第4話「せまる元推し、バレたくない俺」
「えっと、その……どう?」
「ふっ、ふつくしい……初めての全国ツアーの衣装っぽいし……」
「え!? あんたやっぱり!!」
つい口が滑ったイツカズは付き人達に先に会場へクルミと行くようにと言って部屋に閉じこもった。
「何だ今の……マジ神過ぎる……神様ありがと~」
『ちょっと!! やっぱり私のこと知ってるでしょ!!』
ドア越しに元推しが騒いでいるが勇者はそれ所ではない。何度も握手したし一分間のお話券をイベントで使用できる最大三十枚も使って話したりもしたが本物が近くて最高だと感動していた。
『さっ、聖女様こちらに、パーティーで勇者様とは会えますから』
『急ぎましょ~』
ドアの外で最後まで騒いでいたクルミが連れて行かれるのを確認すると勇者イツカズは鎧から着替えた。今回のために用意されていた儀礼服で見た目は赤と黒のジャケット風だ。
昔と違って決まっているなと鏡に向かって笑顔になると転生前の冴えない自分の顔が一瞬だけ見えた気がした。でも気のせいで鏡の中には精悍な顔のイケメンがそこにいた。
「もう、俺は昔とは違う……違うんだ」
まるで自分に言い聞かせるようにブンブンと首を横に振ってから部屋を出て最後に係の人間に
◆
そこは良く有る晩餐会や舞踏会と呼ばれる形式ではなく、どちらかと言えば現代風の立食形式のパーティーに近い光景だった。忘れているだろうが剣と魔法が中心に発展している世界であって割と現代に近いのだ。
会場に用意されている料理もどこかで見た事あるものだし、それこそ異世界人として連れて来られたクルミの口に合う料理ばかりだった。
「普通に美味しいわね、この肉、ローストビーフみたい」
「いかがですかな、聖女様」
そんな感じで転移してから初めての食事は意外と普通だと楽しんでいる彼女に声をかけて来たのは白髭を
「はい、とても美味しいです」
「ありがとうございます聖女様。シェフも喜んでテンアゲでございます」
「えっ? あっ、そう……ですか」
ちょいちょい変な言葉、否、謎の現代語が入るのに頬をヒクヒクさせながら未だに今の状況に困惑していると城内がザワついた。今回の主役、勇者イツカズの登場だ。だが本人より前に謎の令嬢三人組が騒ぎ出した。
「イケメンで趣味がボランティアの勇者様よ~!!」
「ご兄弟は三人でお兄さまが次期当主よ~!!」
「そして、ご実家は有力な子爵家で上級貴族は狙い目なのよ~!!」
有名人であるがゆえに彼の個人情報は駄々漏れで入室した瞬間にこれだ。だが勇者はこの程度では動じない。全てを受け流す笑顔で人々に一礼するとボーイからグラスを受け取った。
「ふぅ、今宵は戦争終結と平和が戻ったことを皆に感謝したい、乾杯!!」
グラスを掲げると皆が乾杯と続く中、一人だけジト目で見ている者がいた。もちろんクルミだ。今の彼女の状況は突然この世界に拉致られた被害者だ。しかし彼女は意外と冷静だった。
「まあ、勇者様~、お似合いです~」
「えっ!? あっ、その……いや、まあ、あっ、ありがと……ござます」
しかし悲しいかな勇者になっても元だとしても推しは推し、気になって仕方ないし声をかけられれば喜んで生来のオタクが出てしまう。だが更に驚いたのはクルミの次の一言だった。
「う~ん……もしかして、あなた逸加さん?」
「っ!? なっ!?」
「あ、やっぱり~!!」
普段は絶対に顔に出ないように笑顔を張り付けている勇者イツカズの仮面が一瞬だけ剥がれた。これは今の転生後の家族しか知らないが幼少期は驚くとすぐに顔に出たのを矯正された名残だ。本当に驚くと仮面が剥がれてしまう。
「な、なんの話かな……聖女殿」
「ふ~ん、とりあえず色々とお話しましょ? 今日は時間制限無しで」
完全にバレていると同時に自分が元推しに認知されていたという喜びでイツカズは混乱した。それと同時に転生前が害悪な人間だったと周囲にバレてしまう危機感から焦っていた。
(マズい、マズ過ぎる……ここまで順調だった転生後の人生が……)
自分の黒前世が明らかになったら今まで積み上げた功績が全て台無しになる可能性は高い……何とかして隠し通したい。だが目の前の元推しは簡単に逃がしてくれなさそうだとイツカズは策を巡らせるが空気を読めない王たちが口を開く。
「我らが神は聖女様のことは勇者様に任せろと神託が……」
「そうでした神託を忘れるとは、ガチ許されない行為ですな」
「そうですな、マジ極刑ですな~」
そう言って「ハハハハ」と笑いながら王や取り巻きは気を利かせ二人をテラスの方へと無理やり押し出し最終的に二人きりにされてしまった。
「あ、あのさ……この世界なんか変じゃない?」
「そう、ですか?」
「うん、何か変、やっぱりあのギャル男のせい? あと、アイツにこの世界のことは勇者に聞けって言われたんだけど……」
そう言われても凄い困る。だって俺の方は何も聞いて無いからとは言えずにコクリと頷くイツカズは悩んだ末に説明のために話をすることになった。
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