第13話:祝福

「あと……あー、仮に本物のシルリシラだとして。たぶん、勘違いしている。俺は英雄なんかじゃないよ。単にやりたいことをやっただけの普通の人だ」


 薄々、彼女が本物の神であると納得してしまっている自分に気が付きながら、ゆっくりとそう告げる。


「君のそれは誤解だ。俺は大それた英雄じゃない」


 そんな俺の言葉に、シルリシラはクスリと笑う。


「んー……そうだね。人……それを知るときにさ、何を観察すればいいと思う?」

「人? 何の話か分からないけど、そりゃ人間を見るしかないだろ」


 彼女が近くにいた小鳥を手招きすると、鳥がぴょこぴょこと跳ねて彼女の足元にやってくる。


 彼女は逃げもしない鳥を手ですくい上げて、愛おしそうにその羽を撫でる。


「正解は、鳥を見るんだよ。人という生き物を知りたいのなら。それを知らないと、人には翼がないことも、器用な手があることも、地を駆ける脚があることも、知ることが出来ない」


 少女はコテリと首を傾げる。


「君はなんで『普通の人の人生』を知らないのに『英雄の人生』を知れるんだい」

「……面倒くさい話は学者先生としてくれ」

「仕方ない人だ。でも、あともうひとつ……」


 ピンっと少女は指を立てて不服そうな目を俺に向ける。


「僕は英雄が好きなんじゃなくて、君が好きなんだ。そこのところを勘違いしないでほしいね」


 俺を見つめる青い瞳に押されて頷かさせられる。


「……それこそ、過分な評価だ。英雄が好きな方がまだ分かる」

「そうかな? ん、じゃあ、僕の他に君を好きな人はいないんだ。んふふー、独り占めだ」

「……はいはい、分かった分かった」

「えっ、結婚に同意してくれた?」

「してない。……というか、ついてこられてもなんて紹介したらいいんだよ」

「戦女神シルリシラでいいよ」

「無理だろ……誰が信じるんだよ」

「今のところ、ふたりとも信じてくれたよ」

「……確かに」


 いけるのか? もしかしていけるのか?

 ……とりあえず、今夜の宿もないのにほったらかしにするわけにもいかないか。


 まずは一番事情を知っているアルガと話をしようと考えて彼女を連れて村を歩く。


 珍しい白く長い髪が人目を引くのか、村人がチラチラとこちらを見ていることに気がつく。


 それをあまり気にしないまま畑に行くも見当たらず、兵舎の方にくるが今はいないようだ。

 他の兵士から村長宅に行ったとの話を聞いて……と、たらい回しにされていると、村の中でピンクのアフロがこちらに向かって全力でダッシュしてくる。


「せんぱっ! せんぱっ! ぜんばぁぁぁあいいい!!!!」

「えっ、こわ……」


 ピンクアフロが俺の肩を掴んだと思うと、全力で首を横に振る。


「えっ、なに? なんなんだ?」

「ダメっすよ。マジで。先輩。いくら子供好きとは言え、ダメです。子供に手を出すのはダメっすよ」

「完全に勘違いされてる……。というか、お前……俺のことそんな風に思っていたのか……?」

「……? 先輩は……ロリもショタもどっちもいけるタイプっすよね?」

「も、ものすごい勘違いを受けている。いや、違うからな。普通に好きなだけだから、守る対象として」

「ん、んん? 分かってるっすよ? 先輩は普通に子供の方が好みなんすよね?」


 アルガはピンクアフロを傾げる。

 そのアフロ引きちぎってやろうか……。


「あのな、俺はロリコンじゃない」

「でも、この子を連れまわしてデートしてたんですよね?」

「いや、デートでは……」


 アルガはシルリシラに視線を合わせて話しかける。


「ジオルドくんとはどういう関係でヤンスか?」

「恋人だよ。いつか結婚するからフィアンセかな?」

「先輩っ!? やっぱりロリコンじゃないですか!?」

「お、落ち着け。冷静に考えろ。この子、この村で見たことあるか?」

「……攫ってきました?」


 やめろ……。尊敬する先輩に対してそんな目を向けるな。


「あのな。信頼しあっている仲間と、初対面の少女、どっちを信じるんだ?」


 アルガは俺と少女を交互に見て、俺に言う。


「先輩。いくら可愛くても子供に手を出すのはよくないっすよ」

「はっ倒すぞバカアフロ」


 俺はため息を吐いて、それから周りに人がいないことを確認してからもう一度アルガを見る。


 なんでピンクアフロだし、アフロの上で鳥が寝てるんだよ腹立つな。と思いながらシルリシラを見る。


「……戦女神のシルリシラを名乗っている」

「……へえ」

「話したこともないはずの俺の前世について知っていたことと、魔法とも違う超常現象を起こしたこと。敵対心などはなさそうであることから……神でなくともシルリシラではあると判断して、とりあえず相談しようと」


 アルガは俺の言葉を咀嚼するように頷き、頭の上の鳥を軽く撫でてから口を開く。


「……戦女神シルリシラが先輩に嫁ぎにきた。というのは、なんら違和感のない自然なことではありますね」

「えへへ、でしょー?」

「けれど……信頼しろと言われても難しいですね」


 アルガは一瞬手を俺達から見えない位置に隠す。


「アルガ、やめろ。子供だぞ」

「……っすね。分かってるっすよ。あー、というか、どうやってここに来たんすか?」

「んー、説明は難しいけど、近くに降りてきた感じかな。こう……自然の中のものの中に自分を集めて入り込むみたいな……。それを人間風に言うと、徒歩できた感じ」

「徒歩……そうなんすね」


 微妙な空気が流れて、それを誤魔化すようにアルガが口を開く。


「戦女神シルリシラ様が、英雄ジオルド・エイローを伴侶として迎えにきた。……で、どうするつもりですか? 連れて行く、というのは」

「警戒しなくていいよ。アルガ・シェンドロン。無理矢理連れ帰ったりはしないさ。僕にとって今は観光旅行の途中……いやハネムーンのようなものだからね」

「なら……いいか。先輩も嬉しそうだし」

「よくはないし、嬉しくもないからな」


 アルガの剣呑な雰囲気はなくなって、いつものアホのアフロに戻る。


「それで、シルリシラ様はどうするんですか?」

「えっと、ジオルドについて行こうかなって」

「というわけで……まぁ、本物かはさておき、子供を放置するわけにはいかないし、どうしたものかと思ってアルガを探していたんだ」

「なるほど……。つまり、先輩が初めての彼女に浮かれて村中に引き連れて自慢しまくってたって感じっすね」

「何ひとつ合ってない」

「まぁ後輩として応援しますよ。仲間内での飲み会の時、毎回「アイツ最後まで恋人作らなかったよな……」と話題になってたぐらいなんで嬉しいっす」


 俺の死後に陰口を叩かれてる……。


「みんな……思ってたんすよね。ジオルド先輩、すっげー誰からも尊敬されてるのに、ずっと小さい女の子から貰った花とかを大切にしていて……筋金入りの人だなって」

「今生の使命が生まれたな。そいつらをしばく」

「俺は二人のこと……一人と一柱? のことを応援してるから……!」

「まずはお前からだな。しばくのは。……まぁそれでどうしたものかと……。アルガから話してくれたらウチに泊まるのも大丈夫だろうけど、問題は都までの旅がなぁ。流石にそこまで歩かせるはのは子供にはしんどいだろうし」


 俺も相当体力的に厳しいだろう。

 子供の割には鍛えているが、それでも旅は過酷だ。人間ではないとは言えど子供の女の子の姿のシルリシラをついて来させるのは気が引けるし、無視してほったらかすわけにもいかない。


 俺がどうしたものかと悩んでいると、アフロ野郎が不思議そうに俺を見る。


「あれ? 知らないんすか?」

「何がだ?」

「いや、最近都との行き来がかなり楽になったんすよ? そうじゃなきゃ、先輩がいるとは言えどもここまで頻繁にこの村に来たりはしませんよ」


 アルガは自慢げにそう言ってから指を立てる。


「楽になったって……」

「その様子じゃ、本当に知らないんすね。鉄道」


 鉄道……? 鉄の道?

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