第12話:本物

 村の小さな教会に行き、並べられた椅子に座って手を結んで祈りを捧げる。

 そうしてしばらくしていると、俺の隣に誰かが座り、俺は顔を上げる。


「お祈りにきて関心ですね。ジオルドくん」

「……神父様」

「何かお悩みですか?」

「悩みというわけでもないですけど、どうかしましたか?」

「足が少し斜めを向いていたので、主神様に顔負けが出来ないことをしてしまったのかと」


 ああ、そういうことか。

 俺はその斜めに座ったまま首を横に振る。


「戦女神シルリシラ様に祈っていたので」

「なるほど。それでその向き。よく勉強していますね。ですがどうして戦女神様に? ……最近、ジオルド様に魔法を習っているようですが、戦女神様は戦いを望んではおられませんよ」


 戦いに憧れる幼子を説く言葉。


「シルリシラ様は、冬と夜の女神でもあり、それは戦士が休むための時を与えるため、主神様に嘆願したためであるとされます」

「あー、いや、別に戦いたいとか英雄に憧れてるとかではなく、その夢に出てきまして」

「シルリシラ様が? ふむ……氷と闇の属性を持つ、ジオルドくんなら、そういうこともあるのかもしれませんね」


 子供に対するものなのか、それとも悩める信徒に対するものなのか。

 神父は納得したようなフリをして頷く。


「それで、何かお告げは受けられましたか?」


 ……シルリシラ様が俺のことが大好きで、俺の前世を知っていた……とは、まぁ、夢の話でも聖職者には言えないか。

 けれども嘘をつくのも……と、考えて、それから少し曖昧に話す。


「シルリシラ様が言ったのは、掻い摘むと……俺のことを見ていたと。愛している。しかし俺の命には使命がない。……みたいな感じでした」


 神父は少し驚いた顔をして、それから頷く。


「ジオルドくんは、神童だと思います。腕力も魔法も頭脳も、他の子供とは比較にならないと」


 まぁ……中身は子供じゃないしな。


「けれども、何かを果たそうと生き急いでいる姿は私も心配に思いました。シルリシラ様もそう思い、会いにきたのかもしれません」


 ……そんな感じだったか?

 神父様に言われたらなんかそんな感じだった気がしてきたな。


「冬と夜。戦士の休息を望むシルリシラ様らしい言葉をいただけたのですね」

「……そういうものですか」

「はい。そういうものです」


 神父と二人で少し笑い合う。


「まぁ、夢の話ですけどね」

「夢でも羨ましいものですよ。神様からのおお言葉なんて」


 そんな話をしていると教会の扉が開き、涼やかな風が入り込んでくる。


「ジオ、こんにちは、シルリシラだよー」


 ……神父様との話でいい感じにまとまりかけた、風邪の時に見るタイプの悪夢の話。


 あの夜、突然現れたかと思ったら爆発四散して跡形もなく消え去った美しい白い髪の少女が、風に髪を抑えながら教会へと入ってきた。


「……」

「……えっと、お友達ですか? ジオルドくん」

「いや、友達というか……」


 その夢に出てきた例の神様ですとは言えずにいると、彼女は俺の方にとてててと走ってやってくる。


「どうも、戦の女神のシルリシラです」

「……」

「……」


 一瞬の静寂。この空気どうしようか。

 そう考えていると神父がバタバタと慌てて立ち上がる。


「う、うわぁ!? 本物のシルリシラ様だぁ!?!?」

「いやなんでだよ。そう信じる要素ひとつもなかっただろ……!」

「あっ、違うんですか」


 急に落ち着くなよ。


「どうも、シルリシラです」

「う、うわぁ!? 本物のシルリシラ様だぁ!?!?」

「なんで信じるんだよ……!」


 夢であることにしたかった少女が俺にニコリと笑いかける。


「二回目だね、ジオルド」

「……そっすね。あ、あー……神父様が何故か信じて放心してるから、ちょっと場所変えないか?」

「ん? いいよ」


 混乱しながらも戦女神のシルリシラを名乗る少女を連れて外に出て、街外れの小屋の陰にくる。


 ……夢……じゃなかったんだな。

 おかしなことを言う少女と切り捨てるには、少しばかり気になるところが多い。


 爆発四散して消え去ったのは魔法と仮定しても、俺の正体を知っていることは明らかにおかしい。


 俺本人とアルガだけのはずだ。

 アルガも易々と教えることはないだろう。


「ええっと、君は……何故俺のことを知っている」

「ずっと見てたからだよ。頑張ってるなって。応援してた」

「……ハッキリ言って、突然やってきて神と名乗られても信用出来ない。何か証明出来るものはあるか」


 少女は俺の言葉に気分を害した様子もなく、幼い顔立ちを難しそうに歪めて「うーん」と悩ましそうな声を出す。


「神の国に来てもらうのが手っ取り早いけど、死ぬのは嫌だろうし……。ジオルドに合わせて人の身体にしてるから証明とかは……難しいかも」

「……じゃあ信用出来ないな」


 少女は少し考えたあと、コクリと頷く。


「それでも大丈夫だよ。いつかの日に神の国に来たら分かることだし。何より、君が君で、僕が僕であることが重要なんだ。それ以外は、大樹の枝先の葉がいくつあるかと問うようなものだよ」

「……よく分からないことを言う」


 少女は本当に気にした様子もなくニコニコと笑う。


「改めまして、はじめまして、僕はシルリシラ。神でも人でも、シルリシラだよ」

「……ジオルドだ。今はエイローという家名じゃないから、単にジオルドと呼んでくれたらいい」

「了解。ジオ」


 ……本物の神なんてものがいたとしても俺に会いにくるとは思えないので偽物だとは思うが、けれども人間離れした雰囲気を感じる。


 気を抜けば見惚れてしまいそうな、敬虔な修道女のような神聖な雰囲気の少女。


「それで、目的は」


 気を抜いてはならないと思って問うと、少女シルリシラは不思議そうに首を傾げる。


「会いたかったから会いに来ただけだよ? 強いて言うなら、一緒に遊びたいかな」

「遊び……って、子供みたいな」

「うーん、身体に意識が引っ張られてるのかも」

「……まぁ、悪意がないとしても……しばらくしたら都の方に行くし、旅の準備とかもあるから相手は出来ないぞ。というか、子供とは言えど突然村に現れた不審人物なわけだから」


 俺の言葉を遮るように、シルリシラはニコリと笑いかけてくる。


「もちろんついていくよ。僕は君と結ばれるために、この地上に生を受けたのだから」

「え、ええ……」


 少女は俺が話についていけていないことに気がついていないのか、ウキウキとした様子で話をする。


「行き違いがあったせいで遅くなっちゃったけど、これからは一緒だね」

「いや、そういうのはちょっと……」

「えっ、な、なんで!? 結構君の好みじゃないかい!? 僕の容姿は!?」

「いや、今は同じぐらいに見えるけど、精神的には流石に子供すぎるし……。それに突如として爆発四散する女の子はなんか違うというか……」

「神差別……?」


 神差別ってなんだ……?


「というか、都に行くの?」

「ああ、様子を見たいしな」


 俺の言葉を聞いたシルリシラはパタパタと落ち着きなく動かしていた手を止め、ジッと宝石のような瞳を俺に向ける。


「……ジオルド・エイローの物語は、もう終わったのだと、そうは思わないかな。この世界での居場所はどこかの片隅とは」

「この村を片隅とは思わないけど。役割は前の人生で終えたとは思う。観光旅行だよ、数年かもう少しか。……まぁ少し長くなるだけで」


 シルリシラを見てもう一度言う。


「この世界に生まれ直した。けれども、この世界に生きているというよりも、人生そのものが観光客のように他人事だ」

「……辛い?」

「いや、気楽でいいよ」

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