第7話「黒前世の真相」(後編)


 そして脱兎の如く逃げ出した転生前のイツカズを見て変装用のサングラスを落としたクルミは叫んでいた。


「へっ? なっ、何で……いんのよ!?」


「おや? お知り合いですか~?」


 一番危険な相手に見られたとクルミは焦っていた。クルミは十五の時にソロデビューし、その一年後に今のグループが結成された。しかしイツカズは結成前からの古参ファンだった。


 当時は専属でマネも居ない中でファンへの対応も自分でしていたから古参の顔は覚えていた。その中でソロ時代から付いて来たファンはイツカズと数名だけで顔と名前は一致していたのだ。


「私のソロ時代からのファンで……ちょっと口封じして来ます!!」


「あぁ……SNSに出てますよ三枝さん、場所変えましょうか?」


「ちっ!! それでマネも来ないの!? とにかく彼を止めるんで!!」


 そして追いかけて来たクルミに焦ってアクセルを全開にしてトラックに正面衝突という事故が起きてしまった。




「あっ……ううっ――――ったぁ……」


「ど、どうしたの……逸加さん?」


 一連の話を聞き終わると下を向いて肩をビクビクさせ声を震わせる。いきなりの奇行にクルミも焦るが顔を上げると目から涙をボロボロ流し、鼻水を垂らして泣く情けない男がいた。


がぁれじっカレシ、でも枕営業でもながったぁ……よがったよぉ……」


 勇者イツカズ大号泣である。今の姿を王国民が見たらドン引するだろう。これでも転生後は人格者の勇者として名が通っており、今は世界を救って英雄になったばかりの話題の男だ。


「うわぁ……追い込んだの私だけど正直ヒクわ……」


「ファンを裏切ってなかったんだぁ……よがったぁ……ううっ……」


「てか信じて無かったんですね? 逸加さんは」


 そう言われた瞬間イツカズの背筋は凍った。今までの感動は一瞬で引っ込み真顔になって彼は元推しと目を合わせられなくなっていた。


「あっ……ちっ、ちがっ、その、お、俺は……」


「ま、あんなの見られたら仕方ないか……でもショックだな~♪ ファンにそういう風に見られてたんだ~?」


 ニヤニヤしながらイツカズを見ると彼は椅子から転げ落ちる勢いで床に正座していた。


「ちっ、違う、違うんだ!! クルミン!!」


 そのまま思わず土下座する勇者だが、その行動が既に認めている事と同義であると気付いていない。だが面白くなったクルミは更に追い打ちをかけていた。


「え~? 何が違うの~? 推しなんですよね?」


「い、いえ……これは、その……ずいまぜんでしたぁ……俺、何でもしますから」


 土下座したままイツカズは言った。言ってしまったこの一言が後々まで響くことになるのだが今の勇者はそんなこと知らないし完全に勢いだった。


「って逸加さんに八つ当たりしても仕方ないか……そもそもユイとナツのせいだし」


「へ? じゃあ……なっちゃんとユイユイがスキャンダルを!?」


「うん……まずユイなんだけどカレシとの写真撮られて、これはまだ良い方でナツが完全にアウト。スポンサーの担当者と寝てたの、事務所にも内緒でね」


 そこでクルミは事故直後に話を戻すと言って再び当時を語り出した。



――――事故直後


「ちょっと!? 大事故じゃない!! えっと……逸加さん!?」


「うっわぁ……どうすんの三枝さん、これ?」


「もちろん助けます、早く救急車を!!」


 事故直後の凄惨な現場を見て怯みそうになったクルミだったが、後から追って来た記者にすぐ通報するように言うと自分は車の運転席の方を見た。


「でも、君さ、バレたら……」


「人の命には代えられません!!」


 運転席はぺしゃんこだが諦めずにクルミは救出したトラックの運転手や他の野次馬の助けを借り救出劇となった。だが逸加いつか かなうという一人の青年は死亡という最悪の結果となってしまった。


「そこで終わればまだ良かったのよ」


「いや、俺死んでるんですけど」


「そうなの、逸加さん死じゃったから後が大変だったの」


「え?」


 事故の一部始終を野次馬がSNSで拡散した結果、救助活動をしたクルミは一躍テレビやネットで取り上げられ称賛を浴びた。だが、これによってスキャンダルがバレるのも時間の問題だと考えた事務所側は一転して公表したのだ。


「つまり事務所は二人のスキャンダルに被せて、私の人命救助の話を美談にして乗り切ろうとしたのよ、その……ごめんなさい」


「う~ん、でもクルミンの役に立ったならオッケーです!!」


「いやいや逸加さん、ここ普通に怒っていいから!!」


 クルミの言う通りなのだがイツカズは正直どうでも良かった。なんせ自分が黒前世認定するくらいには嫌な過去で、そんな前世でも推しの役にも立てたなら万々歳だというのが正直な感想だった。


「あの一緒にいた記者もスキャンダルより私の方を大きく扱ったし……」


「なるほど……じゃあ何で異世界に?」


「それが謹慎中のユイとナツに謝りたいって呼び出されて会いに行ったら、事務所の屋上から二人に突き落とされたの」


 その後は気が付いたらギャル男神の前にいて転生か生き返るかを聞かれたそうだ。そして生き返ることを選択したら準備に時間が必要だと言われ、この世界に転移させられたという話だった。


「えぇ……なっちゃんとユイユイが、マジかぁ……」


「ま、私も殺されるほど恨まれてるなんて思わなかったしね」

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