◇2
◇side.テオ
陛下からの命を受け、皇女殿下をここまでお迎えに参った。孤児院で暮らす5歳児だと聞いていた。軽く院長を説得してさっさと連れて帰ろう。そう思っていた。なの、に……
『おいテオ、皇女様が退屈なさっているぞ』
アーサーとは幼馴染だ。なんで俺とこいつが一緒に指名されたかは恐らく陛下の嫌がらせだろう。
『じゃあどうしろと言うんだ。話題を振ってもすぐに終わってしまうではないか。お前、弟がいただろう。子供の扱いには慣れているのではないのか』
『は? 弟と俺はいくつ違いだと思ってるんだ。4歳しか離れてないんだぞ。しかも男だ! 参考にすらならんぞ』
口には出さず、目で言い合いをする僕達に、皇女様は気付いておられない。というより、気にもしてない、のか?
「皇宮には、素晴らしい庭園があるのですよ。確か今は、薔薇の花が満開だと思います」
「そ、そうそう! 赤に黄色、ピンクに紫と色とりどりで、最近は珍しい青の薔薇が咲き始まったのだとか。皇女様は、どんな花がお好きですか?」
よ、よし! アーサーよくやった。さ、何と答えるか。子供だから、花の名前を知っているか不安だが……そしたら色を聞けばいい。
「……アネモネ、が、好きです」
ア、アネモネかぁ……あったか? 庭園に。あまり貴族の間ではアネモネは好まれない花だからなぁ。あるとしたら薔薇とかチューリップ、デイジーくらいか。あとで植えさせるか、大量に。ほら、アネモネはいろんな色があるからな。皇女様に喜んでいただけるように庭師に伝えておこう。
「どんな色が好きですか?」
「ピ、ピンク……」
「そうですか! とっても皇女様にお似合いの色ですね」
よし、ピンクを多くしよう。決定。
ちらりと外を覗き、そろそろ城に着く頃だろうと確認した。僕は思った。……あとで陛下に、もう一回だけ言っておこう、と。相手は五歳の女の子ですからね、と。
「さぁ、到着しましたよ」
馬車から降りた皇女様を待っていたのは、大きくそびえたつ煌びやかな城、そして、通り道の両端にずらりと並ぶ使用人達だ。その状況に、驚いているようだ。
「陛下は」
「謁見室に」
「分かった。では皇女様、このまま謁見室にて陛下にお会いしましょうか」
驚き、不安、戸惑い。そんな感情を込めた顔を僕に向けてきた。まぁ、分かるには分かる。見かけた事があるかないかは分からないが……あんな首都から遠く離れた場所にいたんだ、ない方が可能性が高い。初めて会う方で、しかもその人物の二つ名が〝冷血の最強皇帝〟だもんなぁ。怖いに決まってる。
不安を抱えつつ、では向かいましょう、そう皇女様に伝えたのだ。
皇城の、謁見室までの長い廊下を皇女様の歩く速度に合わせて歩くが……これでは日が暮れてしまうのでは、と思える。小さくて足が短いのは分かる。だが……歩く姿がとても可愛らしいのはどうしてだろうか。周りの者達もにこやかな顔で皇女様を見守っている。
応援したい気持ちはあるが……
「皇女様、無礼は承知なのですが、少々失礼します」
僕は、皇女様を抱き上げた。周りの者達の、分かりやすい視線もあるが、これは仕方ない。陛下がお待ちだしな。だからこれは許される行為だ。文句のある奴はかかってこい。
「大丈夫ですか?」
いきなりの事で驚いていてしまっただろうか。だが、頭を何度もコクコクと縦に振っていて。そんな仕草にくすくすと笑いつつ足を進めた。
辿り着いたのは、大きな扉。手前で降ろした為彼女には一際大きく見えるだろう。自分より何倍も大きいのだから、驚くのも無理はない。
扉の両端に立つ兵の内一人に聞くと、今は他の者達が陛下に謁見中らしい。タイミングが悪かったな。そう思っていた時、中から声がした。
「入れ」
それはまさしく、今お会いしようとしている人物、皇帝陛下のお声だった。陛下の地獄耳には本当に驚くな。
両端の兵が大きな扉を開いた。
……俺は、後悔した。
今謁見中の人物達の名を聞いていれば、もう一回だけ陛下にくれぐれも大人しくしていてくださいねと釘を刺していれば。
中で見た光景に、僕は絶句した。開いた直後に、陛下が持っていた剣で来訪者の首をはねていたからだ。数秒の沈黙の後、陛下がそのまま歩み寄ってきた。
「そいつが例の娘か」
ハッ、こっ皇女様は!
すぐに隣の皇女様の様子を確認すると、僕のズボンを掴んで握りしめていた。もう涙が出そう……あ、今決壊した。だけど、喚かぬよう力を入れて耐えている。剣を出されて、育ててくれた院長を守ろうとする勇敢な皇女様でもこれには無理がある。だが、血濡れの剣を持った陛下が近づいて来ても喚かないとは、普通の5歳児なら泣き喚いて逃げ出している所だ。
「何故泣く」
アンタが人殺しを目の前でしたからでしょうっ!! まずはその剣と血で汚れたお召し物を何とかしてくださいっ!!
「おい、泣いてないで出てこい」
「ちょぉっと待ったぁ!!」
僕の後ろに隠れている皇女様に手を伸ばす陛下を止めた。これでは余計怖がらせて血で汚れてしまうではないか。
「いけません、これでは皇女様が血で汚れてしまいます」
「手袋を外せばいいのか」
「そうじゃないでしょう!」
湯あみの準備をさせますので、これで失礼いたします。そう一言残し皇女様を何とか退場させた。後ろからグサグサ刺さる視線は、気付かぬふりをした。剣が飛んできそうで冷や冷やしたが。
「皇女様、大丈夫で……はないですね」
ぎゅうううううううう、と皇女様を抱き上げた僕の服を掴み顔を埋めてしまっている。心の中で溜息をつき、よく頑張りましたねという意味を込めて背中を撫でて差し上げた。
そもそも、5歳児にあんなものを見せていいわけないだろう。教育にも悪すぎる。ったく、陛下め。
用意された皇女様のお部屋。皇女様専属で任命された侍女を呼ぶと、皇女様の今のご様子に口をぽかんとしている。
「い、かがなさいました……?」
「……陛下にお会いしたんだが、先客がいてな……まぁ、な」
察したらしい、呆れた目をしていた。まぁ、こういう事は日常茶飯事だからな。皆それは理解している、というより見て見ぬふりか。巻き込まれたくはないからな。
なんとか皇女様に手を離していただくと、目を真っ赤にして鼻をすすっていて。すぐに持ってこさせた冷えたタオルを当てた。あぁ、こんなに腫らしてしまって。
「あ”の”……」
涙声で、皇女様は侍女に話しかけた。
「申し遅れました。本日から皇女様の専属侍女となりました、クロエ・カーシルです。どうぞよろしくお願いいたしますね」
落ち着きを取り戻した皇女様は、そんなカーシルの自己紹介にコクコクと頷いた。
「よ、ろしく、おねがいします」
「いけませんよ、皇女様。皇女様はこの国で陛下の次に位の高い方です。ですから、畏まった言葉遣いは陛下のみにお使いください」
すぐ理解してくださったようだ、またコクンと頷いてくださった。何とも理解力のある方だ。
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