第36話 異世界でレベルカンスト、現実世界でもチートなファイアーボールで無敗です!?(最終話)

 ──あれから魔王ドッグが大魔獣百科に封印されて三年の時が経過した。

 俺とミミは封印の際に破れてボロくなり、本として使い物にならなくなったをトウキョウから数キロ離れた地元の図書館に返却した。


 後日、この本はトウキョウの伝統を後世に伝えるため、町の駅前にある歴史資料館に展示されるようになった。


 俺とミミは元の世界に帰ることは出来なくなったが、世界を揺るがしていた魔王を封じ込めたということで異世界の通信システムからのギルドにて高額の謝礼金を貰い、人里離れた集落で大きな一軒家を建てるに至ったのだ。


「──シュウくん、こんな所にいたの。お昼ご飯のハンバーグ出来たよ」

「ああ、ちょっと待て。もうすぐでいい薬草の調合が出来そうなんだ」

「またやってるの、どこかの怪しげな番人みたいで現行犯逮捕したいんだけど」

「ミミにそんな権利ないだろ」


 黒の防護服を着た俺は室内にある密閉された薄暗い部屋で二種類の草をビーカーで煎じていた。


 部屋を暗くしてるのは光によって変質する薬品もあり、部屋を密閉してるのは調合中に有毒ガスが外に漏れ出すのを防ぐためである。


 それに万が一に備えて、部屋中の換気扇は回しているのだが、換気扇が動かないことなどの事故を想定し、こうして防護服、例の四種類のボタンが付いたバトルスーツに身を包んでいるのだが……。


「ねえ、また毒草を混ぜて使えそうな薬草を生成してるの? どう考えても無茶でしょ?」

「いや案外化けて出るかも知れないぜ」

「それはキツネやタヌキが使う術でしょ」


 葉っぱを使って騙すのがお得意の動物だが、製造に数円しかかからない大量な紙切れのお札を作る人間たちも金融自体を騙している。


「ミミも分かってないな。この世界の薬草は高価で手が出しづらいから、こうやって安価な薬草を生み出しているのに」


 あれから俺は高校を卒業し、魔法戦士の職を活かした場所で新規の職を探そうと飛び込んだが、待っていたのは寒々とした就職氷河期という地獄だった。


 そもそも魔王が居なくなり、それを意識していたモンスターたちも路頭に迷い、冒険者たちに問答無用で滅ぼされ、この現実世界からモンスターという存在そのものが無くなったのだ。


 これによりモンスター討伐でお金を稼いでいた冒険者は徐々に辞めて居なくなり、勇者は勿論もちろん、俺の魔法戦士という職柄も外へと出され、待ち構えていたのは車の誘導関連や図書館などの公共施設を護衛する警備員という業務だった。


 ──警備員という大変な職を数週間で退職した俺はもっと自分に合った仕事はないかと調べたのが、薬草の調合という職業。


 今まで冒険者として活動したせいか、薬草と毒草の詳しい違いや、使用した際に体に与える影響なども分かる。

 その経験やスキルを機転に変え、この新しい職に就職したのだ。


 一方でミミも高校を卒業し、看護師の専門学校へと進学。

 看護師のスキルを背に俺の助手という扱いにしたのだが、持ち前の天然さが炸裂し、薬草の誤混入や大事な容器を誤って破損などの問題行為が相次いだので、これ以上赤字になるのを防ごうとバイトから召使い的なポジションへと変えた。


 結果的にそれが良い判断だったのか、ミミは毎日健気に学業と家事の両立を頑張っていた。


『──ピーンポーン、ピーンポーン、ピーンポーン、ピーンポーン、ピーンポーン♪』


 ──耳障りなチャイム音が何度も鳴り、俺はインターホンのビデオ通話に自分の身を晒す。       

 モニターには焦げ茶色の作業服なリンクが大量の茶色の紙袋を手にして玄関に突っ立っていた。

 無駄に手荷物が多いのも、もうすぐハロウィンだからか。


『誠にすみません、シュウ殿はいらっしゃいますかー?』

「おい、リンク。毎度ながら近所迷惑だぞ?」

『はい。この前はいくら呼び鈴を鳴らしても出てこなかったので』

「まあ、あの時は風呂に入っていたからな」


 かといって薄汚れた服装に場違いな大荷物のリンクを玄関先に待たせているのも周りから見られると痛々しい。

 俺はご近所に悟られないよう、早々に玄関の鍵を開けることにした。


「……とか言いながら本当はミミといちゃついていたのじゃないのかしら?」

「同棲、暗黙な響きです」


 リンクの背後には、イタズラな笑みのアンバーと真面目な顔つきのテイルもいた。


 秋物のクラシカルなお洒落着を着こなした風貌にナチュラルなメイク。

 俺の知らない世界で彼女らも色々な経験をし、どんどん大人の女へと染まっていく。

 いつまでも変わらないのは俺くらいなものだ。


「そんなんじゃないぜ。アイツはただの助手だ」

「それでもって押し倒すつもりかしら? 不潔極まりないですわ」

「願望、甘美な響きです」

「いや、テイルも否定しろよ。普通に考えてもおかしいだろ?」


 アンバーとテイルは都内の大学に進学し、こうやって休日の時は俺に顔を見せに来るのだが、毎回会うたびにミミとの進展を訊きにくるから困ったものだ。 


 別にミミにはそんな恋愛感情はないし、ただの友達だと何度も言っているのに……。

 二人とも恋人もいなく、恋愛沙汰に飢えてるのか、何かと接点を持ちかけてくるし……もう勘弁してくれ。        


 リンクはというとテレポートというスキルを上手に使いこなし、肉体労働な配達員のアルバイトの傍ら、俺の職のサポートをしてくれるさまだ。


 こうして俺たちは魔王のいない世界で十分過ぎる生活を満喫していた。


 ──だが、そんな平和はこの三年後にして見事に打ち砕かれる。


 何者かの手によって資料館から大魔獣百科が盗み出され、悪どい手によって、このニホン島に再び凶悪なモンスターが現れるようになったのだ。


「参ったな。こうも簡単に平和がなくなるなんて。俺の平穏を返して欲しいぜ」

「返して欲しかったら現状を何とかしないとね」

「なあ、気のせいか、お前さん喜んでないか?」

「うん。こうしてまたシュウくんのサポートが出来るとなるとね」


 赤い体操着を着たミミが久しぶりの林の空気を吸い込みながら、ニコニコ顔で俺と背中通しを合わせる。


「敵はゴブリンにゾンビの騎士、スライム、ミニクラーケンですか。色々と混戦になりそうな感覚ですね」

「ああ、今回の魔王は意外に先陣も冴えてやがる」


 前回の魔王の時によるモンスター配置は一種類が主で単独で行動するパターンが多かった。

 数的にも10くらいが限界で今回のような何十も超えた群れをなすような状況もなかった。

 前回と比べ、扱う魔力が極端に違うのか?


「でもシュウ殿のファイアーボールに敵う相手などおりません」

「おおっ、リンクも分かってきたじゃんか」

「もうお互い付き合いも長いですので」


 リンクが買ったばかりの赤い甲冑に惚れ惚れしながらも腰の鞘から長剣を抜き出す。


「それじゃあ、こんな雑魚連中なんて一気に蹴散らして魔王のいる場所へ突っ込むぞ!」

「ええ、言われなくても分かってるよ。アンバーさん、テイルさん下がってて!!」

「シュウ殿、それでは敵陣突入の合図を」


 ミミも短刀を構えて、未だに素人なアンバーとテイルを下がらせ、リンクと一緒に俺の指示を待つ。


「ああ、いくぜ」


 俺はいつもの魔法を唱えるため、大きく開いた右手をモンスターの群れなる方へと向ける。


『ファイアーボール!』


 異世界でレベルカンスト、現実世界でもチートなファイアーボールで無敗だぜ!


 fin……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界でレベルカンスト、現実世界でもチートなファイアーボールで無敗です!? ぴこたんすたー @kakucocoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ