第5話:死闘
竜は頭の良い生き物だ。
それは亜竜であるワイバーンも同様であり、その賢さゆえに過剰な警戒をしてしまう。
脆く細い氷の鎖なんてものは大した意味もないものだが、その知性のせいでいちいち全てに反応して弾き飛ばしていく。
時間は十分に稼いだ。ワイバーンが過剰な警戒をしているうちにこの場から退却して──と考えていると、視界の端に先ほどの子供の姿が見える。
「じ、ジオ坊ー!」
すぐにその子供が俺を心配して引き返してきたのだと気がつき血の気が引く。
ワイバーンが子供の方を向いて動こうとする。
──マズい。マズいマズいマズい!!
子供に向かおうとするワイバーンの上に飛び降り、木々を払ったときに出来た傷に全力で氷剣を突き刺す。
既にある傷の上からグリグリと深く突き刺し、そこに魔力を注ぎ込んで内側から凍てつかせようとするが、嫌がったワイバーンが身体を揺さぶって俺を払い落とす。
俺の小さな子供の体が木の幹に叩きつけられ、パキリとどこかしらの骨が折れた音が聞こえる。
鋭い痛みと苦しさ。一瞬で視界がチカチカと飛び平衡感覚が失われていく。
その感覚には慣れていた。
指先を動かして自分の額に指を当てる。
闇属性の幻覚魔法により痛みと苦痛を麻痺させて、無理矢理感覚を正常に戻して立ち上がる。
強引に立ち上がりながら、パキリパキリと氷を身に纏い、身に纏った氷を操ることで身体を動かす。
ワイバーンの振るった尻尾を跳んで避け、木の枝を掴んでそれに氷を纏わせながら顔へと投げつける。
ワイバーンの目に凍った枝と葉が張り付き視界を封じる。すぐに潰されるだろうが、一瞬の時間を稼げたらいい。
氷により空中に道を生み出しながら駆けて、ワイバーンの背中に刺さったままの氷剣を掴み、自分の腕ごと氷を侵食させていく。
肉の内部に伸びてくる氷に苦しんで身体を大きく動かし、俺を背中から吹き飛ばそうとするが氷で固定されている俺が背中から剥がれることはない。
けれど、細く小さい腕が振り回される勢いに負けてバキリと肘が折れる。だが、それでも魔力を氷剣に注ぎ込み続ける。
ワイバーンは傷口を広げていく氷の剣に命の危険を感じたのか一層大きく暴れるが、俺は決してそれを離れずひたすらに氷剣を巨大なものにしていく。
俺を潰すためか無茶苦茶に木々にぶつかりながらワイバーンは跳ねまわり、細かい枝に全身が刻まれるが、闇属性の魔法で強引に意識を繋ぎ止めて、氷属性の魔法で身体をワイバーンの背中に繋ぎ止める。
ワイバーンはめちゃくちゃに吠えて森から飛び立って逃げようとし、その際に大きめの枝に深く肌が引き裂かれていく。
空へと逃げるワイバーンだが、散々氷魔法で冷やされた身体はマトモに動かないのか、それとも氷剣が深く刺さり巨大になって重量があるからか、上手く飛ぶことが出来ずに地面へと落ちる。
衝撃が全身を傷つけるがそれでも魔力を注ぎ続け、ついにワイバーンの身体がプツリと息が切れたように動かなくなった。
それに合わせたように俺の魔力も使い果たして、闇属性魔法で消していた苦痛が蘇ってくる。
全身の内側から外側まで、無事と呼べる箇所がひとつとしてない。
これはマズいと考えていると、人の足跡が聞こえてきてピンク髪のアフロという姿の狂人が顔を出す。
「ジオ先輩! 大丈夫ですか!?」
「ん、ああ……アルガか」
意識を気合いで引き留めながらアルガの方を見ると、アルガは慌てて俺の元に駆け寄って、俺の身体を固定していた氷魔法を溶かして俺の身体を支える。
「ッ……なんて無茶を……」
自分の感覚ではもはや自分の体がどうなっているのか分からないが、アルガの様子を見るによほど酷いことになっていることは分かった。
「はは、悪い。あー、やっぱり、俺はあんまり英雄にゃあなれねえな。この程度の相手にこのザマだ」
「……先輩が英雄じゃなければ、この世界に英雄なんていませんよ。誰が倒せるんですか、こんなに小さい体でワイバーンなんて」
「……褒めすぎだ。ああ、アルガ」
アルガは俺の身体を抱えながら揺らさないように村の方に向かって歩く。
俺は折れていない方の手を伸ばしてアルガの頭に触れる。
「よくやった。お前がいてくれてよかった」
アルガは一瞬だけ驚いたような、惚けたような表情を浮かべてから、少しシワの入った目元からボロリと涙を溢す。
「えっ、あ、ど、どうした!?」
「なんでもねえですよ。……ジオ先輩、本当に……死んだって聞いたとき、どれだけの人が泣いたか分かってます」
「……えっ、い、いや」
「よかった。本当に。生きていて」
大の男の涙。
俺は彼に抱えられたまま、冷えた空気を吸う。
「悪い」
今、こうして大怪我をして死にかけたことに謝っているのか、あの日折れずにワガママを通して死んだことを謝っているのか。
分からない。
俺にはそれが分からないけれども、たぶん、俺が間違えていたのだろうなということはよく分かった。
少しして意識が途絶える。幼い体に無理をさせすぎたのは考えるまでもないだろう。
◇◆◇◆◇◆◇
祭りの喧騒の中、目を覚ます。
全身の傷は適切な手当てを受けたのか痛みは少しだけマシになっていて全身包帯まみれだ。
こりゃ動けないな。と考えていると、父親とアルガの声が聞こえてくる。
「──はい」
「……責める、なんてことが出来た立場じゃありません。ジオルド様がいなければ、あの子もこの村ももっと酷いことになっていたでしょう。感謝しかありません。……ですが、あの子は全身に凍傷を負っていました。……どういう状況だろうとジオルド様には感謝しかありませんが、凍傷の原因について教えてもらうことはお願い出来ませんか」
……アルガが親父に詰められていた。
いや、まあ理由は分かるし、そんな責めるような口調ではないが……メンタル強……とドン引きしてしまう。
まぁ、ワイバーンは魔法なんて使えないし、凍傷の原因がアルガにあると勘違いしても仕方ないだろう。
アルガも俺が魔法を使えることを隠すべきなのか迷っているようで、どうにも上手く説明出来ていないせいで余計に不審な様子になっている。
「い、いやぁ、その、それは……」
と、困っている様子のアルガを見ながら俺はなんとか声を出して父親の目を引いてから指先で印を作って小さな氷剣を生み出す。
「ッ目を覚ましたのかジオルド! それにその魔法は……!」
父親は俺の様子を確かめたあと、アルガに平謝りをする。
どうやら俺が自分の魔法で凍傷を負ったことに気がついてくれたらしい。
起き上がって状況を説明することは難しく、もう一度気絶するように眠る。
それから魔法の薬を飲んで豪勢な食事を摂っているうちに身体は徐々に治っていき、完全に治りきった頃にはこんなにも小さいのに魔法を使えるようになった村一番の天才という扱いを受けていた。
……普通の村人として今世を過ごすつもりだったのに、完全に失敗したな。
流石にワイバーンを倒したのはアルガということになっていたが、氷を出して足止めしたところは子供に目撃されていたせいで、魔法の大天才という称号は回避しきれなかった。
……まぁ、堂々と魔法の練習出来るようになったのでプラスと考えようか。
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