第6章 二人の勇者と二人の魔王、立ち向かう二人の意思

第29話 魔王城でばったりと(決戦の地編①)

 丁寧に磨かれたシャンデリア、新しいロウに取り替えられた明るい室内、均等に整頓された家具、指紋が吹き散られたステンドグラス、チリ一つない大理石の床。


 魔王城は前に来た時よりも綺麗に整理整頓されて片付けられていた。

 身の回りの幹部はいなくなったので、スマイルゼロ円で新しい使用人でも雇ったのだろうか。


 周りも美しいほどに掃除が行き届いており、床に至っては鏡のように磨かれて、自身の体が反射して見えるくらいだ。


 ──俺はアンバーとテイルを勇者リンクに任せてついでに城外を守ってもらい、俺とミミは城に乗り込んだ。


 全員で侵入して一気に魔王を叩くという作戦も考えたが、アンバーとテイルは魔法やスキルもない一般人だし、なるべくなら危険な目に遭わたくない。


 さらに城内には魔王直属のモンスターもいると思うので、アンバーとテイルを守りながらだと逆に戦術が立てにくい。

 だったら勇者としてパーティー慣れしているリンクに頼んでおけば、すんなりと事が進む。


 リンクに外の番を頼んだのは、魔王が危機を発し、城外からの応援も呼ぶという点も視野に入れてだ。


 それにミミは罠を張り巡らせた城の対トラップ用の解除が出来る貴重な盗賊職だ。

 この職を上手く生かすため、城への潜入にはもってこいなスキルである。


「リンク、今頃、上手くやってるかな」

「まあ、簡単にくたばる相手でもないさ。れっきとした勇者だし」


 これまでリンクと戦いの中で学んだこと。

 あの男はそこそこの剣の使い手であのソウセイ=ドッグともまともに戦ってみせた。

 魔法が通用しない相手に己の剣術だけにだ。


 だから、もし魔法を封じられたとしても、あの女子二人を守護する確かな力量があると本能的に悟ったのだ。


「さあ、しんがりは任せて、俺とミミは目的を果たさないとな」

「うん。でも妙じゃない?」

「何だよ、別に肝だめしに来てるわけじゃないんだ。そんなにはしゃぐなって」

「いえいえ、ここもだけど、あの洞窟辺りからモンスターが出てくる気配がないんだよ。どう考えてもおかしいよ……」


 俺ら以外に魔王を倒そうとする異世界からの冒険者がいて、その誰かさんが先手を打っているのか? 

 でも異世界からこの現実世界に来た魔王を打倒する人物って、という本から出てきた俺とミミくらいしかいないはず。


『チュウチュウー♪』

「ひいっ!?」


 予想外な小さな影が地面と家具の距離を素早く突っ切り、愛らしい鳴き声を上げて闇に飲まれる。

 突然の来訪者にミミは驚いて座り込み、腰を抜かしていた。


「はははっ、ミミもビビリだな。ただのネズミじゃないか」

「そうだけど何か違うというか」

「はあ? こんなネズミに何が出来るんだよ?」

「でも明らかに誘っていたみたいな」


 日頃から人目を避けて生きるネズミにそんな積極的なことが出来るものかと心の中で嘲笑う。

 夜行性な上に臆病なネズミが人間に牙を向くとか……何のB級ホラー映画だよ。


「ふーん。在校生だけあって察しがいいわね。先生も鼻が高いわ」


 俺の隣で自分を過大評価している大人な女性がいるが、そんなの知ったことか。

 今は分からず屋のミミを説得するのに忙しい。


「あのなあ、お前さんファンタジー小説の読み過ぎだぜ。たまには外の光も浴びないと」

「それじゃあ私が陰キャみたいじゃない」

「えっ、違うのか。俺はてっきり」

「だから違うってば!!」


 ミミが俺の意見に反発しながらも、一人に見えて友達もいるし、こうして魔王討伐で暇がないから遊んでないと否定する。

 人という生き物は嘘で誤魔化す時、必要以上に喋り倒すらしいが、アンバーとテイルがいるから安心だな。


「ええーい、いいから人の話を聞きなさい。このバカップルはー!」

「あれ、フライキン先生いたの?」

「先生お久しぶりです」


 あの時以来のフライキン先生の再来に瞳を潤ませてお辞儀をするミミ。

 だが、俺にとっては先生の考えることが不明だった。


 わざわざ学校から赴いて、こんな危険な場所に青白いブラウスに黒いロングスカートという軽装な姿でやって来て……。

 とても住人の行動とは思えない。


「所で何でこんな場所にいるんですか?」

「いや、ミミ、大方金がないから、ここで召使いでもやってバイトしてるだろう。教師だけだと今後の財政が不安だろうしな」

「えっ、学校の先生ってそんなに薄給なの?」

「まあ、人によるけどな」


 給料や退職金はそれなりにあるらしいが、授業以外に部活にイベントと業務内容があり過ぎて割に合わないとか。


 生徒とのコミュニケーションにも悩まれたりし、基本十代という年齢のせいか反抗してくる生徒もちらほら。

 おまけに平日に休みも取りにくいときたものだ。


 本当に先生になりたい人ではないと長続きしない職種でもある。


「あなたたち、相変わらずね」

「ひょっとして先生がモンスターを退治してくれたのですか? めっちゃ痺れます」

「ミミ、この勇敢な先生に感謝しないとな」

「はい。ありがとうございます、フライキン先生。それでは私たちはこれで」


 俺とミミはフライキン先生に感謝して深く頭を下げる。


 そうして目的を達成し、ラジオ体操のテーマを脳内再生し、その後、大きく伸びをして、凝り固まった筋肉をほぐすが……ここで黙っておくほど無関心な相手ではなかった。


「ちょっと待って。先生がここに居ることに関して疑問は浮かばないわけ?」

「俺もミミも今は忙しいんだ。課外授業は今度でいいだろ」

「ちょっ、あなたたち!!」


 フライキン教師からのストップをものともせずに素通りし、最初から何もかも聞かなかったことにする。

 設定基準はオールクリアである。


「ねえ、シュウくん、先生が後ろから何か言ってるけど。もしかして私たちに怒ってるのかな?」

「まあ、城に不法で侵入し、こんな日中夜みたいな場所で遊び回っていたらな」


 いつも夜なのはクロワ魔王の魔力のせいだと思うが、特に気に留めないでおく。


 ──それにしても、こんな場所に用もなく佇む、あの先生の考えは普通じゃないよな……。

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