第30話 今まで身を隠していたもう一人の勇者(決戦の地編②)

『クククッ。勇者二人で、城の外と内部を挟み撃ちとは。これは流石さすがに、あたしも黙って見るわけにはいかないね』


 暗がりの城の周辺に響き、よく通る女の声。

 えらく堂々とした口調からして、この城の主の魔王クロワで間違いない。

 こんな広すぎる場所に一人で住んでいたら、掃除とかが大変だろうに……。


「えっ、勇者が二人って?」

『あなた知らないの? そこにいるフライキンは元勇者なのよ。現在は教師という面目で落ち着いてるけどね』


 しかし、俺の驚きはホウキ両手にあたふたと、魔王クロワの家事に追われる、日常生活のイメージではなかった。

 彼女が口にしたという、釣り餌の部分にて、見事に引っかかったのだ。


「じゃあ、フライキン先生、初めから、俺たちの考えを見透かして?」

「そういうことよ。あの時、シュウがあたしに放ったファイアーボールなんて、楽に防げたけど、それじゃあ、腕前でバレるからねえ」


 フライキン先生が、戦闘服のスーツについたシワを手で伸ばしながら、これ、洗濯出来るかなと、うんうん唸っている。


 少なくとも普通の洗濯機じゃ、この防水機能がついたスーツは洗えないはず。

 脱水の最中にボタンの金具部分が擦れて、洗濯槽から火花が散り、洗ってる本体ごと倒れ、床に転がるからな。


「だけど驚きだな。過去がどうあれ、フライキン先生が、あの勇者だったなんて」

「すみません。テイルは、もっと前から気付いてましたよ」

「何だって、マジかよ!?」


 あの時、林間学校中に実力行使と、俺が本気で唱えた巨大なファイアーボールが、テイルとフライキン先生を飲み込もうとした時、怖がっていたテイルに、先生がそっと呟いたらしい。


 そう怯えなくてもいいわよ、あなたには魔法耐性の補助魔法はかけたし、あの程度の攻撃なら、余裕で防げるから避けるまでもないと。 

 先生は元勇者なんだから、このくらい任せなさいと……。


「それに、あれだけ巨大なファイアーボールを、シュウが見事に操れるとは思わなかったし」

「ううっ、先生もイタいところを付きますね……」


 フライキン先生から言い様に痛ぶられ、近くにあった柱に手を付けて落ち込む。


 大丈夫、脈拍も心臓の鼓動音も、言葉遣いも流暢りゅうちょうで正常だ。

 何もおくする必要はない。


「さて、仲間との感動のご対面は楽しめたかしら?」

「まあ、普通の会話だったけどな」


 クロワの一言で何てことない表情になり、しんがりにリンクを残して合流する俺たち。

 強力な助っ人を加えたパーティーの輪に戻った俺は、内心は複雑な気持ちでもあった。


 このくらいで凹んでいては、魔法戦士の名が落ちぶれる。

 魔法使いだからと、貧弱な職と思われがちだが、これでも前線で戦える、戦士という職種も含まれているのだから……。


「では、このあたし自らが、あなたたちの相手をしてあげるわ」

「ああ、望む所だ」


 俺たちは姿を現した魔王クロワと、最後の戦いを始めようとしていた。


「でも、ちょっと待ってくれないか」

「ええ、どうせ勝敗は見えてますし、いくらでも命乞いをするといいわ」

「ご協力、感謝致します」


 おおっと、調子に丁寧語で受け答えして忘れていたぜ。

 前回の教訓を活かして、色々と調べておかないとな。


『ウィンドウ、オープン』


【魔王クロワ、

 闇属性、

 レベル997、

 力8500、

 魔力9300、

 みのまもり5400、

 素早さ8260、

 賢さ8530、

 運のよさ7200、

 経験値42000、

 金貨16500。

(以下略)】


 うーん、やっぱり魔王だけあって、全体のステータスが桁違いに高いな。

 レベルもカンストに近いし、まさに属性を示すように、闇の中で生きるラスボスだけのことはある。


 経験値もお金も大漁にあって……まあ、俺はレベルカンストだし、武器や防具も間に合ってるけどな。


 ……こんな強敵を前にして、ステータス画面を見ずに、端から相手にしようとしていたのか。


 魔王クロワとの真っ向勝負では二度目だが、負けて恥じるようなら、損の人生だし、ここはみのまもりの低さを利用して、肉弾戦でいく方法もある。


 だけど、相手は遠距離攻撃で魔法が使えるし、防御魔法で身を固くすることも可能である。

 素早さを活かして、こちらの攻撃も、ことごとく避けられそうだ。


 ここは一人で攻め立てるより、仲間とのチームプレイが必須のようだな。


「みんな、ちょっと相談があるから俺の元に集まってくれ」

「何ですの、やはりケダモノの血が騒ぐと?」

「そんな暴漢は犯罪だし、好き好んで野蛮なことはしないって」


 アンバーよ、頼むから男が苦手でもいいから、こんな真剣な話くらいは聞いてくれ。

 それじゃあ、ただの女好きで最低な野郎の設定だぜ。


「はあ、ここは南蛮漬けが恋しいよね。シュウくん」


 ミミも、たまには酸っぱいのが恋しい気持ちも分かるが、人の話をきちんと聞いてくれ。

 これじゃあ、俺は中華料理店のコックみたいだぜ。


「シュウ殿、ミミ様。お腹が減っていらっしゃるなら、出前を頼みましょうか」


 リンクよ、テレパシーを通じて、お前さんは、この緊迫した状況を楽しんでないか?

 出前蕎麦が来るまで、この城で待機してろと?


「あのなあ、俺は真面目な話をしたいんだ。飯なら後でもいいだろ」


 個性的なパーティー編成で頭を悩まされ、正直、飯とか食わなくても、どうなってもいい気がする。


「あなたたちねえ、あたしの存在は無視なの?」

「だったら纏めて、灰にしてあげるわ!」


 魔王クロワが横で騒ぎながら、灰がどうとか叫んでいるが、家庭菜園の畑にやる有機肥料なら、とっくに撒いていて、間に合っている。


『ダークネスフレアー!!』


 魔王クロワが両手から繰り出した炎の渦は、暗黒の色に染まり、無防備な俺たちの背中へと狙いを定めた。


「あははっ、格好の餌食よね!!」

「さっきからうるさいな。会議の邪魔をするんじゃねーよ! ファイアーボール!」


『ドカァァァーン!!』


 俺の詠唱ゼロなファイアーボールが、魔王クロワの炎の魔法と空中でぶつかり合い、激しい音を立てて、綺麗に相殺される。


「なっ、一撃で!?」

「心配しなくても、相手にはなるからさ。こっちの話が終わるまで待ってなよ」

「えっ、ええ……」


 魔王クロワは多少ヒキ気味だったが、持ち前の冷静さを取り戻し、俺たちの会議が終わるまで、そのまま素直に待ってくれた。


 ああ、クロワも黙っていれば、薄幸の美人なのに……。

 何で、お互いに争わないといけないんだろうな。

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