第9話「翻弄される妄想勇者」
クルミにはまだ言いたい事は有ったが木造作りの立派な正門を抜けるとそこには壮大な日本庭園が広がっていた。ここが王都の佐藤子爵の屋敷で現在は当主と妻そして執事とメイドら合わせて二十人が住んでいる。
二人は馬車に乗ったまま玄関口に到着すると家の者達が一列に整列していた。
そしてイツカズが自然にクルミをエスコートするのは勇者いや貴族としての教育が行き届いているからで、その所作にクルミは内心で驚いていた。
(ふ~ん、立派に貴族してるんだ)
「どうしました聖女クルミ?」
「い~え、なんでもありませんわ、勇者さま?」
そう言って上品に笑う姿は先ほどまでと違い完璧に聖女を演じるアイドルだ。そのギャップに感激すると同時に今の姿を画像に残したい。早くこの世界にもスマホを作ってくれと願ってしまうイツカズだった。
その後はクルミの演技力の賜物かイツカズの両親からも合格判定されたようでクルミの扱いは王家からの客人扱いとなった。これで他家に対してもある程度の牽制が出来ると安心するイツカズだった。
「王国始まって以来史上初の聖女様をお迎えできて我らも喜ばしい限りですぞ」
「ええ、本当に、それに見目麗しいなんて……ねえ?」
その「ねえ?」は何ですかね母上とは言えないイツカズだが何となく察した。前世では元ドルヲタで厄介勢だった彼も今生は世界を救った勇者だから、そろそろ結婚もと思うのは親心だ。
「母上、そのくらいで」
「あらあら、失礼しましたわ聖女様~」
佐藤子爵夫妻との簡単な食事会を無事に終えると二人はイツカズの私室へ行けと半強制的に追いやられ、二人して困惑したまま奥の和室へと押し込まれ最後はピシャリと障子戸が閉められた。
◆
「もしかしなくても私、この家でも狙われてる?」
「すいません、本当に母が……」
イツカズの自室で二人になると即座に土下座するのは勇者とは思えないが悲しいかな推しの前となると恐縮してしまうのは前世からの習性だった。
「でも逸加さん、じゃなくてイツカズさん的にはチャンスじゃない? 合法的にガチ恋の私を襲えますよ~?」
「あ、あの……からかわないで下さい」
ニヤニヤしながら好き放題に言ってるクルミに意地が悪いと言いながらも悪く無いと若干エムっ気がある勇者イツカズだった。
「じょ~だんですよ、でも少しも反応してくれないのは悲しいかな?」
そう言って耳元で言われるとゾクゾクする。しかし流されてはいけない彼女は元推しなだけで今は聖女なのだ。
しかし神からはご褒美だって言われてると悪い考えも脳裏を過った。ここは自分の部屋で防音もしっかりしている。それなら強引な手段に出ても大丈夫なのではと先ほどからイケナイ妄想で溢れていた。
妄想パターン1
『聖女クルミ、君は今は何も力が無い普通の少女!! 何でもし放題だ!!』
『な、なんでもですって!! わたし、どうなっちゃうの~!!』
『まずは二人きりで正面に座ってもらい、オムライスをア~ンしてもらうぞ!!』
『そんな、こんなガチ恋勢の危険人物にア~ンをさせられるなんてぇ~!!』
いや、割と平和だな……違う、もっとハードでバイオレンスな感じで行くべきだ。意外とイツカズは自己分析が出来ていた。
妄想パターン2
『この部屋には今は俺とクルミンの二人だけ、悪いがハードに行く』
『くっ、私をこの部屋に閉じ込めて……ま、まさかっ……』
『ふっふっふっ、ここは防音対策の結界に振動も外に漏れない部屋だ』
『つまり大声で騒いでも激しい動きも外に漏れない、ってこと!?』
『その通り!! では、マイクどうぞ曲はリリース順でお願いしま~す』
『やってやるわ!! アイドル生歌カラオケ、持ち歌全部歌うまで帰れまテン!!』
ちっが~う、違うから、こういうのじゃないから、確かにクルミンのノドにはハードでバイオレンスかもしれないけど何か違う!!
「そうよ!! いくら何でも違うでしょ!!」
「へ? くるみん?」
ちなみに今までの妄想小芝居は全て口から漏れていた。なので途中のクルミの声真似の高い女っぽい裏声も聞かれていたし、変な動きも全て見られている。最初はなんだコイツと思ったクルミだったが面白そうだから泳がせていたのだ。
「あのさぁ、わたし、アイドル、で、君はガチ恋なんだからキスの一つくらいしたいでしょ普通?」
「は? キ、キキキキスとか、そ、それは推しとは一線を画しているでござるわけで候が、いかんともしがたい……って何で俺の脳内妄想が!?」
「いや、普通に喋ってたから……オタクって本当にこうなるんだ……」
本とかで読んだんだけどねと言うクルミにイツカズは何も言い返せなかった。彼の名誉のために言っておくと転生後はキモオタっぽくないし好青年なのが今のイツカズだ。これは、あくまで前世の悪い部分が出ているだけだと理解して欲しい。
「し、死にたい……」
「いや、もう事故って死んだでしょ」
それを言われちゃ敵わないとイツカズが苦笑して言うとクルミもさすがに言い過ぎたと気付いたのか両手を合わせて謝っていた。
「ごめん、さすがに冗談にして悪質ね……」
「いいよ実際そうだし、でも正直クルミンの言う通り役得だって思ってるし」
「う~、そういうこと言われると弱いのよ……分かった。一つだけならお願い聞いてあげる!!」
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