第4話:ワイバーン
偽ジオルドことアルガにワイバーン退治を頼んだ翌日、母に手を引かれながら村の中を歩く。
おそらく村というか、村人や畑に馴染ませるためや運動のために散歩をさせているというところだろう。
「ジオくん、お姉ちゃんとは違って大人しいねー。気になるものとかないの?」
大人しい……というよりも大人なのだから割と当然である。
子供の演技をしようにも、前世はスラムで育った後に革命軍入りという具合だったので普通の子供も分からないので、とりあえず迷惑をかけないようにと考えていたせいで心配させてしまったらしい。
子供らしい語彙が分からないから、意図的に言葉数を減らしているせいもあるかもしれない。
まぁでも、もうちょっと話した方が彼女も安心するか。子供っぽく子供っぽく……。
「父の仕事が気になりますね」
「唐突にめちゃくちゃ流暢。あ、お父さんの畑仕事ですか? ジオくんは偉いですね、お手伝いをしたいなんて」
こくりと頷いておく。
お手伝い……というよりも、何もせずに食事をもらうことに居心地の悪さを感じていただけだ。
今は役に立てなくとも将来的には働けるように学ぼうとしていたそのとき、森の方から猛獣の叫び声が響き渡る。
直後、森から巨大なワイバーンが飛び立つ。近くにいた子供が「あれ! いたの! あれだよ!」と叫び、大人たちはその子供たちを抱いて慌てて家の中に逃げ込もうとする。
そんな中、俺はジッとワイバーンを見ていた。
片腕がなく流血している明らかに弱り、怯えた姿。そのワイバーンを追うように小さな人影が舞い上がる。
ここからでも分かるアホほど目立つピンクのアフロ……。それを見た村人達は口々に「ジオルド様だ!」と安心したように口にする。
アホとしか思っていなかったピンクのアフロだが……こうして遠くからでも人を安心させているのを見ると悪いものでもないのかもしれない。
ワイバーンの首が落ちて、村人達が歓声をあげる。
……運動不足だな。技が鈍っている。
落ちたワイバーンを回収するために村の男衆が総出で出ていくが、かなりの大きさがあるため解体すら時間がかかる。
「今日はお祭りねー」と母がのほほんと笑いながら炊事の手伝いをしに行く。
肉は食料、皮や骨は武器や道具として使えて有用だ。
しばらくはお祭りとして多めに食って、余った分を保存食に加工して保管庫にって形だろうが、それでも余りそうだな。
慌ただしい大人たちを見ながら、そんなことを考えていると、俺より少し歳上くらいの幼い子供が運ばれてきた皮を見て首を傾げる。
「あれ? もっと暗い色だったような」
……ワイバーンは雌雄や年齢、個体差で若干色の深みが変わる。
子供の言うことで、単に見間違えの可能性の方が高いだろうが……。
今、村の男手は出払っているし兵士やアルガもこの場にいない。
もし、ワイバーンが番いであったなら……。
嫌な予感。何事もなければいいがと考えながら待っていると、鼻に若干の獣臭さを感じる。
ああ……いるな、近くに。
仲間を殺されて怒っているのか、それとも単に餌を見つけて寄ってきただけか、どちらかは定かではないが……いる。
アルガは先ほど倒したワイバーンの方にいたとしたらそこそこ遠い。……時間稼ぎの必要があるだろう。
他の人が二匹目のワイバーンに気がつき、保護される前にその場から抜け出して獣の匂いがする方へと向かう。
森の方……まだ村の中の様子を伺っているようだが、女ばかりと気がついたら襲ってくるだろう。
「……少し、時間を稼ぐか」
勝つ必要はない。
放置していれば犠牲が出るだろうから対処は必要だが、時間を稼げばアルガが戻ってくる。
まだ姿の見えないワイバーンの方を向きながら、小さな手指で印を結ぶ。
ワイバーンはトカゲなどに近く変温動物で体温が上がらないと動きが鈍くなる特徴がある。
特に飛行時には身体が大きく冷やされるため、体を冷やすような行為を嫌う。
気温が下がれば何もせずに帰ってくれる可能性がある。
氷剣の魔法を発動し、地面にそれを突き刺す。
その剣を中心に氷を広げるように魔力を注ぎ込んでいく。朽ちた落ち葉に霜が降りて、地面を侵食するように凍てついていく。
子供の体ゆえに魔力は多くないが、丁寧に氷を広げていく。
ワイバーンが寒さを嫌がって離れて行こうとしたのを感じて安心したそのとき、子供の一人が「何してるのー?」とやってきてしまう。
その物音がきっかけなのか。手近にいるツマミやすい餌だけでも食っておこうと考えたのか、パキリパキリと凍った地面が割れる音が響く。
まずい。失敗した。
とりあえず逃げるべき……いや、今、村にはアルガも兵士もいない。
「……今すぐに後ろに走って、大人に「ジオルド様を連れてきて」と頼んでくれ」
不思議そうな表情を浮かべいた子供は、木々の隙間から枝葉を押し除けながら現れたワンバーンを見て言葉にならない叫び声をあげて逃げていく。
伝わっただろうか? ……いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
…………全力で足止めする。どうせ死んだ方がいい身の上だ。
もう一度、印を結んで氷剣を生み出して握る。
小さな手ではしっかりと握りきれないと判断して魔力を継ぎ足して手ごと氷で覆って落ちないように固定する。
ワイバーンは俺の背後にいる子供を喰らおうと大顎を開いて襲い掛かろうとし──間に飛び出して氷剣を叩きつける。
魔法の練度の不足により呆気なく剣は砕けて傷のひとつもつけられなかった。
だが、倒すことが難しいのは元々分かりきっていた。
砕けた氷の破片に魔力を注ぎ込み、空中で破片を巨大化させて杭のように地面や木々に突き刺してワイバーンの動きを封じようとする。
だが、その氷の杭もすぐに破られるだろう。
数秒の時間稼ぎの間にまた手で印を結んで魔法を発動する。
ワイバーンの周りに黒いモヤが発生して光を遮って目隠しし、すぐにそれも振り払われるがワイバーンは俺と逃げた子供を見失う。
その間に小さな氷剣を連続で出して、それを木に突き刺してそれを足場にして木に登る。
ワイバーンが俺を見失って周りを見回している間に木の上で魔力を貯めて、巨大な氷の鎖を生み出してワイバーンに絡みつかせる。
氷の鎖はワイバーンを捕えられるだけの固さはない。
呆気なく鎖は引きちぎられるが、元々それで捕まえられるとは思っていない。
暗闇の中で鎖を引きちぎりながら暴れたことで体を木々にぶつけてほんの少し表面の鱗が傷つく。
その反応で理解する。「怯えている反応だ」と。
本来なら俺が今までした氷の剣での攻撃も、杭による足止めも、暗闇による嫌がらせも、鎖による拘束も、ワイバーンにとって大して意味のない行動だ。
なのに極端なまでに俺からの行動を嫌がって、小さなものでも暴れて振り払おうとするのは「それが致命的なものかもしれない」と判断しているからだ。
このワイバーンは仲間が殺されたことを理解している。
だからこそ慎重に行動しようとして、俺の行動のひとつひとつに警戒して全てを防ごうとしている。
その過剰な警戒こそが、唯一の勝機だ。
氷の剣をぐっと握り込んだ。
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