第15話:数ヶ月後
ダメージを受けると爆発し、どこからともなく復活する謎の少女シルリシラ。
彼女の存在は親父の「まぁいいか!」の一言で気にされないこととなり、同じ家に住むこととなった。
まぁ親父からしたら、革命から逃げてきた王妃を妻にしている時点でそれよりも衝撃的なことなどないのだろう。
畑に戻った父を見送った母の、愛おしそうに少しの時間離れることを惜しむかのような視線をジッと見ていると、母は俺の目に気がついたような照れた笑みを浮かべる。
惚れ込んでるなぁ……。
「どうしたのですか? ジオくん」
「いや、幸せそうだなと思って」
母はシルリシラと姉にお茶とお菓子を出して、それを食べるのをニコニコと見ながら俺の言葉に答える。
「うん。幸せですよ。世界の誰よりも。お父さん、すごくかっこいいですから」
惚気てるなぁ。
「……ジオくん、秘密なんですけどね。お母さん、実は昔、お姫様だったんですよ」
イタズラそうな母の言葉に思わず咳き込みそうになるのを堪えながら、コクリと頷く。
「ああ……まぁ、見てたらなんとなく分かるけど」
村の人も革命の直後に身重のままひとりで逃げてきているところを見ているだろうし、ジオルド・エイローの影武者であるアルガも頻繁にきている。
村人の誰も口にはしないが分かっている、公然の秘密というものだろう。
「ジオくんは賢いですね。……幼いときから、ずっと怖かったんですよ。街を見て自分達を見て、思ったんです。「ああ、こんなことがいつまでも続くはずがない」と」
母はお菓子に夢中になってほっぺたを汚している姉を見て愛おしそうに笑う。
「でも、だからどうすればいいかも分からないまま流されて生きていたんです。それからジオくんが知らないある人に助けられて、お父さんに出会ったんです」
ある人……か。アルガが俺の影武者というか、偽物であることには気づいていたんだな。
いやまぁ、そりゃそうか。
逃げるときそれなりの時間顔を合わせていたしな。
懐かしむような、悼むような母の表情。
「お父さんは、私が知らなかった『ちゃんとした人』でした。隣人を信じ、助け、愛して、信じられて、助けられて、愛されて。本当にかっこいいなぁって」大好きになったんです」
「……ああ、親父殿はそういうところかっこいいよな」
俺がなりたくてなれなかった人間だ。
革命の英雄と誉めそやされても、結局のところ、俺がやったことは暴力に対してより強い暴力をぶつけただけだった。
新たな世界を作ることも出来ず、気に入らないものを気に入らないと暴れて……。ほっぽり出して親友のニクスに全て押し付けて死んだ。
俺は親父やニクスのような、何かを積み上げる人間にはならなかった。
後悔。
後悔。
けれど俺に「ジオくんは食べないの?」とお菓子を差し出してくれる姉を見ると、たぶん今あの日に戻れたとしてもまた繰り返すのだろうなと思ってしまう。
「俺は結構色んなところに顔出して色々もらってるから……あー、いや、ちょっとだけもらうな」
「はい、どーぞ。難しい話してるの?」
「いや、お父さんのことを褒めていただけ」
甘い菓子の味を確かめながら、姉の顔を見る。
前世で俺が守れたのはたぶんこの子ぐらいなのだろう。
「……姉御、俺さ、しばらくしたら都の方に行くんだ」
「へ? 都?」
「ああ……お土産、何がいい?」
「んー……お菓子?」
「それは……腐っちゃいそうだな。まぁ、何か良いもの探してくるよ」
そう言ってから立ち上がる。
「母さん、姉御、あとシルリシラ。ちょっと走り込みしてくる。試験があるらしいし、旅に向けて体力つけたいから」
「はーい、いってらっしゃい」
外に出て村の周りを走る。
すぐに息が切れて顔に汗がまとわりつく。
少し歩いて休んだあと、また走ってと繰り返す。
……鍛えるのは好きだ。強くなるとそれだけでなんとなく安心感がある。
◇◆◇◆◇◆◇
この体に生まれ直してからそろそろ十年ほど経ったか。
前世の記憶を頼りに効率的に身体を鍛えて魔法を覚え直して、長旅の備えもバッチリである。
あとはアルガが迎えにくるのを待つだけ……と言いたいところではあるけれど、懸念はある。
当然、シルリシラのことだ。
「結局、よく分からないんだよなぁ。アレ」
俺と結ばれるために地上に降りてきた戦女神……との自称ではあるが、流石に「はい、そうですか」と納得出来る内容ではない。
俺が転生したのも行き違いになったシルリシラと会えるようにという他の神の図らいとのことだが……まぁそれも証拠などはない。
ここ数ヶ月シルリシラを警戒して見ていたが、時たまダメージを負って爆発することがあるぐらいで妙な動きはなく、姉の遊びに付き合うなどして割と村に馴染んでいる。
「調子はどう? ジオくん。試験受かりそう?」
手に持った氷剣を軽く振って落ちてきた木の葉に冷気を伝える。
その木の葉が落ちる前に掴みシルリシラに手渡す。
「それなりに好調だ」
「木の葉の葉脈だけが残って……えっ、これどうなってるんですか?」
「魔力の操作で、葉脈にだけ冷気を伝えず残りを凍らせて割ることで、柔軟性のある凍ってない葉脈だけ残す。……という、まぁ宴会芸みたいなもんだな」
昔はもう少し細い葉脈まで残せたが、今はこの程度……かなり精度が落ちている。
技量もそうだが、それ以上に魔力が有り余っていてそのせいで自分の力を操り切れていない。
かつては魔法の名家の貴族の持つ魔力を羨んでいたものだが、強い力はそれはそれで持て余すものらしい。
氷剣を地面に突き刺して、印を結んでその剣に闇属性の魔力を込める。
「──暗氷剣【小鳥の啄み】」
氷の剣が黒色に染まる。俺がそれを掴んで森の中にぶん投げると、そこにいた鹿の脚に突き刺さる。
本来ならば痛みに鳴いて慌てて逃げ出すはずの鹿は何事もなかったように近くの植物を食む。
そして唐突に動かなくなり、バタリと倒れる。
闇の魔法により、苦痛を取り除くことで氷に貫かれた痛みも体を凍らされていく苦しみもなく、攻撃されたことに気がつくこともなく落命に至らせる。
「上々。よし、じゃあアルガが来るまでに旅の準備を終わらせるか。猟師の爺さんのところまで持っていって解体してもらおう。……とは言え、重そうだな。姉御や母さんなら軽く持つんだろうけど」
自分の身体よりも大きい鹿を持ち上げて村を歩く。猟師の爺さんの家に行くと、薪割りの用意をしていた爺さんが驚いたようにこちらを見る。
「おお、ジオ。それどうしたんだ?」
「訓練してたらいたから獲ってきた。最近畑を荒らしてたやつだと思う。旅の保存食にしたいから解体してくれ」
「それはいいけど……。あー、塩漬けか」
爺さんが手に持っていた斧を借りて、代わりに薪を割っていく。
「塩漬けだと何か問題あるのか?」
「最近やたらと高くてなぁ」
「近くの港町から買ってるだろ? 枯渇するようなものとは思えないけど。……そういや、最近食卓に魚も見ないな」
薪割りをしているのを面白そうに見るシルリシラに下がるように言いながら、ふと考える。
塩と魚がやたらと値上がり……。特に最近災害があったなどは聞かないし……。
「あれ? これ、港町の方、結構なんか変なことになってないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます