第7話:大放蕩
「あー、何か勘違いされてるみたいだけどさ。俺は君の味方だよ。英雄ジオルド・エイロー」
彼はソファに腰掛けながら「心外だ」とばかりに首を横に振る。
「一応、言っておくとね。僕は君よりも古参だよ。革命軍の仲間として先輩だ」
「……俺がアイツと共に作った組織なんだが」
「んー、いや、君がじゃないでしょ。ジオルド・エイローが……だよね?」
アルガの目が不自然なまでに反応しない。完全に表情を変えていないが……変わらなさすぎだ。これだと「表情を変えないようにしている」のが丸分かりだ。
「『キャシー・リーク』と名乗り、君達の手助けをしたのは革命の英雄『ジオルド・エイロー』と革命軍のリーダー『アイレスト・ルーブ』がふたりでいたときに「スラムの掃討が行われるから逃げた方がいい」と手紙を出したときだったね。本物のジオルドくんか、アイレストくんに聞いてみたらいい」
軽口のようにそう言う男の言葉に、俺は驚愕する。
……事実だ。事実だった。
数度、謎の人物から手紙を受け取っていた。
怪しさゆえに完全に間に受けていたわけではないが、結局最後まで事実しか書かれていなかった。
その内容からおそらく城のそれなりに地位のあるものと思われたが……まさか王弟だったとは考えてもいなかった。
嘘ではない。情報が漏れたわけでもなさそうだ。現に、革命軍でも重要な立ち位置にいるアルガが意味が分かっていない表情をしている。
こいつは、この男は……王弟の立場でありながら革命軍に情報を流し、革命を起こさせた。
自らの親族が死ぬように……仕向けた。
その男が義理の姉……俺はあまり詳しくないが、王族は血の保存のために身内での婚姻が多いので、義理ではなくとも親族だったろう。
「ああ、勘違いされたら困っちゃうんだけどさ、俺は家族想いなんだよね。これでも心を痛ませているし、悼んでいる。……けど、このタイミングしかなかった」
男は机の上に置かれた煎餅を齧る。
「革命は近いうちにいずれ起きた。あれ、キッカケは30年前に街道が出来上がったこと。丁度俺の産まれ年の産まれた日だ。俺は産まれたのと同時に革命は決まっていた」
「……街道?」
「ああ、街と街を繋ぐ街道。知ってるだろ? あれが出来たことで稀に旅行者が出るようになってな。その旅行者が自分の知ってる農業の技術を伝えたんだ」
「……農業の技術?」
「ああ、まぁ大半が役に立たないとか土地に合わないとかだろうけど。稀にちょっとだけ生産性が上がる技術が伝わるんだ」
それは……いいことなんじゃないだろうか。むしろ豊かになって革命からは遠ざかるように思える。
「数字は適当だが、百人で百十人分の飯が作れていた。あまりのやつは兵士をやったり、税金分だったり。それが百二十人分になったら、人手が余るだろ。んで、余った人手は別の仕事をすることになる。畑を開墾するのは手間だし食料が余るなら意味ないしな」
「……いいことばかりだな」
「案外、そうでもない。村から出る必要のある人間にとっては何もないところから仕事を探す必要がある。まぁ、普通に商人の小間使いやらの労働だが、村から出てきたやつは逃げ場もないからな。おおよそ、畑で働くのよりも環境が悪い。そこで働かない限り食いっぱぐれるからな。んで、商人たちが肥えていくわけで、王家や貴族とは別の権力者の台頭だ」
……覚えがないわけではない。金は力だということぐらい、学のない俺でも分かる。
革命の成功も商人の後ろ楯があってこそだった。
「商人が強くなれば元の権力側は相対的に弱くなる。お前らみたいなあぶれた人間が増えて国に対して反感を覚える。……まぁ、いずれは……だ」
「……そのいずれというのを早めた理由は」
「諸外国の状況を鑑みてのことだ。国が荒れた瞬間に戦争が起きたら全部終わるだろ。あと揃っていたのが大きい」
「揃っていた?」
「英雄と新たな王。ついでに腐敗した貴族の処分もついでに出来るしな。ほら、俺のまとめた資料も役に立ったろ? 悪いやつといいやつで分けてたアレ」
「……何もかもお前の手のひらの上だったとでも言いたいのか?」
ヘラヘラと笑っていた男が持っていた煎餅がパキリと割れる。
「……あー。……家族想いって言ったろ? 俺の手では誰一人助けられなかった。そもそも、誰が革命なんて望むかよ。……妥協に、妥協に、妥協に、妥協して。……妥協して、妥協して」
パラパラと細かい破片が男の手からこぼれ落ちていく。
「……だから、感謝している。ジオルド・エイロー」
軽薄な笑みのうちに、寂しそうな思いが見て取れた。
バリバリ、と、勢いよく煎餅を齧る。
「うし、じゃあ帰るか。目的は半分達成出来たしな。あんまり迷惑かけるのもよくない」
俺の叔父はそのまま立ち上がって外に出ようとして、アルガに止められる。
「待つでヤンスよ」
いつもの影武者をする気が感じられないアホみたいな口調。
一気に空気が弛緩して、へらり、アルガは笑う。
「危険な奴を放っておけないでヤンス。村から出るまでは俺から離れないように。……と、けど、取り急ぎ……お隣さんに預かっている子供を返してこないとダメだからついてくるでヤンスよ」
アルガはひょこりと俺を持ち上げて、叔父は俺を見て「えっ」と呟く。
おそらく、俺の年齢がどう考えても革命以後に出来た子供だからだろう。
「……あの時、まだ腹にいた子じゃないよな。流石に小さいし。姉ちゃん、再婚してるんだ」
「ども」
「うわじゃべった」
そりゃ喋るよ。
家に帰ると、畑仕事を終えたらしい親父が丁度泥だらけの靴を脱いでいたところだった。
「ああ、ジオルド様。またウチのが邪魔していたんですね。申し訳ない。……と、そちらの方は……」
「グリストール・リールレーブル。はじめまして」
親父は一瞬だけ考えた表情をしてからポンと手を打つ。
「グリストール・リールレーブル……ということは、義弟さんですね! うわー、挨拶が遅れて申し訳ない。ああ、そうだ、せっかくきていただいたんですし、地酒でもどうです?」
親父殿……亡国の王族って分かってるのにそういう感じなんだな。
メンタル強度どうなってるの? 怖くなってきた。
なんで英雄とか亡国の王族とかが目の前にいるのに、一番平常心なのが親父なんだよ。
「おーい、弟さんやってきたぞー」
そう言いながらどすどすと家の奥にあるいていく。
ノリが近所の親戚がきたときなんだよ。
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