第11話:決意
村に帰り、アルガと共に畑仕事の手伝いをする。
間食に母がパンを持ってきてくれたのを揃って大口開けて食べる。
「いやー、英雄様に畑の手伝いをしてもらうなんて悪いなぁ」
「気にしなくていいでヤンスよ。都で書類と睨めっこするより、こっちの方が性に合ってるスから」
そういや、俺は街のスラム出だけどアルガは農村の出身だったか、昔取った杵柄というやつだ。
パンをモシャモシャと食べて、それからどう親父に切り出したものかと考える。
……この人のことを、俺はあまり理解しきれていない。
働き者で器が大きく人当たりがよく心が強い。
そういうところは知っているけれども、それ以上のところは知らない。……というか、意図的に隠しているように思える。
おそらく俺が子供だから、安心させるために弱みを見せないようにしているのだろう。
演技というと聞こえは悪いが、『頼れる父親』としてしか彼を知らないために、大きな決断についてなんと言い出せばいいのか分からない。
パンを齧りながら親父殿を見ると、彼は俺をジッと見てそれから口を開く。
「ジオ、お前は男だろう」
親父の端的な言葉。
俺が何を言いたいのか分かったうえで、それを促す……子供への言葉。
「……やるべきことがある。だから、やってきます」
「ああ、それでこそ俺の子だ。……ジオルド様、いつぐらいに連れていくことになりますか?」
アルガは少し考えてから口を開く。
「まぁ、魔法学校に年齢制限はないでヤンスから、いつでもと言えばいつでも。けど、一年ごとの入学試験を考えると、最短だと三ヶ月後でヤンスね」
親父は頷く。
「じゃあ、弟か妹が産まれるときにはもういないのか」
「ああ。……ん? えっ? ええっ!? ほ、本当か!?」
「おー、おめでたい。おめでとうでヤンス」
「いやいやいや、じゃあ家は出れないだろ。働き手が必要だろ」
親父は俺の頭をボンボンと叩く。
「なーに生意気言ってんだ。お前のときなんて姉ちゃんもまだちっこかったんだから、平気平気」
「いや……まぁ、そう……なのか?」
「いざとなったらお前のおじさんにも頼るから平気平気」
亡国の王弟を畑仕事に駆り出すなよ……。いや、まぁ叔父も遊び呆けているのよりかはマシかもしれないけど。
「三ヶ月……か。試験とかあるのか?」
「んー、まぁ、俺の……名前を使えば一発でヤンスよ」
「絶対、俺がそれをしないことを分かって話してるだろ」
アルガは俺の言葉に笑ってから頷く。
「ジオ坊ならそうッスよね。まぁ、ズルにならない範囲で試験について教えるでヤンスよ」
「それは助かる。……よし、とりあえずもうひと踏ん張りするか」
パンを飲み込んでまた畑の雑草を抜いていく。
……思えば、前世もスラムの出でマトモな親などいなかったことを考えると、俺の親父はこの人だけなのか。
年齢は同じぐらいなせいか、なんだか妙にこそばゆい気分だ。
「それより、あと三ヶ月となると思い残しとかないでヤンスか? 好きな女の子とか」
ガキみたいなことを……俺が子供に混じって恋愛やるとかだいぶかなりキツいだろ……。おっさんだぞ。
「おー、気になるな。誰かいないのかー? ほら、よく面倒見てくれたアイリスちゃんとかか?」
「ああー、近所のあの子でヤンスか。お世話してくれる歳上のお姉さんに初恋というのはあるあるでヤンスねえ」
いや……気分的には歳下の女の子だよ……。
おっさんにこの空気は厳しい。やめてほしい。
「まぁでも、ジオ坊はアレでヤンスよね。シスターみたいな聖職者にグッとくるタイプ」
やめろ。俺の性癖を親父の前でバラすのはやめろ。
「そういうそっちはどうなんだよ。というか、そろそろ年齢も年齢なんだから嫁をもらったり……」
俺がそう言うと、アルガは草をむしりながら、悲しそうな目を俺に向ける。
「モテないんスよね。何故か。英雄なのに」
「アフロのせいだろ」
「アフロは悪くないでヤンス。責めるなら俺を……!」
「いや、もうそのキャラもやめろよ……。普通にしてたらいくらでも恋人でも妻でも出来るだろ……」
「俺は……俺自身、ジオルド・エイローという人間を愛してくれる人と結ばれたいんでヤンス!!」
お前はジオルド・エイローではないし、ジオルド・エイローもアフロではない。
まぁ俺のせいで本名を名乗ることが出来ずにそういう関係を結びにくいとかもありそうだよな。
アルガはアホだけど真面目だし、相手が自分ではなくジオルドを求めていると感じたら身を引くだろう。
「まぁ、ボスにもせっつかれてるんで相手は見つけないとマズいでヤンスけどね。見合いを用意されかけてるでヤンスし」
「別に特に相手がいないなら見合いでもなんでもいいんじゃないか?」
「い、いや、まぁ……」
そう話していると、畑の向こうから誰かがやってくる。
「あっ、ジオルドさまー! こんにちはー!」
ブンブンと手を振ってやってくるのは、先程も話に出た近所の面倒見がいい少女のアイリスだ。
「遠くからピンク色で分かりやすいので来ちゃいました。ふふっ」
「そ、そうでヤンスか」
「あれ? 頭に鳥さんが……」
「森で鳥の巣と間違われてしまって」
アイリスは「ふふ、おかしいですね」と笑って鳥を見つめる。
ジオルドは少し困った様子をしながらもアイリスと話をして、去っていく彼女を見てため息を吐く。
「はあー……」
「……あー、その、えっ、もしかしてそういう感じなのか?」
「な、何がでヤンスか」
「いや……アイリスとそういう感じなのかと」
「ち、違うでヤンス。いくつ歳が離れてると思ってるスか」
革命時が17歳とかで、そこから10年ほどだから今のアルガは27歳前後……。
アイリスは20歳いかないぐらいだから……まぁそれなりに歳も離れているか。
「けど、まぁそこまで問題はないのでは? それぐらい離れている仲なんて珍しくもないだろ」
「いや、それに……あの子は小さい頃から知っているでヤンスから、そういうのはあまりよくないというか。それに英雄としての立場も……」
「ああ、まぁ、俺が産まれる前からの付き合いか。……けどそれはむしろ、損得とかよく分かってない子供のころから英雄関係なく親しく出来てるってことだしいいことかも」
というか……そういう風に諦める理由を考えている時点で考えてはいるのだろう。
「よし、俺が手伝ってやろうか」
「いや、いいでヤンスよ」
「なんでだよ。任せろ」
「いや……先輩、恋愛経験とかないでしょ……」
アルガは心底「何言ってるんだコイツ」という目を俺に向けていた。
「先輩、先輩」と慕ってくれていた前世の記憶と、悪友のような関係になっていた今世の記憶。
そのどちらでもない、冷めた表情。
……ないけど、なかったけど……!
でも、革命軍の仲間の女性とか、悪い貴族から助けた街の女性とかからは褒められたことがあるし……。
悲しさに目を伏せると、アルガは俺を見て呟く。
「悲しそうな目をしている……」
お前のせいだよ。
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