第12話「まさかのデートですか!?」
◆
「イツカ君、ジムの器具を壊すとか……どうしたの?」
「い、いやぁ……力が有り余って、お恥ずかしい」
勇者は興奮し過ぎて思わずトレーニング器具を破壊してしまったが仕方ない。元推しを前にして、このリアクションは正常なのだ。
「怪我は無いみたいだし許してくれたんでしょ?」
「ええ、弁償しましたしお金は勇者基金から出しました」
「勇者基金って何?」
勇者基金、それはマオーを倒す勇者のために国が創設したものだ。ちなみに、この国には勇者税というものが存在していて基金の主な資金源はそれだった。
「マオーを倒した報酬もそこから出てて勇者が自由に使って良いんです」
「ふ~ん……って待って、それって税金!?」
クルミの言う通り勇者基金はマオーが倒されるまでの間に集められた勇者税が主な財源だ。もちろん勲章やら他の褒章もたんまり支給されたが一番の報酬は基金の権利だった。
「マオーが倒された時点で税の徴収も終わってるんで大丈夫です」
「そうなんだ、そりゃ命懸けで戦ってたんだし当然か……」
ちなみに勇者基金というが正確には勇者と旅の仲間で分けて運用しているのだが勇者パーティー基金だと「何か変じゃね?」という国王の独断と偏見で名称は勇者基金となった。
「皆も一緒に戦ったんだけどなぁ……」
「ま、どこの世界も目立つのは一番手だし、良くて二番手までよね……」
ここでサラッとダメージを負うアイドルだが、何でもすると言った勇者イツカズ、ここで脊髄反射で口が動いていた。
「ここなら、クルミンはナンバーワンだから!!」
「ありがと、でも現実は変わらないから……」
「いやいや、この国でライブやったら一番だよ!! だってアイドル居ないから」
この世界は魔法が発展した世界なのだが元の世界との違いは他にも有った。それは長く続いた戦争による弊害で文化・芸術関係、取り分け芸能方面の発展が極端に遅れている事だった。
「え? でもパラパラ踊ってたよね?」
「あ~、あれ国技みたいなもので例外なんです」
「そっかギャル男が関係してるからだっけ?」
そして祈りの言葉は「マジパネェ」である。そういう変に尖った文化が歪に入り込んでいるのが、この世界だった。
「あの人も昔、色々あったらしいから」
「ふ~ん……それより逆にライブなんて出来るの? ノウハウも何も無いでしょ?」
クルミの疑問は至極真っ当でファンタジーな世界でノウハウは愚か概念すら無い場所で実際ライブが出来るかは大いに謎だ。
「それを確かめるために一度、家に戻りましょう」
◆
二人は子爵邸に戻るとエイフィアルド王国についての歴史を書物庫で調べ始めた。元は商家で資料は豊富なのが佐藤家で、それは王都の別邸でも同じだ。この屋敷の書物庫は下手な図書館よりも蔵書の量は多かった。
「えっと『猿でもわかるパネェ歴史』、『歴代の王リスペクト集』って何よこれ」
「一応この国の歴史書です」
ここにも見えざる神の手、否、ギャル男神の謎の介入の痕跡が見える。それから二人が調べた結果はイツカズの言う通りだったことが証明されただけだった。
「ほんとにパラパラ以外ダンスも無いんだ……」
「ええ、それに音楽も向こうの世界でいうクラシックまででジャズもロックもヘビメタも、ましてやJ-POPなんて存在自体無いですよ」
そこでクルミは思い出していた。確かにクラシックに合わせ踊るパラパラは不気味で違和感の塊そのものだった。
「なるほどね……確かにチャンスかも」
「それにクルミンの地位も安定すると思うんです」
「どゆこと?」
そこでイツカズは王城を出入りしていた数日間でクルミが特に何も行動を起こしていない事に貴族や一部の民衆の間で噂になっていると話した。
「つまり聖女が何もしてないとクルミンの立場が地味にピンチ!!」
「何もしなければ、タダメシ食らいね」
「ま、そこは最悪の場合……その、俺が、何とか、できますけど……ね」
「何とかってどうするの?」
ここで「私の婚約者だ!!」とか言えれば恰好が付くのだが勇者イツカズにそんな度胸は無い。魔物やマオーと戦う度胸は有るが元推しに告白する根性は無いのだ。
「それはまた今度……今はライブが出来るか調べましょう!!」
「ふ~ん、何か怪しいけど……それで?」
そこでイツカズは王都の地図を広げた。基本は戦時の際の避難場所などが記載されているのだが市場など人が集まる場所も記されている優れものだ。
「この地図を使ってライブを開けそうな場所を探しませんか?」
「つまりロケハンみたいな感じ?」
「まあ下見というか様子見ですが……どうですか? 現地を見るとイメージ湧くと雑誌のインタビューで答えてたじゃないですか!!」
イツカズはクルミの載っている雑誌は、例え女性誌だろうがファッション誌だろうが児童向けだろうが必ず二部ずつ購入し読み込んでいたから詳しいのだ。
「ああ、あれ事務所が用意した答えだけど」
「そ、そんなぁ……下見するのが好きなのかと思って一週間前から待ち伏せした時も有ったのに!!」
「はぁ、本当にイツカ君って向こうだと
呆れながらもクルミは「分かった」と頷き納得した。そしてイツカズは馬車を手配し二人は王都を巡る観光、見方によってはデートへ行くのが決まった。
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