第8話:戦の神シルリシラ

「いやー! 義兄さんいい人っすねー! 酒も美味い美味い!」


 飲むな……酒を、亡国の王族が。


「ほんと、ここの酒は美味いでやんすよねー!」


 飲むな、酒を、革命の英雄が。

 革命家に国を追われた王族が、革命家と共に酒を飲むな……。


 平和と言っていいのだろうか。

 大放蕩の考えは分からないが、家族を皆殺しにされて許せるはずもない。


 いや、けれども、最古参の仲間であるキャシー・リークも彼であったことを思うと、単なる憎しみのような分かりやすい感情でもないだろう。


 アルガの方も同様で、優しいやつだから仇敵とは言えどその親族を処刑したことには罪悪感を持っているだろう。


 お互いに複雑な感情を抱えているもの同士、酒を酌み交わすことで水に流そうという考えなのだろう。


「うへへ、いやー、もう一杯でやんす!」

「マジで美味いなぁ。こんな酒が飲めるとか王族以上の贅沢だな。うぃーひっく。おー、坊主も飲むかあ?」


 ……いや、単に酒を飲みたいだけだな。このダメ人間共は。


「せんぱーい、ほら、先輩も飲んでくださいよー。俺も寂しかったんですよ」

「ちょっ、アルガ、バレたらマズいから、その呼び方やめろ」

「冷たいこと言わないでくださいよ、せんぱーい」

「マジで飲みすぎだバカ!」


 両親にバレると色々とマズいので慌てて酒の席から撤退して、外に出て夜の風に当たる。


 はー、あの調子で俺の影武者が出来ているのだろうか……。

 いや、ピンクアフロの時点でマトモには出来ていないのだろうが。


 俺のことを先輩と呼びベタベタと甘えるアルガに、なんとなく昔のことを思い出させられる。


 他のみんなは元気だろうか。

 最後は……いや、最後の後は裏切ってしまったがそれでも元気でいてくれたら嬉しい。


 夜空の下で昔を思い出していると、ふと、異様な気配を感じる。


 ……魔物? 人? いや、どちらとも今までにない違う妙な空気感。


 アルガに頼ろうかと考えたが、酔っ払っていて使い物にならなさそうだ。


 ……武器は、出さない方がいいか。

 敵かも分からない相手を無意味に刺激するべきではない。


 夜の田舎の村の中、星明かりを頼りに歩く。

 聞こえてくる、俺ではない足音。


 獣のものではない。

 人間、それも俺と体格が変わらないような小柄な……と、足音の分析をしていると、それが暗さに迷った様子もなく俺の方に向かってくる。


 ザッ、ザッ、とゆっくりだった足音は次第に早くなっていき、バタバタと駆け足になっていく。


「ジオルドっ! ジオルド・エイロー!」


 高く愛らしい少女の声。

 俺を呼んだ? いや、まさか……。俺がジオルド・エイローであることを知っているのはアルガだけなのでそんなはずはない。


 アルガのことを探していると考えるのが自然で……。と、考えていると、白い髪をした少女の姿が見える。


 そしてそのまま、心底嬉しそうな表情で俺へと飛びつく。


「ジオっ! やっと……やっと会えた! ずっと会いたかった……! ジオっ! ジオっ!」

「は、えっ……えっ……」


 明らかに、少女は俺を見て『ジオルド・エイロー』と認識している。

 何がなんだか分からずにいると、少女は俺を抱きしめる。


「やっと会えたね、ジオルドっ!」


 混乱。

 目の前の少女は誰だとか、何故俺の転生前を知っているのかとかの疑問が溢れる中、少女は満面の笑みで俺に言う。


「い、いや、君は……」

「はじめまして、ジオルド! いつも見ていたよ! 僕はシルリシラ。戦いの女神シルリシラ、だよ!」


 ……は? 女神……?


 困惑する俺を前に、喜びを表すようにくるりくるりと少女は周り、白いワンピースのスカートがふわりと浮かぶ。


 ここら辺では見ない美しい布地の服。

 月明かりの中で舞うようにまわる美しい少女の、美しくも妖しい姿。


 妙な説得力があった。ああ、人ではなく神なのだったらこんなにも美しくておかしくないと、そう思わせるような。


 そうでなくとも、転生して少年の姿をしている俺を一目でジオルド・エイローだと思ったのは人間離れしている。


 少女は俺の手を握る。


「ずっと会いたかった。こうして一緒にいられることをずっとずっと楽しみにしていたんだ!」

「……仲間から『戦女神シルリシラに愛されている』と、何度も言われてきたけどさ。……本当に会いにくるとは、考えてすらなかったな」

「えへへ、えへへ! 前世からずっと結ばれたかったんだ!」


 少女は俺の周りをくるくる周り、ペタペタと顔を触っては「にへらー」と表情を緩ませる。


 白く長く綺麗なまつ毛がぱちりぱちりと俺の前で揺れて、星明かりのような青い瞳が俺を捉える。


 何故だか分かる。理屈を超えて理解する。


 本物の神様だ。と。

 実在などしていないと思っていたのに、その存在が脳内に直接分からされる。


 白い髪の少女は笑う。


「ずっと会いたくて天の国で待ってたのに、全然会いにきてくれなかったから」

「いや……そりゃ、死なないようには頑張ったけど……」

「戦いも終わって、寿命まで待ちきれなくなったから、私が地上に降りてきた途端に死んじゃうんだもん。行き違いになっちゃったよ」


 神の国と地上で行き違いとかあるんだ……。


「本当にびっくりしたよ。早く会いたくて我慢出来ずに会いにきたら、知らないピンクのアフロの人がいて」

「神様でもびっくりするんだ、あれ」


 いや、まぁ、うん、びっくりするよな。


 初対面のはずなのに、どう考えても怪しく、完全に言葉を信じるとしても混乱するはずなのに、けれども何故かそれなりに落ち着いて少女の言葉を聞くことが出来た。


 まるで、ずっと近くにいたかのようにすら感じる。


「慌ててバーンって実家に帰ったら、今度は他の神が私に気を利かせて転生させてたから、また行き違いになってさ」

「あ、ああ、ご、ごめん?」


 少女は笑う。


「いいよ。ジオルド・エイロー。会うことが出来たんだから。愛してる。愛してるよ。ジオ」


 マトモに話したことすらない初対面の相手からの、あまりに直接的な愛の言葉。


 ジッと見据えたその青い瞳は「決してお前を逃がさない」とでも言いたげなほどに、俺のことを捉えて離すことがない。


 ゾッとしてしまうほど真っ直ぐな瞳。

 少女は熱に浮かされたように俺の手を握る。


「あ、あー……その、なんというか、よく知らないんだけど、神様って普通に存在してるんだな」

「そんなはずがないさ。君が特別なんだよ。さあ、めおとになろう」

「えっ。いや……頭が追いつかないというか。少し待ってほしいというか」


 俺が自身の混乱を彼女に伝えると、少女はパッと手を離す。


「……ん、そうだね。ちょっと性急すぎたかな」

「あ、ああ……」


 話、通じるのか。


「私はずっと君のことを見ていたけど、君は時々祈ってくれるぐらいだったもんね。うん、仕方ないよ。これから長いんだ。千年、万年。一緒にいるんだから、この瞬間に結ばれなくともね」


 少女はそう言ってから周りを見回す。


「急に家に泊めてと言われても困るよね? ……宿とかはないのかな? 代金は現物払いになるけど」


 少女はそう言うと、何もないところから煌びやかな宝飾品のついた剣をいくつも取り出して見せる。


「い、いや……田舎の街だから。村長の家とかなら……」

「……んー、なら一度実家に帰ろうかな。またすぐに会いに来るよ。ジオ」


 ニコリと笑った少女は可愛らしく、先ほど感じていた恐ろしいまでの俺への執着を覚えていても、思わず見惚れてしまうようなものだった。


「実家に帰るって……さっきも言ってたけど、いったい」


 先ほどの話にもあった『バーン』って神の国に帰ったとのことだが、いったいどうやって神の国と地上を行き来するのだろうか。


 そもそも神の国なんて実在していたのか……。


 俺の疑問をよそにら少女は「またね」と俺に手を振る。


 そしてその後、少女……戦女神、シルリシラの体がチカチカと点滅する。


「えっ、なに? 何が起こってるんだ、えっこわ。というか、なんかヤバそ……」


 異様な雰囲気に後ずさってその場から逃げると、先ほどまで話していたシルリシラが突如として爆発して、バーンという音と共に跡形もなく消えていった。


 ……降臨した女神って、そういう感じで帰るんだ。


「…………あー、なるほど、夢か」


 たぶん、アルガの酒を間違えて飲んだせいで意味不明な夢を見たのだろう。俺はそう判断して、家に帰り自分のベッドに潜り込んで目を閉じる。


 たぶん、風邪のときに見る理不尽なタイプの夢だろう。

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