◇3

 ◇side.クロエ


 素敵なハニーブロンドの髪と瞳を持つこの国の皇女様。この国の皇帝の娘、しかも孤児院育ちと聞いたためあまり期待をしていなかった。むしろこれから苦労する事になるのでは? とまで思っていたのに……



「さぁ、ココアをどうぞ」


「あり、がとう」



 な、な、なんとお可愛らしい!!


 とっても小さな手でマグカップをお取りした皇女様。ふーふーと冷ましている姿なんてもう可愛すぎて失神してしまいそう。こんな天使のような皇女様にそんなむごたらしいものをお見せしたなんて!! 皇帝、許すまじ!!


 今まで孤児院では苦労もあっただろう。なら、私が誠心誠意お仕えしなければ!! 健やかに、伸び伸びと生活が出来るよう頑張ります!!



「美味しいですか、皇女様」


「……うん。ここあ?」


「はい。とっても甘いでしょ? これからはいつでも淹れて差し上げますから、遠慮なく言って下さい。あ、飲み過ぎはいけませんから、程々に」


「……その、私、リンティ」


「えぇ、聞いておりますよ」


「リンティ、が、いい」


「……お呼びしても、よろしいのですか?」


「うん」



 なんと!! なんと!! わ、私のような使用人がリンティ様とお呼びしてもいいのですか!! あぁ、何とお優しい……!!



「ありがとうございます、リンティ様。では、私の事も気軽にクロエとお呼びください」


「お友達?」


「う~ん、少し違いますが……リンティ様がお望みでしたら喜んで」


「うん!」



 あぁ……天使。私、召されてしまうのかしら。今日が命日? あぁ、でも駄目よクロエ。ここで召されてしまってはこれからのリンティ様の生活に支障を来してしまうわ。ついさっきリンティ様に充実した生活を送れるよう誠心誠意お仕えするって誓ったじゃない!!


 それから、すぐにお着替えを。もうお可愛らしくて鼻血を出しそうになってしまった。他の侍女達も、吐血寸前だった事だろう。それだけ、リンティ様が素晴らしい天使なのだという事だ。あぁ、最高です。え、変態? まさか。


 これから、こんな素晴らしいリンティ様の姿を拝見できるという事に、神様に拝ませてもらいたいくらいの気持ちだ。あぁ、天国だ。


 なぁんて思っていた数十分後。




 今、皇女様は窮地に立たされている。


 呼ばれてしまったのだ、あの冷血皇帝に。執務室に来るよう言伝を頂き、戦場に赴いた次第である。あぁ、なんと小さなお背中なのでしょう。初対面で怖かったでしょうに、今カタカタと震えていらっしゃるではないか。


 扉が開かれ、陛下のお姿が目に入った。


 ローテーブルを挟んで置かれているソファーの片方にお座りになられている陛下は、手元にある書類に目を落としていらっしゃる。皇女様がいらっしゃったというのにガン無視ですか、ちょっと。ここまで頑張って着たというのに!


 気付かれた陛下は、顎をくいっと動かし目の前のソファーに座れとでも言いたそうな仕草をしていて。おいおい、そんな扱いしていいと思ってんのか陛下! 一番高い位の方ではなかったら、殴り飛ばしていた所だぞここ。


 頑張って高いソファーをよじ登る皇女様に手をお貸ししてやっと座ることが出来た皇女様。そんな様子まで全く興味を示さない。マジで、殴ってやりたい。でも私がやったら不敬罪より何より殴り返されて一発K.Oだ。我慢しよう。


 しーん、とした沈黙。陛下が喋らなければ誰もしゃべれないのを知ってます? 貴方皇帝ですよね? あぁ、皇女様!! 頑張って!! 負けないで!!



「……食え」



 テーブルに用意された紅茶とデザートを食えですって? いやいや、ついさっき人殺しを見てしまったと聞いたけど、そんな状態で喉が通るわけないじゃないですか!!



「い、いただき、ます」



 あぁ、言われたからと無理して食べる事ないのに!! 皇女様えらいです!! ですがもう見てられない!!



「似てないな。本当に私の娘か」


「いえ、そんなことございません。激似です」


「……そうか」



 陛下の斜め後ろに立つデービス様が陛下の言葉にズバッと反論する。うん、親子じゃないって言われたら疑うくらい激似ね。陛下の小さい頃は見た事がないけれど、きっとこれくらい可愛げが……いえ、あり得ないわね。皇女様の方が数百倍、数万倍お可愛らしいわ、うんうん。



「名は」



 えっ、聞いてなかったの? 自分の娘のはずなのに。デービス様の事だ、ちゃんと伝えたと思うんだけど……



「へ、陛下……数日前に、私が言いましたよね……忘れてしまわれましたか」


「さぁ、言ったか?」



 くぅ~~~~~殴ってやりたいっ!!!! 自分の娘だろうがゴラッッッ!!!! 顔がいいからって!!!! やっていい事と悪い事があるだろうが!!!!



「で、名は」


「リ、リンティ、です」


「……リンティか」



 その呟きの後またまた黙ってしまった。おいゴラ皇女様が困ってるだろうが。


 何かフォローしてあげたいけれど……そう思っていた時、コンコンとこの部屋のドアがノックされた。入ってきたのは、ここの使用人。


 すぐにデービス様に伝えられ、彼から陛下に報告された。何かあったらしい、席を立ってしまわれた。マジですか。


 だけど、陛下が席を立った後のこの部屋の空気が瞬く間に軽く明るくなったのは皆感じた事だろう。皇女様、無事ですか。大丈夫ですか。






 ◇side.テオ


「へ~い~かぁぁ~!!」


「何だ、うっとおしい」



 皇女様との正式な対面中に呼ばれ席を立たれた。皇女様を置き去りにしたところで僕の頭はもう大噴火。



「何なんですかさっきのはっ! あれが初めて(?)会った親子の会話ですか!」


「お前が言ったのだろう、大人しくしていろと」


「ああいう意味で言ったんじゃありません! あれでは皇女様があまりにも可哀想ではありませんか!」


「菓子を用意させたではないか」


「そうじゃない!」



 あぁもぉこのポンコツ陛下はぁぁ!! あの初顔合わせが超最悪だったから今回ので挽回しなければならなかったのにぃぃ!! 何て事してくれてんだこのアホっ!!



「ならどうすればよかったのだ」


「自己紹介をして、皇女様にどう呼ばれたいか伝えて、これからよろしくでも何でも優しく言ってあげればいいだけではありませんかっ!」


「どうせ向こうは私の名を知っている。自己紹介などあれで十分だ。呼び方なども周りが教えれば良いではないか」


「……貴方にまともな対応を求めた私が馬鹿でした」



 皇女様は、今までとは全く違った場所で過ごす事になる。知らない者達も大勢いて、その者達の、皇女様に対する対応も全く違う。


 周りの環境ががらりと変わった事による混乱、不安が沢山あるはず。だが、血の繋がった人物と会えて少しは嬉しかっただろうに、これじゃあ……はぁ、これは困ったな。

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