第3話:旧友
平和な村の中で過ごしているうちに、この国や村の中のことを知るようになってきた。
気候は穏やかで水に恵まれている。
だからこそ人間の害になる魔物も多くおり、おそらくは王妃の見張りのためだろう兵士もたびたび村の近くの魔物を狩っていた。
そのこともあってか、比較的新参であり余所者の兵士も村の中で受け入れられている。
税自体は少し驚いたことに、革命前よりもむしろ増していた。内乱で国が荒れたのだからむしろ当然かもしれないが。
けれども、村や町は多少豊かになっていた。
以前と大きく違うのは……魔法を庶民が普通に使っている。
革命前では王侯貴族が魔法技術を独占し、庶民には禁止させていたため、王族や貴族の血縁やその護衛……あるいはそれと敵対する革命軍ぐらいしか使えないものだったが、この数年のうちに庶民にまで広まっているようだ。
庶民の魔力だと大したことは出来ないが、それでも便利なもので、毎日土魔法を使えば庶民でも少人数で土木工事や治水が出来るし、火やらなんやらも使い道は多い。
それに税自体も庶民には負担だが、それを納めにいくことも大きな負担で、魔法により作り出された簡素な街道によりその負担が大きく減っていたのもある。
それらの魔法による生産性の向上により、多少税が重くなっても生活は楽になったということだろう。
「……革命軍でも揉めていたけど、結局こうしたのか」
魔法は武器になる。便利ではあるが、同時に農民が簡単に兵になってしまうものでもある。
広まれば広まるほど反乱のリスクがあり、実際革命が成功したのは革命軍が魔法の力を得ていたからというところが大きい。
だからこそ、革命軍でも意見が割れていたが……まぁ、とりあえずは上手くいっているようだ。
国全体が豊かになっているものの、政治的な不安定さは大きい。
海に面した南と東と中央は比較的マシだが、西部は王族や貴族と血縁関係があり深い関係にあった隣国と新体制となったこの国の関係は非常に悪い。
大国と不凍港を巡って万年争っている北部に関しては政治的にも物理的にも非常に距離があり、そもそも中央以上の軍事的な実権を持っている北部は革命前から半ば別国に近かったためほとんど交流がない状態らしい。
西部と北部のマシな部分は、西部に面した敵国はこちらの革命を受けて蜂起した民衆による内乱で混乱状態にあること、北部は交流がなく別国に近い状況だが変化した国から離反するような動きはなく全く以前と変わらない関係であること……と、綱渡り状態ではあるがなんとかなっているようだ。
まぁつまり、総評としては上手くやってる。
身近で気になることは……村の子供達が兵士達にしきりに「ドラゴンを見た」と話していることだ。
子供の嘘かと思ったし、村の大人もそう判断したようだが……どうにも真剣で、話していることに真実味がある。
……出来ることなら何もせずにいたかったけど、仕方ないか。
俺が倒すことは難しいだろうし、よしんば出来たとしても目立ちすぎる。大人しく、コネを使おう。
親が寝静まったのを確認して、ゆっくりと扉を開けて外に出る。
虫の声がうるさいが、空気は澄んでいて心地よい。
氷の魔法で鍵を生み出し、それを使って扉を開けて中に入る。物音を立てないように歩きながら二階に向かい、今度はわざと足音を立てて扉の前に立ちノックをせずに扉を開ける。
ピンクアフロの男……今、革命の英雄ジオルド・エイローということになっている男は夜中に突然訪ねてきた子供の姿を見て作業をしていた手を止める。
「どうしたでヤンスか? あ、ジオルド饅頭は今はあげられないでヤンスよ? 夜中に食べたらダメでヤンス」
俺はその顔を見ながら扉を閉じる。
「久しぶりだな。アルガ。……アルガ・シェンドロン」
ピンクアフロの男は目を見開き、立て掛けていた剣を手に取ろうとしたがすぐにその手を止める。
それから窓の外の風の音が響き、震える喉で俺のことを呼ぶ。
「…………ジオルド、先輩?」
「ああ。……世話をかけたらしいな」
なんで分かったのかは分からない。だが、アルガは俺を見て一目で「かつての友人である」と分かったらしい。
……俺が死んでから、おそらく四年ほど。
たったそれだけの時間なのに、友人の顔は年齢相応とは思えないほどの皺が刻まれていた。
「ッ……! な、なんで、ジオ先輩、小さくなってるんです!?」
「……なんか、生まれ変わった。転生したっぽい」
「なんかってなんです!? ちゃんと説明してくださいよ! というか、何を突然死んでるんですか!?」
「いや……説明しようにもなんか転生してたから俺にもよく分からない……。あー、この体、本当に体力なくて立ってるだけでしんどいから座っていいか?」
近くの椅子にひょいっと跳ねて座り、少し物音を警戒しながらアルガの方を見る。
「聞きたいことはお互い多いだろうが、お互いあまり自由のない身だ。先に本題から話させてもらうけど。村の子供が魔物を見たと言っていた。調査……というか、討伐をしてほしい」
「あー、ワイバーンでしたっけ? 兵士からは話を聞きましたけど、ジオ先輩も見たんですか? てっきり子供の嘘かと思ったんですけど。生息域でもないですし」
アルガは「聞きたいことは無限にあるけど後回しにしよう」と考えている様子で返事をする。
「いや、見てない。……それに子供が見たと言ってるのはドラゴンだ」
「それこそないですよ。ドラゴンなんて」
「ああ、まぁドラゴンなんてデカブツがいたら魔力で丸わかりだ。……問題は子供が「ドラゴンだった」と言いながらワイバーンの絵を描いたことだ」
「……? あ、そっか。確かに変ですね」
魔物の目撃情報が嘘の場合「ドラゴン」を描こうとしたら伝聞や絵本の姿に合わせた絵を描くはずだ。
多少特徴が似通っているが、知っていれば確実に描き分けるだろうものだろう。
「ワイバーンを見て、ワイバーンのことは知らなかったけどドラゴンを知っていたからドラゴンと勘違いしたんだと思う」
「確かに、それっぽいですね」
「子供が目撃するほど近辺にいたならここが襲われるのも時間の問題だ。村に常駐してる兵士だと戦力として心許ない。が、アルガなら余裕だろ」
アルガは革命軍の仲間であり、俺と同じ氷と闇の魔法を持っていたため時間があるときはよく稽古をしていた。
だから俺の影武者として抜擢されたのだろう。
その実力は俺もよく知っていた。ワイバーンぐらいなら仮に群れでも倒せるだろう。
「じゃあ、まぁ明るくなったら探して狩っておきますね。先輩が倒す方が早いと思いますけど」
「いや今の俺ってただの子供だし。……と、それより……なんだそれ」
まず必要な話はついたので、必死に堪えていたツッコミをぶつける。
「なんで……なんで俺の影武者なのにピンクのアフロ……!」
「ジオルド・エイローの影武者だからこそ……ですかね」
「俺って生前ピンクアフロだったか? 違うよな。そもそもアルガの髪も俺と同じ茶髪だったよな? なんで影武者をするにあたってむしろ俺の容姿から離れて言ってるんだよ」
「先輩も昔言ってたじゃないですか。「いいかアルガ、守破離だ」って。俺も俺なりのジオル道を見つけたんです」
「影武者が守破離するな。守のまま過ごせ」
「俺なりのジオルドを掴んでいったんです」
「掴むな。影武者が自分だけのジオルドを掴むな」
俺が否定するも、アルガは落ち着いた様子で首を横に振る。その姿はまるで自分が正しく、何ひとつとして間違いを犯していないという確固たる自信を感じられる。
ピンクアフロなのに……? なんで……?
「あのですね先輩。俺は自分がジオることになって、改めてジオルドというものについて考えたんです」
「考えなくていい。真似しろ」
「でも、上手くいかない。何をやっても全然ウケない、話を楽しみに待っていた子供の笑顔が話すたびに冷えてくる」
「芸人の話をしてる?」
「そこで、俺は公式ジオルドだけではなく、市井のジオルド……演劇でジオルドをやっている人物に会いに行ったんです。そこで彼の演技を見て、自分の間違いに気がつきました。俺は俺の理想のジオルドを演じていただけで、お客さんの方を見ていなかったと。お客さんの望むジオルドをやっていない、独りよがりのジオルドだったんです」
……いや、自分の理想のジオルドでも、お客さんの望むジオルドでもなくて本当のジオルドに近づけろよ。
「それで彼に弟子入りしたんです。「俺にジオルドを教えてください!」と。彼……ジオルド劇の第一人者、通称【始まりのジオルド】に」
「せめて始まりのジオルドは俺であれよ」
「そこで学んだジオルドを自分なりにアレンジしたのが……今の俺なんです」
「知らんおっさんのジオルドをアレンジしたら、もはや守破離じゃなくて離離離だろ」
ジオルドと言いすぎてジオルドが何か分からなくなってきた……。最低限話すべきことは話したし、王妃が気がつく前に帰った方がいいかと考えて立ち上がる。
「あれ? もう帰るんですか? 先輩」
「ああ、あの王妃……今は俺の母が心配するからな」
「そうですか。生まれ変わりって本当にあるんですね。みんな喜ぶでしょうね、ふふふ」
「いや、他のやつには言わないでくれ」
アルガは「へ?」と驚いた表情を浮かべて俺を見る。
「国の建て直しの時期なのに、変に勢力が割れるとまずいだろ。それに俺は自分がジオルドだと証明することも出来ない子供で、尚且つ王族の血を引いてる。……正直なところ、今の俺は厄ネタの宝庫だ。国を思うなら、すぐにでも事故を装って死ぬべきだ」
「……それは認められませんよ」
「分かってる。が、まぁ、出来る限り秘匿して生きるべきだ。今回はワイバーンの討伐が困難で、アルガを頼る他なかったからだが」
「先輩ならその体でも倒せません?」
「俺をなんだと思ってるんだ……」
俺が呆れながら扉を開けると、アルガは先程までのヘラヘラとしたふざけた表情をやめて、真剣な目で俺を見ていた。
それはかつての革命軍での戦闘を思い出すものだった。
「──英雄。……だと思ってます。その武功と栄誉から、戦女神シルリシラに見初められ伴侶にするために天に召されたのだと」
「……なら、今の俺は女神様にフラれたから戻ってきたのかもな。英雄なんて過分な評価だ」
扉を潜ってすぐに閉じる。
風の音に紛れて「あなたが英雄でなければ、誰が英雄と呼ばれるんですか」とアルガの呟くような声が聞こえた。
……俺は英雄を出来なかったからあの日に死んだんだ。
また英雄もどきをやろうとしても、あの日のように化けの皮が剥がれるだけだろう。
分相応を知った。俺はもう英雄もどきはしない。
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