第6話「黒前世の真相」(前編)


「ゴホン、取り乱して申し訳ありません。では神からどこまで私の話を?」


「あ~、そっか、先に言っておくと私、向こうで死んじゃったのよ」


 瞬間、勇者イツカズは停止した。今まで数多の魔物を前にしてもマオー軍との戦いも見目麗しい令嬢に囲まれても動じなかった勇者が一瞬で固まった。


「…………へっ? クルミンも~~~~~~!?」


「あっ、やっぱり驚くと戻るんだ、てかリアクションがオタクっぽ~い」


 クスクスと笑う元推しの笑顔に癒されながら言葉ではビシバシ殴られる。何だこれは普通にご褒美じゃないかと内心で悦に入りそうになるイツカズだった。


「うっ……もう少しだけ、ファンに優しくしてくれないでしょうか……」


「え~、だって前世でしょ? それに元推しなんでしょ?」


 そのイツカズの様子を見るとクルミの方も笑って言うと両者の間で緊張は無くなりつつ有った。だが流してはいけない話題をイツカズはすぐに思い出し口を開いた。


「元でも優しくしてください……って、それより死んだって……どういうこと?」


「うん、正確には死ぬ直前に向こうの世界から跳ばされたの、ギャル男に」


 イツカズは転生だがクルミは転移ここが微妙に違っていた。今の話が気になって事情を聞く事にした。そして驚かされたのはクルミの現在の状況だった。


「え? 俺が死んでから二週間!?」


「ええ、正確には十五日くらい」


 自分の方は転生して既に二十年で記憶が戻ってからは十三年で時間的な隔たりを感じたイツカズだが、今の状況を正確に理解するため話を聞いて行く内に当時の話になった。


「俺の死んだ事故で通報を?」


「目の前で事故が起きたら通報くらいするでしょ」


「それは、その……ご迷惑をおかけしました」


「まあ、原因は私だし……」


 そう言うと互いに気まずくなった。イツカズは目の前で元推しがホテル街で男と一緒にいて自暴自棄になり事故死。片やクルミの方は厄介勢とはいえ一応はファンに見られた後に死なれたのだから当然だ。


「「あの……あっ……」」


 互いに次の一言を探った結果、見事にラブコメみたいな現象に陥る二人だが逆に緊張は解けた。笑い合うことは無いが覚悟は決まったクルミが先に口を開いた。


「まず向こうで私が死んだ、いえ殺されかけたのは貴方の事故死が原因なの」


「え? その……どういうこと? てか殺されかけた!?」


 その言葉に動揺したイツカズにクルミはあの夜の事を一から話し始めた。




 その夜のクルミは最悪な気分だった。外は真冬で寒いし大事なリハーサルをキャンセルしてまで面倒事を片付けなくてはいけなかったからだ。


「相原さん遅い……もう相手来てるじゃん」


 クルミは合流予定のマネージャーが来ないのに苛立ちながら先に呼び出された喫茶店に入る事にした。周りはカップルだらけで目立つから店に入るしかなかった。


「ども~、三枝さ~ん」


「どうも、声、小さくお願いします」


 店に入ると茶色いコートの胡散臭い男がニヤリとしながら手を振ってクルミを見た。この男が先週いきなり連絡して来たことで今、自分の所属している事務所は大騒ぎだった。


「すいませ~ん、で? マネさんと本人達は?」


「まだです、たぶん二人を説得してるんだと思います」


「大変ですねえ、ダメなメンバー持つと」


 言われてクルミは本当にその通りだと言いそうになるのを堪えた。十代の少女にしては忍耐強く落ち着いているのは教育が行き届いているからで、妙に大人びているのも祖母の教えからだ。


「お待たせして……すいません」


「いやいや、でもテレビで見るより落ち着いてるね三枝さん、他の二人も真面目にアイドルやってれば……ねえ?」


「私は真面目だけが取り柄の万年三位ですから」


「おっと、これは失礼~、でも真面目にやっててメンバーの尻拭いとは……君だけ枕を全部断ってるって噂も本当みたいだねぇ~」


 ニヤニヤしている目の前の記者の言う事が全て正しくてイライラする。実はクルミが来たのは自身の所属するアイドルグループ『MOON RISEムーンライズ』のメンバー二人の不祥事の揉み消しのためだった。


 MOON RISE、通称ムンライは六人の少女で構成されたアイドルユニットだ。メジャーデビューして半年は芽が出なかったが、CM出演で人気が出て一躍トップアイドルの仲間入りを果たした。


 そんなクルミがリーダーを務めるMOON RISEはデビューして二周年ライブが間も無く開催という大事な時期だった。そんなタイミングで発覚したのは人気メンバー二人のスキャンダルだ。


(それを、こんなことで……)


 問題を起こした二人やマネも遅刻して何で社長に頼まれ無理やり立会人にされた自分が相手をしているんだと頭を抱え何気無く見た窓の外の人物と目が合った。それが涙目の転生前の勇者イツカズこと逸加いつか かなうだったのだ。


「「あっ……」」

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