第8話「私を実家に連れてって」


 一通り話を聞くとイツカズは幾つかの疑問が有ったが最初に思ったのはクルミの選択についてだった。


「クルミンは生き返りたいの?」


「もちろんよ、だって二周年ライブ諦めたくないから」


 イツカズは今さらながらクルミは自分と違って向こうの世界で未練が有るから自分とは真逆だと気が付いた。それに個人的には二周年ライブを見たいとも思った。


「それは俺も見たかったかも、貯金全額下ろしてツアー行く予定だったし」


「あはは、一応ありがとうって言っておくね」


 乾いた笑いで感謝と呆れが半分な感情のクルミは今ので自分の話せることは全部だと言ってイツカズを見た。




「ゴホン、事情は分かりました。それでいつまで、こっちの世界に居るかは聞いてないんですね?」


「うん、で、こっちに居る間は勇者の世話になれって言われて後は昨日の通り」


 何て言えば良いかイツカズは分からなかったが今の状況は理解できた。それは今この世界での彼女の立場だ。ぶっちゃけ凄い不安定だ。


 神が連れて来た聖女で今は安全なのだが彼女は魔法なんて使えない。つまり聖女っぽい奇跡の御業なんて起こせない普通の人間だ。そうなると利用価値は神託を聞けるという点のみだ。


 王族は割と脳天気だから大丈夫だが貴族が神託を利用するため取り込もうとしてくる可能性は高い。そして今のクルミには自分を守れるだけの力が無い。このままでは彼女の意志に関係無く政争の道具にされる可能性が高いのだ。


「う~ん、とにかく俺の話を聞いて下さい」


「分かった」


 そこでイツカズは現在のエイフィアルド王国の情勢ついて話し始めた。自分が生まれる前から争いが起きていたこと、自分達の活躍で平和になったこと、今は平和になったが人間同士の争いが起こる可能性が有るという話を一気にした。


「――――というわけなんだ」


「……えっ!? すご~い!! じゃあ逸加さんって、この世界じゃヒーローなの? 何となくそれっぽいと思ってたけど」


「頑張ったんで……ま、まあ世界平和のためって言うか……」


 イツカズは三年前に勇者に任命された日からの冒険の日々を話して行くと止まらなくなっていた。それに相槌を打ちながら必要な情報を集めて行くクルミは意外と賢かった。


「わ~、すご~い、かっこいい~」


「いやぁ、で、でも、クルミンとこんな話を出来るなんて……」


 さらにイツカズを調子に乗せ話させるトーク力はアイドルというよりはキャバ嬢に近い。だが勘違いしないで欲しいのはイツカズは勇者で普段は情報は絶対に漏らさない。相手がクルミだから舞い上がって全て話してしまっただけなのだ。


「すご~い、じゃあ逸加さんの実家に私を連れてって」


「え? な、何で?」


「だって逸加さんの話だと今この城って貴族が放ってるスパイだらけなんでしょ? 私も拉致られたり政治の道具なんて御免だし」


 異様に理解の早いクルミに対し不審に思いながらもイツカズはその日の内に国王や一部の信頼のおける者と密かに相談をした。その結果クルミを王都にあるイツカズの自宅つまり子爵邸に連れて行くことが決定した。




「クルミン、馬車から落ちないように気を付けて」


「りょうか~い」


 返事をするクルミは馬車に乗るのも外の景色も全てが珍しく新鮮だった。しっかりしていても十七の普通の女の子だとイツカズは思うと同時に推しで初恋相手を前に改めて緊張していた。


「馬車は乗り心地も良くないし、お尻とか痛める子も多いから気を付けて、真っ赤に腫れたりするし」


「は~い、あと今のセクハラ気味なんで気を付けて」


 冷たい声で言われ、その口元を見ると逆にご褒美とか思ってゾクッとしたイツカズだったが今回は自重した。


「すっ、すいません……」


「あ……何か珍しいのいるけど、あれは?」


「あれは小型ドラゴンのサラマンドラ、ペットに人気なんです」


 エイフィアルド王国がイツカズが勇者となるまでマオー軍と戦えたのはドラゴンの存在が大きい。隣国などは一瞬で滅ぼされたが王国にはドラゴン達が大量に戦力として貢献していてドラゴンは国の象徴で隣人だった。


「へ~、ドラゴンって本当にいるんだ……じゃあ犬とか猫は?」


「マオーが滅ぼそうとして絶滅危惧種になって、今は動物園で見れます」


「えぇ……魔王ってサイテーね」


 だからマオーは自分が倒したとイツカズが言うとクルミは「さすが勇者」と笑っていた。それから程なくイツカズの実家の屋敷前に到着した。その巨大な屋敷を見てクルミは思った。これは何か違うと強烈な違和感が彼女を支配した。


「だって見た目がここだけ江戸時代じゃない!!」


「あっ、この世界で貴族のトレンドは和風なんです」


「今までの街並み全部ファンタジーだったのはどうしてよ!!」


「昔は古いヨーロッパ風が流行りだったらしいんですよ……」


 色々と納得できないクルミだが正門に到着して更に驚いた。そこにあった表札には漢字で『佐藤』と書いてあったのだ。


「え? 逸加さん……よね?」


「あ、実は俺、転生してから佐藤なんです。佐藤イツカズです」


「えぇ……佐藤さんなの、あんたも……てか今度こそファンタジー設定が吹き飛んだんだけど」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る