第32話 隠されていた二人の力(決戦の地編④)

「──ウフフ。見事な連携プレイじゃない」

「なっ、あれだけのファイアーボールを食らって平気だとは!?」

「いいえ、そうでもないわよ」


 魔王クロワはすすと傷だらけの状態で煙の中から凛として出てくる。

 このファイアーボールの激戦にも耐え抜いた彼女は少なからず笑っていた。


「あなたたち、中々の手練れね。最近はこの魔王城も日和見傾向だったんでなおさらね」

「まあ、俺が強すぎるということか」

「シュウ君、それは傲慢です。先生の補助とリンクの守りもあってのものですよ」

「ああ、そうだな、先生の言う通りだ。先生にもリンクにも謝礼をしないとな」


 フライキン先生が俺の横に並び、どうせなら口止め料として、コンビニ限定の美味しいドーナツが食べたいとか、小声で願望を耳打ちしてくる。

 ドーナツ、一切関係ないよな?


「……人の登場を無視してこの流れ。納得がいかないわね」

生憎あいにく、俺は情に流されるタイプじゃないからね」

「ここまであたしをボロボロにして、よくもそんな口が聞けるわね……」


 立ってるのもやっとのクロワが片ひざを大理石の床に下ろして、何やら呪文を唱え始めた。


 腹部にある傷口に当てた手の平には緑の発色が見え隠れする。

 癒えていく傷痕からして、恐らく回復魔法だろうか。


「さあ、シュウ君、このままだと魔王の体力が魔法で完全回復してしまいます。トドメを刺しなさい」

「……とは言われても、こんな美人さんに」

「さっき俺は情はないと言いましたよね? その情が身を滅ぼすのですよ!」

「わっ、分かったよ」


 満身創痍であり、クロワを倒すなら今しかないというフライキン先生の理屈は分かる。

 だが、屁理屈うんぬんで、乙女の命でもあるあの綺麗な肌に傷を残すのも何だか後味が悪い。


「それよりも最期に聞きたいことがあるんだが?」

「何かしら?」

「例の大魔獣大百科はどこにある?」


 俺は話を逸らして、クロワに探し物の在り処を尋ねる。

 そんな不意をつかれた魔王クロワは極めて冷静になり、俺と目線を合わせた。


「アハハハッ。何を言うかと思えばそんなちゃちなことなの。笑っちゃうわね」

「惚けるなよ。ここにあることは分かってるんだ。とっとと俺に渡せ」

「そんなこと言われても手元にはないわよ」

「何だよ、燃えるゴミにでも出したか?」


 紙の本だけによく燃えそうだが、この世界では基本、野焼きの行為は禁止されている。

 おおよそ環境保護といった所だろうか。


「燃えるゴミどころかリサイクルね」


 クロワが大きな声で笑いながらもゴミの分別がしっかりできる部分に感心する。


「すでに会長のソウセイ様に渡してあるわ」

「……くっ、一足遅かったか」


 どうやらここにあると見せかけて、クロワに一杯食わされたようだ。


「それでその会長とやらはどこにいる?」

「そうねえ……」

「──ああ、今ここに駆けつけたと言った所かな」


 ドッグが俺とクロワの間に割って入り、クロワを両手で担いで近くの柱へと向かう。

 俗に言う世間の女の子が憧れるお姫様抱っこである。


「しかし、酷い火傷の怪我だな。大丈夫か、クロワ」

「ソウセイ様、面目ありません。あたしとしたことが……」

「まあ、誰にでも敗北はある。次に勝てばいい寸断だろ」

「立てるかい?」

「はい、申し分なく」


 ドッグが柱に下ろしたクロワの体を支えて、ゆっくりと相手を立たせる。

 ドッグって淡白な性格かと思いきや、えらく紳士なんだな。


「さて、クロワを傷ものにした責任はとってもらうよ」

「それは大魔獣大百科!?」

「お察しの通り。さあ、ここからは地獄の鬼ごっこだ」

「ほれっ!!」


 ドッグが大魔獣百科の本を乱雑に開いて天井のシャンデリアの近くにまで大きく投げる。


「ワタシとクロワによる究極の完成体のお出ましさ!」


 ドッグの投げかけにより、宙でピタリと停止した本が眩しく光り出し、ドッグとクロワの体を闇のオーラが包み込んだ。


「「うおおおおー!」」


 やがて二つの闇の光は一つの融合体となり、二つの叫び声が中性的な女性の声へと変わっていく。


「なっ、何なの。この痺れるような殺気は!?」

「ミミ、どうやら最悪な結末になるかも知れないぜ」

「シュウくん、最悪って?」

「言葉通りの意味だよ。下手をすれば俺たち三人はここで命尽きるかも」

「ええっ!?」


 ミミが『冗談でしょ!?』と呟いて、俺の後ろにそそくさと隠れる。

 フライキン先生も間合いから少し後退り、敵の様子を見ていた。


「もうシュウくん、やる前から諦めていたら、リンクさんたちに失礼でしょ」

「だな。やるしかないか」


 言ってることと行動が正反対だが、実に幼馴染みらしい態度だ。


「いいねえ、聞いててゾクゾクするよ、その言葉」

「……でもね」


『ビューン!!』

  

 闇に埋もれた先から何かしらの赤い光が発せられる。


「えっ!?」

「その強がり、いつまで持つかな」


 その目にも見えなかった光はミミの腹を貫いていた。


「ミミー!!」

「おい、しっかりしろ!!」


 俺は倒れそうなミミを抱き止めて、細く空いた傷口を確認した。

 傷の場所からして、ひょっとしたら内臓をやられた可能性もある。


「あははっ……。私ドジっちゃったね……」

「待ってろ、ポーチに薬草があるから。先生もこっちに来てくれ!!」

「ええ!!」


 いずれにせよ、適切な処置をしないと手遅れになる。

 この薬草を患部に塗り込み、上からフライキン先生の回復魔法を重ねれば……。


「いいや、シュウくん……。これで足手まといがいなくなったから……」

「安心しろとでも言いたいのか。お前さんがいなくなったら俺が困るんだよ」

「シュウくん、それって?」

「ああ。貴重な家事担当がいないと困るからな」


 俺の優しげな気遣いにも関わらず、みるみる顔を歪ますミミ。


「何だよ、傷口が疼くなら大人しくしてろ」

「なっ!? もうシュウくんなんて知らない」

「おい、暴れたら治療が出来ないだろ」

「もう知らない!」


 完全に不機嫌となったミミが俺の頭をポコポコと叩いてくる。

 その比喩的表現通り、痛くも痒くもない。


「よそ見をしてる場合かな?」

『ビューン!!』


 闇の煙からまたしても光線が飛び出してくる。


「シュウくん!?」

『ガキィィーン!!』


 なるほどな。

 炎の魔法を収縮させて光線のように放ってるのか。

 タネが分かれば対処法はいくらでもある。


『ビューン、ビューン!!』


 闇から生まれてくる度重なる光線を魔法剣で弾きながらも敵との距離を詰めていく。


「フフッ。ワタシの攻撃をことごとく防ぐとは。キミもやるねえ」


 腰まで伸びた紅に染まった髪を靡かせ、黒いオーラを筋肉質な裸体に纏ったドッグらしき相手は今までにない低い声で語ってきた。

 ちょうどクロワとドッグを二で割った美男子の風貌。

 その様子から察して、どうやら二人は一つの体になり、膨大な力を得たのだと……。


「さあ、新生魔王ソウセイ=ドッグ様を前にして、どこまで戦えるかな」

「そうか、最初からクロワという人物は存在していなかったのか。それで双生そうせいドッグなのか」

「理解が早くて何よりだよ。じゃあ、ここで全てを終わらせようか」


 ドッグは俺の間合いに突風のように飛び込み、大きく拳を素早く振りかざした──。

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