第10話「これが二人の出逢いと再会って話」


「な、何でも言うことを!?」


「言って無い!! それとエッチなのは絶対ダメっ!!」


「当然です!!」


 そもそもイツカズの脳内は良くも悪くも清廉だ。これは前世が大きく影響していて例の黒前世では数々のマナー違反や素行不良を反省し、結果的に自分が悪だと考える行為の全てを忌避きひしていた。




「なら早く要求を言いなさいよ」


「……じゃあ歌……聞きたい、です」


「え? そんなんで良いの?」


「だって、二十年もクルミンの歌聞いてないし」


 その言葉を聞いてクルミは改めて目の前の男が数週間前に死んだ男でないのを理解させられた。転生だ生まれ変わりだと非現実的なことを言われておきながら未だに自分は認識していなかったと思い知らされた。


「そっか、ムンライの曲は何が――――「スターティアーズが良い!!」


 何が好きな曲かと尋ねようとして出て来たのは自分の一年にも満たないソロ時代に出した曲だった。唯一のシングル曲でクルミにとっては黒歴史でイツカズの提案は図らずも黒歴史と黒前世を交差させていた。


「え? それで良いの?」


「うん、だってムンライの曲だとクルミンのパート少なっ――――「何か言った?」


「な、何でも、無いです」


 勇者イツカズ、善人では有るが悲しいかな空気は読めず素直過ぎた。彼はそういう人間に二十年でなっていた。人格リセットとまでは言わないが矯正されたのだ。


 そして今のはファンとして空気が読めて人間としては読めてない典型例だ。ムンライことムーンライズは六人グループで曲のパートも当然のように六等分なはずだ。


 だが実際はテレビ局のお偉いさんと懇意のナツや他のタイミングで枕営業していたメンバーはソロパートが多く配分されていた。作曲家や事務所の方針と言われていたが結成半年でクルミの知った最悪の事実だった。


「はぁ、どうせ万年三位よ」


 そしてクルミは常に人気三位、六人の中で三位だった。スポンサーブーストのナツが一位で二位はユイなので実質二位だろう。しかしクルミはメンバーの誰よりも努力しレッスン量も多かったのに負けていたのがコンプレックスだった。


「それでも、やっぱりソロ曲で、だって俺、CD600枚買ったし!!」


「あ~、ありがと、売上3000枚越えたのイツカズさんのお陰だったんだ……」


 そして目の前の男のおかげで所属事務所から出されたノルマを越えられて、ソロ時代に契約を切られずに済んでいたと知り更にへこんで感謝したクルミだった。




「クルミンも大変だったんだね」


「うん、それで後から来た三人と事務所内でくすぶってた私みたいなの集めて結成されたのがムンライだったの」


 結成秘話が売れ残り処分セール抱き合わせ販売みたいだったんだと思ったイツカズだったが今度は口に出さなかった。勇者イツカズは学習できる子!!


「そ、それで、そのぉ……」


「いいよ、でも音源スマホに入ってないからアカペラだけどいい?」


「むしろレア!!」


 イツカズの言葉に苦笑するとクルミは立ち上がるとアイドルモードの顔になる。彼女はこれでもプロで、その自覚が有る。たとえ客が目の前の自分の元推し一人だけであっても、それは変わらない。


「なら、しっかり聞いててね、この世界での私の歌を!!」


「はいっ!!」


 クルミはスゥっと軽く息を吐くと目を見開き唯一のソロ曲を歌い出した。明るいアップテンポの曲なのに中身の歌詞はマイナスなワードが多く思春期のアンバランスさを歌った曲だ。だけどイツカズは転生前この曲に救われていた。


「ふぅ、やっぱり歌はいいな……ほんとさ」


「最高だったよ……クルミィ~ン……」


 目に涙を浮かべて感動して拍手するイツカズは完全にただのファンに戻っていた。なんならマオーを倒す時より全力だった。


「あはは、全肯定のファンも居てくれるしね」


 その様子に苦笑しながら彼女は今や唯一のファンである彼に手を差し出した。イツカズは一瞬ポカンとした表情で見た後に、おずおず手を出すと逆に握られる。


「クルミン……」


「前は両手でガッシリだったのに、控え目になった?」


 そう言われ慌てて両手で握手するとクスクス笑われるけどイツカズは悪い気がしなかった。そして決心した。彼女のために、クルミが元の世界に戻るまでは自分が守ると、それこそが恩返しで過去の清算に繋がると信じて疑わなかった。


「クルミン、いや三枝クルミさん……私が、いえ俺が君を必ず守ります」


 握手の手を離すと片膝を付いて再度クルミの手を今度は恭しく取った。そして、この身を賭して守ると改めて宣誓した。だが肝心のクルミは意外と驚いて同時に、あることを思っていた。


「え? プロポーズ?」


「ちっ、違います!! 勇者としての宣誓です!!」


 厳密には違うのだがイツカズは本気だった。本気で彼女を守ると誓ったのだが少しは下心が有った。それは一番近くで彼女を見れるという役得だ。


「ま、そういうことにしておくね、そうだイツカズさん」


「何ですか?」


「私の本名、佐藤 久実くみだから覚えておいてね?」


「え? ええええええええええ!! 芸名だったの!?」


 こうして勇者と聖女の謎の二人三脚での異世界生活が本格的に始まろうとしていた。これは、そんな二人の始まりの物語。

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