第6話:王族

 ワイバーンの件で痛い目を見たが、村の中で堂々と魔法を使えるようになったのはよかった。


 余ったワイバーンの肉を凍らせて保存するという役割も得て、毎日魔法の練習をしながら村の役にも立てるようになった。


 一匹でも余るぐらいだったのに二匹分の肉ともなるとなかなか消費しきれず、かなりの量の肉の冷凍を維持する必要があるためいい訓練になる。


 氷剣を地面に突き刺して、無駄な凍結が少なくなるように範囲を意識しながら肉を保存している小屋に冷気を充満させていく。


 加えて、出入りのための扉は凍らないように細心の注意を払う。


 はじめのうちは小屋の周りまで氷付けにさせてしまっていたが、今はかなり制御も効くようになり無駄な凍結はなくなり、毎日一定の温度まで冷やすことが出来るようになっていた。


 最近は暑くなってきたのでサービスに村の広場に氷柱を立てて涼を取れるようにしておく。


 あとは暇つぶしに氷像でも作ってみようかと考えていると、母の優しい手が俺の頭を撫でる。


「ジオは本当に魔法が好きだねー」


 魔法が好き? 一瞬、母の言葉の意味が分からずにぼうっと顔を見返す。


 俺にとって魔法とは、反逆の象徴だった。


 かつて時代、魔法は王侯貴族にのみ使用が許されるものだった。

 魔法という分かりやすく強力な武力は、反乱の原因になりやすく、実際に俺たちが魔法の力を得たことで革命が成った。


 魔法とはかつての王侯貴族の象徴であり、庶民の苦しみの原因であり、反逆と革命の旗だ。


 ……魔法に対して好きかどうかなんて考えてすらいなかった。


 どうなのだろうか。母に手を引かれ村を歩きながら考える。


 俺の好きなもの。

 かつての仲間、子供の笑い声、可愛らしい猫、温かい寝床、柔らかい粥。


 その中に魔法が入るだろうか。

 自分の小さな手を見る。


「……好き、かもしれない」


 俺の呟きに母が反応する。


「えっ?」

「魔法。好きなんだと思う」


 母は少し驚いた顔をしてから俺の頭を撫でる。


「そっか。じゃあ将来は宮廷魔術師……はもうないから、魔法学者さんかな」

「魔法学者……」


 誰もが使える便利な魔法を使ったり……と、考えると少し心惹かれるものがある。


 優しそうに笑う母を見て頷くが……俺はこの村から出ることは出来ないだろう。


 王と王妃の血を引いている姉ほどではないが、俺も王妃の血を引いていて政治的に問題のある存在だ。


 半分は村の男の血だが、それでも唯一残された王家の血筋の男児と考えると、殺されずに村で監視されているだけなのはあまりにも温情だ。


 学者なんてなれるはずもなく、この村で大人しく過ごすしかないし、そうするべきだと俺自身も思う。


 ……せっかくの新しい人生と思いはするが、国の安定と比べられるはずもない。


 魔法の訓練なら村でも出来ることだし、さっさと諦めるとしよう。そうするべきだ。


 それからも魔法の訓練は毎日続けていく。


 小屋の冷凍と涼を取るための氷を出すことに加えて、魔法の精度と練度をあげるために氷像を作る。


 単純な形の氷像から始めて、少しずつ複雑な動物や魔物の像などを魔法で作っていく。


 幼い体では出来る仕事も少なく、毎日かなりの時間がやることがなく暇なのもあって、多くの時間を魔法に費やした。


 そのおかげか、魔法に関してはかなり昔の感覚を取り戻せたように感じる。


 夏が過ぎて、秋が来たと思えば、冬が来て。

 争いばかりの毎日だと一日一日が長かったのに、転生して子供になってからは風が吹くように季節が流れていく。


 毎日、仲間の誰かが死ぬような日々と比べて随分と穏やかだからだろうか。


 うたた寝のような心地よさに揺さぶられる春。


 村に珍しい来客が訪れた。


 俺がいるということもあってか村に来る頻度が増えたジオルド・エイロー(偽)と、特に会話もなくジオルド煎餅をボリボリと齧っていると、村長が見慣れない男を連れてやってきた。


「おお、村長殿。村長殿もどうでヤンスか? ジオルド煎餅」


 アルガは最近ハマっているらしい菓子作りで作り過ぎた煎餅を村長に勧め、村長は歯が悪いからと断って本題に入る。


「こちらの方が、ジオルド様に用があるということでしたのでお連れさせていただきました」


 村長の後ろにいた男はへらりと笑う。

 パッとその男を見たときの感想は「妙な格好をしている」だった。


 おかしな服ではない。

 むしろ生地も仕立ても良さそうな質のいい服だ。


 けれども、その服の着方が雑だ。

 ボタンは締まり切っておらずはだけていて、袖も片方だけ腕まくりされている。靴は踵を踏み潰してサンダルのようになっていた。


 古びた服というわけでもなく真新しい。なのに、あまりにも雑な扱いだ。


 高級品をちゃんと使っていないという装い……だが、どこか慣れた空気を感じる。


「……オイラがジオルドでヤンスよ。何用でヤンス?」


 アルガも少し警戒した様子で男を見る。

 どうやら知り合いという風ではない。


「あー、姉に会いにきたんだけど、先に英雄さんに挨拶しとかないとマズいかなって」

「はぁ……お姉さんにでヤンスか。案内するでヤンスよ」


 アルガがそう言いながら立ち上がろうとし、男は手振りで「大丈夫だ」と伝える。


「どこにいるのかは知ってるんだ。隣の家に──」


 その言葉を聞いた瞬間、アルガは表情を一切変えぬまま強烈な殺気を放ち、近くにいた村長がびくりと震える。


「……名前は」


 男はへらへらと軽薄な笑みを浮かべながら答える。


「グリストール・リーンレーブル。流石に英雄様は知ってるだろ?」


 その名前は……俺も、あまりにもよく知っていた。


 リーンレーブル……その家名は、かつてのこの国の王族にのみ名乗ることを許されたものだ。


 そして……この兵舎の隣は、当然、俺の住んでいる家であり……そこにはかつての王妃である俺の母が住んでいる。


「……少し、言葉を選んで話してもらいたい。妙な冗談のひとつでも口走れば、君を切らねばならなくなる」


 ふざけたヤンス口調とは違うアルガ本来の言葉遣い。彼……俺の叔父に該当するその男はへらりと笑う。


「噂通り、優しい英雄様だ。まだ切らずにいてくれるなんて。……と、まぁ、けど、俺が生きてるのは知ってたろ? 王族の中で唯一、俺だけ処刑を免れたことも」

「……ああ、商人どもの嘆願のせいでな」


 あの革命時、唯一……多くの契約と制限をかけられながらも、生き延びた王族。グリストール・リールレーブル。


 元々廃嫡されていたことやとんでもなく市井や王城や貴族間での評判が悪く政治的な問題にはなりにくい人物であること。

 革命で役に立った商人達の猛反対があったこと。


 などなど、いくつかの要因により、唯一死刑を免れた王族だ。


 稀代のバカ王子。

 ついた渾名は「大放蕩」「綿烏」「明夜の道」。


 ……それが、この軽薄な男だ。


「大放蕩──グリストール・リールレーブル……! 何をしにきた……!」


 アルガの明らかな怒気。

 王族という立場を利用して遊び呆けていたこの男に対する怒りはあるだろうが……おそらく、けれども、今はそれ以上に俺や母や姉に影響が出ることを恐れてのことだ。


 叔父であるこの男が余計なことをすれば、俺たちの存在が国にとって危険なものであると判断されかねない。


 情け深いアルガは、親交のある者に被害が及ぶ可能性を嫌っているのだろう。


 叔父の男は首を横に振る。


「いや、普通に残った親族に会いたいってだけだよ。だから、姉に会う前にちゃんとこうして話をしにきたわけで」


 疑われるのは心外とばかりに叔父は言う。


「……そんな調子でよく生きてこられたな」

「逆だよ、逆。遊びまくってたから生き延びられたんだよ。俺だけ。俺が王族の信用を担保にいくら借金してると思ってるんだ。貸してる商人が反対するに決まってるだろ?」

「……革命が起きるよりも遥か前から遊び呆けていただろうが」


 アルガがそう言うと、男はアルガを嘲笑うかのように口角をあげる。


「そりゃ、革命が始まったら金を貸してくれるわけないだろ。国のシステムが限界を迎えていたんだ。革命が起きるのは遅かれ早かれ、だ。まぁ、もうちょっと長持ちするとは思ってたけどな。腐っていても軍事力は本物だった」


 ……つまり、この男は……革命が起きると遥か前から分かっていて、それを潰すでもなくただ傍観者として眺めていたということか?


 ……気色が悪い。と、感じた。

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