第5話「これがこの世界の伝統です」


「この世界は、クルっ……三枝さんの元の世界と違ってファンタジーな世界です」


「いやファンタジーって言われても……」


 そこでイツカズは勇者として簡単な魔法を見せた。火を付けたり光を出したりと簡単な魔法だ。だがクルミは改めて驚かされた。事前にギャル男こと神に説明されたとはいえ未だに分からないことは多いからだ。


「神様は何て? いや、そもそも、ク……三枝さんが何でここに?」


「ま、ここに来たのは神様に呼ばれたって話なんだけど、あと逸加さん。普通にクルミで良いですよ?」


 やはりギャル男が原因かとイツカズは憤っていた。もちろん連れて来られた彼女に同情もしたが一番は自分のトラウマを連れて来たことに対してだ。前世は全て捨て一から人生をやり直している最中だった。だからイツカズは元推しをこう呼ぶ。


「……そ、そうでしたね、聖女クルミさん、あと私はイツカズとお呼び下さい」


「ふ~ん、そういう態度なんだ、ま、いいけどね」


 その後もクルミに、この世界について話しているとパーティーは終わりに近付いていた。本当は元推しと関わり合いになるのは危険だと思うイツカズだったが王命と何より神様の命令が有る。


 この世界で神の言葉に背くのは勇者でも不可能だ。現に今までも無茶振りされる度に彼は神の遣わした勇者パシリとしてマオー軍と戦っていた。だが戦も終わり第二の人生が待っているはずだった。


 勇者としての力も財産も名前だけの上級貴族より潤沢で人生はこれからと考えていた。まさか、こんな形でトラウマ級の人物と再会させられ世話まで任せられるとは思っていなかった。


「それでは最後に聖なる踊りで神への祈りを捧げよう」


 二人がテラスから戻ると宴もたけなわですがと司会が口にしパーティーはお開き前の最後の締めのダンスになっていた。この国では聖なる踊りで宴を終わらせるのが伝統でイツカズも位置に付いた。


「え? え?」


「あ~、クルミさんってパラパラ踊れますか?」


「え? パラパラって何?」


 パラパラ――――、それはバブルと呼ばれる昭和と平成の狭間で生まれたカオスな時代の踊り。分からない人は独特な動きや振り付けについてお父さんやお母さんに聞いてみよう。


「あ、昔の動画で見たこと有る……昔ガングロが踊ってたやつだ」


「うん、この国の伝統的な踊りなんだ……」


 イツカズが言うとオーケストラが荘厳な曲を演奏し始める。それに合わせて一斉に踊る人々の姿は独特過ぎてクルミは唖然とした。


「えぇ……なんかダサいんだけど」


「慣れれば大丈夫……だと思う」


 ちなみにエイフィアルド王国では幼い頃からパラパラを覚えさせられる。全てはギャル男神のせいだろうとイツカズは思っている。前世を思い出す七歳までは何の疑いも無く踊って気付けばパラパラ二段だった。




 そんな感じで勇者の元に聖女アイドルがやって来た翌朝。ドンドンと扉を叩く音がイツカズの部屋に響く。ここは王城に用意された部屋で実家じゃないのを思い出してドアを開けた。


「おはようございます逸加さん、今いいですか?」


「その呼び方は困るんですが……」


「じゃあ、いい加減さ色々と聞きたいんだけど……こっちも」


 そう言われては逃げることは不可能だ。それにイツカズも彼女が神から何を聞かされたのか、後は可能なら自分の死んだ後の話も聞きたかった。


 黒前世とはいえ心残りは有ったし元推しが転移して来た理由も気になる。だからイツカズは聖女のお付き二人を下がらせた。


「分かりました、では……はっ!?」


 しかし、ここで勇者イツカズ二十歳、前世も今生も彼女いない歴イコール年齢な彼は女性それも元推しと二人きりという事実に気付いていしまった。


 前世では大金を払ってイベントなどで二人きりのお話会などは有った。だが実際はスタッフが常に室内に居て監視カメラも稼働し二人きりなんて詐欺だと絶望した思い出トラウマが脳内を駆け巡る。


「あの~?」


 それが今回は違う。正真正銘の二人きりでプレミア感が凄い。正直に言うと尊いし拝んでしまいそうになるがダメだ。それは前世の情けない自分だ。


「失礼した聖女、いやクルミさん」


「いえいえ、じゃあまず……」


 しかし今の自分は違う。幼少期からの教育で女性の扱いも心得ている立派な紳士だ。ネグレクトなシングルマザーに放置され勝手に育った前世とは違うのだ。


「はい、では何から話しましょう?」


「う~んと、私のガチ恋勢ってほんと?」


 その言葉で勇者イツカズの今までの決意は一瞬で崩れ去った。


「ガガガガ、ガチ恋とか、いや、ぜっ、ぜぜぜぜんぜん前世の話だし~!!」


「あ~、ネタ挟むくらいは余裕みたいね」


 半分呆れた表情を見せながら口元はニヤリと笑ってクルミは思った以上にチョロそうだなコイツと認識を改めた。

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