酔えた日なんか一度もねえよ!! それに馬鹿舌も不見識も相変わらずだなッ! あの酒が安酒に見えるのかよ!」
ジークの振るった大剣に押しつぶされ掛けて、俺は両腕で剣を支えながら全力で踏ん張る。
「はっ! あんな酒が美味いかよ! 妄言抜かしてつまんねえもん呑んで! そんなゴミみたいな舌引っこ抜いちまえ!」
大剣を押し返して腕が浮き上がったところに、腹を蹴り付ける。
「ぐっ……! てめえがっ! てめえが死んだせいだろうが! ジオルド!!」
ジークは大剣を放り投げて、素手で俺の氷剣をぶん殴って打ち砕く。
その顔は怒りと憎しみの相をしているのに、目には涙が溜まっていた。
「お前がぁ! 俺にぃっ! 夢ぇ見せたんだろうがよ!! 死にやがって! 死にやがってよお!! ふざけんな! ふざけんなよ!」
「っ……」
「俺はあのままで良かったんだよ! 安酒呑んで、適当に暴れて、それで満足だったんだ! お前が言ったんだろうが! 最高の景色を見せるってよ! それが……これか!!」
魔法も剣もないただの暴力。だが、その拳はあまりにも重い。
数発殴られたせいで意識が朦朧とするが、魔法ではなく根性で意識を留める。
視界がぐらぐらと揺れる中、まともにジークの顔すら見えないが……けれども、それでもこの街は見えた。
拳に合わせて跳ね飛び、額を思いっきりジークの頭に打ちつける。
「ぐ、ぐうっ!」
「このっ! 街がよっ! 見えねえのか馬鹿野郎が! 貴族に苦しめられない、平和に暮らせる! 最高だろうが!」
「っ! 何が最高だよ! 俺は、お前が!! お前がっ! …………」
フラつくジークをぶん殴る。
壁にぶつかったジークを殴ろうと拳を振り上げるが、ジークは腕を上げることもせずに俺を見ていた。
「お前が……いなけりゃ……最高にはならないだろ……。ジオルド」
ずるずると壁にもたれて体が倒れていく。
日が傾いたのか、周囲の景色が赤くなっていた。
多くの衛兵や町人が俺たちの周りに集まっていることに気がつく。
「……馬鹿が」
「嘘、吐きやがって」
俺は泣き言を抜かしたジークの顔をもう一度殴る。衛兵はそれを見ているが、止めることはしなかった。
「……悪かったよ。ジーク」
「……死んじまえ」
倒れるジークに手を差し伸べると、ジークは俺の腹を蹴り飛ばしてくる。
「……やめだ。やめやめ。……今、建ててる建物、あれは孤児院にする。確かボロボロになってたろ」
一人で立ち上がったジークはペッと地面に血を吐き捨てて町人たちの方に足を進める。
「……孤児院、詳しいんだな」
「ジオは俺と来いよ。まさか断らないだろ」
「塩買いに来ただけなんだけど……。まあ、いいか。あ、もう一人連れてきていいか?」
「おう好きにしろ」
先程まで殺し合う勢いで戦っていた俺たちがケロリと話しているのを見て、町人たちが目を丸くする。
夕焼けの冷たい潮風が傷に染みる中、ジークは町人たちを「ほら、暗くなるんだから帰れ帰れ」と解散させていく。
そんな中でひょこりとシルリシラがやってきて、仕方なさそうな表情で俺の顔の傷を見る。
「……無理、しないでね」
それだけ言うシルリシラは、到底戦女神には見えなかった。
そっと頬を撫でられ、その手の冷たさに少し驚く。氷の属性を持っているから冷やしてくれているのだろう。
腫れた顔には心地よい感触に目を細める。
「……はあー、女連れか。相変わらず、そういう聖職者っぽい子好きだなあ、お前」
「シルリシラはそういうんじゃないよ」
「はいはい。というか、なんでガキになってんだよ」
「なんか死んで生まれ変わったんだよ」
俺とジークのお互い不満そうなやり取りにシルリシラは慌てて、俺はその頭を撫でる。
「大丈夫、喧嘩してるわけじゃないから」
「そう……なんですか」
「ああ。……そうだ、ジーク」
「んだよ」
「久しぶり」
「……ああ、久しぶり。ジオルド」
俺に背を向けたジークはフラフラと歩く。
随分と拳が効いたらしい。
「おい、フラフラじゃねえか。平気か」
「平気だ、平気。……ちょっと酔っただけだ」
「酔ったって……」
「俺は酒なんていくら呑んでも酔いはしねえけど、お前の言葉には酔えるんだよ。……今日は、いい夢が見れそうだ」
へらりとジークは笑って俺の方を見る。
「ここに来たってことは、住むのか? 今日は泊まっていくよな」
「ああ、いや、塩を買いに来ただけで……。近いうちに王都……いや、都の方に行くな」
俺の言葉にジークの表情が固まる。
「都……。じ、ジオルド!? お前、俺じゃなくて別の奴を取るのか!? ここに来たのに!?」
「キモい反応するなよ……。ジーク」
「友達だと、お前が言ったんだろうが!?」
おっさんが感情をむき出しにして振り返ってくる。
ブチギレてくるのもやめてほしいが、おっさんが面倒な彼女みたいな反応してくるのもやめてほしい。
「いや……あのな、ジーク……」
「マチか!? あの女か!? あの女のところにいくのか!?」
「仲間をあの女呼ばわりするなよ……」
「俺の方がお前のことが好きなのに!」
「やめろ……。マジでそういうのやめろ……」
そういや、ジークって結構こういうところある奴だったな。と思い出す。
俺はため息を吐き、周りを見回す。
「……もう貴族の真似事とかやめとけよ。町人が心配してたところを見るとそんなに嫌われてなさそうだからこれ以上は怒らないけど」
「ああ、それより……あー、何から話そうか。他のやつは知ってるのか?」
「アルガぐらいだな。あと、この子」
シルリシラはぺこりと頭を下げる。
俺の言葉を聞いたジークはアルガの名前を聞いて眉を顰める。
「アルガか……」
「アルガと何かあったのか?」
「アイツは……アイツは、ジオルドが何かを分かってねえんだ!」
「お前が言うとちょっと粘着質で気持ち悪いけど、アルガがジオルドが何かを分かってないのはその通りすぎるんだよな」
「なんであんな奴がジオルドの影武者に選ばれて、俺が予選落ちなんだ!」
そんな大規模な選考したんだ……。俺の影武者。
「まぁ……お前は傭兵団の団長やってたこともあってこういう役職をつけたかったんだろ。人材不足だし」
あと背格好が違うとも言おうかと思ったが、見た目に関してはピンクアフロの方が違うので黙っておく。
「さて、俺の家だ!」
着いたのは案外普通の庶民的な家。
あの建造中のやたらデカい屋敷を見るにもっと派手な生活をしているのかと思ったが……。
それにしては、町民は切羽詰まっていたり。変な物価の上がり方のように思う。
「どうした?」
「いや、てっきり豪奢な生活でもしているのかと思ってな」
「してるだろ。宝石とかいい酒とか」
いや、まあ……それはそうだが、程度はしれている。何か別の理由があるのか?
例えば、港町だから海の魔物とか。
「なぁ、ジーク、海に何か……」
俺がジークに尋ねながら家の中に入ると、正面にデカデカと生前の俺の絵が飾られていた。
「……」
「ん? どうかしたか?」
「どうかしているのはお前の頭だと思う」
「わっ! ジオルドさんです! いーなー」
「あっ、分かるか嬢ちゃん。腕のいい絵描きに描いてもらったんだ」
……なんだろうか。
ジークに正体を明かしたことを猛烈に後悔している。
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